第37話

 金属製の鎧などは重すぎて動けなかったので、スチールスパイダーというモンスターから採取された糸で作られた鋼並の強度を持った軽くて丈夫な装備一式を選んでもらってお会計が20万ダルク。


 服とか今まで、しまむーとかユニークで買っていたのでめっちゃくちゃ高く感じる。

 

 性能が同じなら何でも良いと思うんだけど、好きな人にはカッコ良くしてもらいたいとのことでデザイン選びでえらい時間が掛かった。


 白や水色はまだ良いけど、ピンクって……


 ピンクは丁重にお断りさせてもらったけど、カッコイイ系というよりは可愛い系を着せられている気がする……


 弟を着せ替え人形にする姉ってきっとこんな感じなんだな……


 ちなみにキャシーさんの装備は肌色がほとんど見えないレザー系の地味な奴で田舎から出て来たばかりなんだなと一目で分かる残念な感じだ。

 僕よりもキャシーさんの服飾デザインをなんとかした方が良い気がする。


 クロニャさんの装備はケルクラヴさんからの餞別だったらしく、褐色の肌が煌めく肌色多めの白を基本とした装備で、肌色多めとは言え、急所などは流石に守られているためか胸元などは開けていない。


 後で聞いた話だが、本当はスカートよりもショートパンツの方が良かったらしい。

 僕としては素敵な褐色太ももが拝めればどちらでも構いませんとも。


 白いワンピースを着ているアイは物欲しそうに店頭に飾られた防具などを見回していたが、幽霊なので防具に触ろうとしてもスカスカ透けて触れられなかった。

 あとで慰めてあげよう……



「では改めて、ダンジョン攻略にしゅっぱーつ!」


「「「おぉー!」」」


 ということで、今回は上層を目指すことにした。


 地下だと、何か後ろ向きっぽいし、初めてのダンジョンなので色んな意味で上を目指して行きたい。


「この大階段を登ると2層、初心者の楽園と呼ばれている草原が広がっています」


 草原……異世界だし、常識は捨てておこう。


「結構混んでますね。ちょっと蒸し暑いぐらいに……」


「そうですね、5層目までの階段では大体こんな感じで混んでます」


「ダンジョンの中もこんな感じだと狩りが出来ませんね……」


「中は広いので大丈夫ですよ。2層目はさすがに人が多いですけど」


 人混みはやっぱりまだ慣れないな……うっぷ。



 階段を登りきると、そこに緑の濃い広大な草原が現れた。


「なんで日差しがあるの? ここダンジョンの中だよね?」


 人工太陽か何かか? オーパーツ的な。


「ダンジョンって迷宮とフィールドに分かれていて、下層が迷宮、上層がフィールドになっているんですよ。フィールドは日差しがあったり、雨が降っていたり、草原だったり沼地だったり色々あります」


「へぇ~、勉強になります」


 気候すら操るとは……

 進んだ科学は魔法と同じ、とは言うが魔法も進めば行き着く先は同じということだろうか?


「それじゃ、ちょっと狩ってみますか。ダンジョンのモンスターは外と違ってドロップ品に変わったものが多いんですよ。もちろん魔石もドロップしますけど」


「なるほど……」


 狩りか……


 内臓が飛び出るようなケガとかは二度としたくないな。


「あの、ダンジョンのモンスターと外のモンスターって、他に違いとかありますか?」


「うーん、そうですねぇ……ダンジョンのモンスターは人間を見つけるとすぐに襲いかかってきますね。それと狩っても狩っても、しばらくすると、いつの間にかその数だけ復活してますね」


 なるほど、ならば、より一層、気を引き締めなければいけないな。



「この辺りなら、他の冒険者に邪魔されずに狩れそうですね」


 広大な大草原で他の冒険者たちが鹿やら豚やらを狩っていく姿を見ながら狩場を探し、比較的空いている場所を見つけたので、そこで狩りをすることにした。


「先程、他の冒険者たちが狩っていたのを見て気付いたと思いますが、この層では小動物系のモンスターしか出てきません。油断さえしなければ子供でも安全に狩りが出来ます。なので、そんなに緊張しなくても大丈夫ですよ?」


「え? 僕、そんなに緊張しているように見えましたか?」


「これから死地にでも向かうような表情をしていたので……」


 自分ではいつも通りだと思ってたけど、そんなに緊張していたのか……


「なせるさん! 何かあったらわたしが守ってあげますから、頼りにしてくださいね!」


「私も何かあればすぐに対応しますので、八肝さんは安心して狩りを楽しんでください」


 狩りを楽しむか……


 子供の頃にやった、釣りとか昆虫採集の延長線上と思えば良いんだろうけど、見た目がまんま鹿とか豚なんだもん。


 気が引けてしょうがないわ……


 (ビビってるのかなせる? 冷やすぐらいしか能のない私でも何か出来ることがあれば言ってくれよ?)


 うーん、アイの冷気なら揺動とか出来そうだけど、どうだろうか?


「あ、こっちにプニボアが来ますよ! なせるさん頑張って!」


「え、はい!」


 咄嗟に返事をしちゃったけど、まだ覚悟決まってないよ!


 こっちに向かって猪突猛進で駆け寄ってくる肉付きの良い、よく見ると小さい牙が生えているのでイノシシと言えなくもない豚が迫ってきていた。


 いつも、いつの間にか帯刀させられている妖刀、ダンジョンに入るので鞘袋から取り出しておいた鞘から妖刀を引き抜き構えた。


 居合斬りとか試してみたいけど、今回はそんな余裕は無い。


「来いっ!」


 バカ正直に真っ直ぐ向かってきた豚、プニボアの頭に妖刀を振り下ろした。


「プギィィィィッ!」


 見事に攻撃をかわされ、車にでも轢かれたのかと思うぐらいの衝撃、頭突きをされたのだと気が付いた時にはすで後方へ派手に吹っ飛ばされてしまった後だった。


「グエッ! ゴフッ! んげっ!」

「ぐえええッ!? 痛い!? なせるの痛みがこっちにまで!?」


「なせるさんっ!?」

「八肝さんっ!?」


 痛ってえええええっ!?


「おい! なせる! 避けろ!」


「んえ? ゴホッ!? グヘッ! ぎゃんっ!」

「痛い! 痛い! 避けろって言ったじゃん! 私まで痛いなんて聞いてなかった!」


「《スピアファイア》」


「プギャアアアアアッ!?」


「《リカバリー》」


 物凄い速さでどこからか飛んできた、火で出来た槍がプニボアを串刺しにして、串刺しにされたプニボアはそのまま煙のように消え、あとに残ったのは肉屋さんに売っていそうな美味しそうな生の肉塊だった。


 先程まで死ぬほど痛かった痛みも消えていて、どうやら誰かに助けられたようだ。


「ここが初心者の楽園だからと言っても、もう少し気を付けて戦いなさいよね? それともあなた、ドMなの?」


 こちらへ歩み寄って来たのはどう見てもツンデレ系の金髪ツインテール魔女っ子だった。

 やれやれといった表情でこちらを見下ろされている。


「ありがとうございました。助かりました」


 こういうツンデレっぽい子にちょっとでも皮肉とか言っちゃうと、怒鳴り散らかされた挙句、攻撃魔法とか撃たれるのが目に見えているので素直にお礼を言った。


「何か失礼な事を考えていそうな顔だけど、まぁ、いいわ。次からは気を付けて狩りなさいよ?」


「はい、あ、このお肉は……」


「荷物になるもの、あなたにあげるわ。私はもっと上を目指さなければいけないの」


「そうですか、この度は本当にありがとうございました!」


 ニコニコ笑顔でツンデレ魔女っ子を見送ると、後ろからキャシーさんとクロニャさんに抱き着かれて、バランスを崩しそうになってしまった。


「ごめんなさい! わたし、何も出来なくて……」

「すみませんでした! 私がもっと早く対応出来ていたら……」


「もう、大丈夫ですから、あまりくっ付かれると……」


 二人の胸や太ももが当たって、色々とヤバイです!


「は、な、れ、ろ!」


 アイが二人を引き剥がすように冷気を送ると、二人同時に「ひゃんっ」と言って、アイに触れられた首筋辺りをさすって確認している。


「急に冷たい風が……」

「わたしもです……」


「すみません、アイの仕業です。その、二人に嫉妬したみたひえっ!? おい、やめろ!」


「ふん! さっきの痛みのお返しだ!」


 いや、うん、悪かったよ……


 まさか僕の痛みまでアイに伝わるとは思っていなかったからさ……


「アイさんですか、やっぱり今もそばに居るんですね……」


「それにしても、さっきのマジックキャスターさん、中々強そうでしたね」


「ですね。おかげでなせるさんが助かりました。また会う機会があれば何かお礼をしたいです」


 僕的にはまたの機会は無い方向でお願いしたいです。


 ツンデレって二次元なら可愛く思うけど、リアルでやられるとちょっと……



 そんなこんなで次の獲物、豚は僕には危ないので、動きの遅いというカエル、ボンバーフロッグに狙いを定めた。


「ボンバーフロッグって動きが遅い以外にはどんなモンスターなんですか?」


「絶命時に爆発します」


「爆発って、危ないじゃないですか!?」


「近寄り過ぎなければ安全に狩れますよ。あ、ちょうど見つかりましたね。ちょっと見ててください」


 クロニャさんが指差した方向を見ると、人間の子供ぐらいの大きさのカエルがゲコゲコと下唇を膨らませて鳴いているのが見えた。


「でかっ!」


「行きますよ。ちゃんと見ててくださいね!」


 そう言ってクロニャさんが小型のナイフを取り出して、それをカエル目掛けて投げつけると、見事、カエルの眉間を貫き、カエルが倒れて死んだと思った瞬間、爆発して辺り一面にカエルの肉片が飛び散り、血の雨が降り注いだ。


「ね、安全でしょ?」


「安全ですけど、グロ過ぎです……別のモンスターでお願いします……」


 その後、飛び散った肉片が煙になって消えた後、ドロップした物を確認しに行くと、カエルの脚肉が落ちていたのでそれと投げナイフを一緒に回収した。



「次は何が良いですかねぇ……キシバッタとか、ミダラミミズとか? それともシチミシープが良いかな?」


「僕でも倒せそうなのでお願いしますね……あと、あまりグロテスクではない方向で」


「任せてください! 八肝さんでも倒せそうなモンスターはまだまだ沢山居ますからね!」



 次の獲物はマッシヴラビットという筋骨隆々なウサギを狩ることになった。


「ウサギは基本、素早い生き物ですけど、マッシヴラビットは筋肉が異常に発達していて動きが鈍く、初心者冒険者でも攻撃を当てやすいモンスターなんですよ。ほら、ちょうどあそこで男の子たちが戦っているのがマッシヴラビットです」


 クロニャさんの指差した方向へ目を向けると、少年が二人、筋肉で出来たバランスボールみたいなウサギを囲んで、剣やハンマーで斬ったり叩いたりしていた。

 けれどマッシヴラビットにはまるで通じていない様子だった。


「魔法の使える子が居ないみたいですね。マッシヴラビットは物理耐性が強く魔法耐性が弱いんです。だからパーティーに一人、魔法を使える人を入れておかないと日が暮れるまで殴り続ける羽目になるんですよ。初めて使う武器の肩慣らしとしては大変優秀な存在なのですが、いざ倒すとなると初級の攻撃魔法ぐらいは覚えておかないとダメですね」


 クロニャさん、好きな物のことについて語り出すと早口になってしまうオタク特有のアレが発動してしまっている。


 そう言えばクロニャさんって、今までずっとソロでダンジョン攻略していたんだよな……


 今まで誰にも言えなかったモンスターの攻略方法を誰かに自慢したくてしょうがなかったのかもしれないな。


「それでですね、八肝さんかキャシーさんは攻撃魔法って使えますか?」


「わたしは攻撃魔法は全然ダメダメで、ウォーターとクリーニングぐらいしか使えません……」


「僕はそもそも攻撃魔法を一度も使った事が無いです」


 攻撃魔法も《カード》と同じく呪文を唱えれば誰でも発動するものなのだろうか?


「そ、そうですか。ではマッシヴラビットと戦う前に少し攻撃魔法の練習をしてみましょうか? キャシーさんもどの程度ダメダメなのか確認しておきたいので」


「了解しましたクロニャ先生!」


「うぅ、わたし、本当にダメダメなんですよ……?」



 モンスターや冒険者の居ない、開けた場所へ移動してクロニャ先生による魔法講座が始まった。


「ではキャシーさんから、初級の攻撃魔法を順に撃ってみてください」


「はい……」


 キャシーさんは両手の平を前に突き出し、目を閉じ、呼吸を整えて呪文を詠唱し始めた。


「《ファイア》」


 一瞬だけボッと火の玉が出たがすぐに消え去った。


「《ウォーター》」


 手の平からホースで水を流す勢いで出てきた。


「《ウィンド》」


 そよ風が吹いた気がする。


「《ストーン》」


 石というか砂が舞った。


「なるほど分かりました。発動はしているので練習すれば必ず使えるようになりますよ! 頑張りましょう!」


「が、頑張ります!」


「次は八肝さんです。魔法自体が初めてとのことですから初級魔法のファイアを詠唱してみましょう。試しに私が撃ってみますので、続いて撃ってみてくださいね」


「分かりました!」


 クロニャさんが右手を前へ突き出して「《ファイア》」と唱えると、手から火の玉が出現して、キャッチボール程度の速さで前方へ5メートルほど飛んで行くと野原の一部を燃やした。


「今見たものをイメージしながら詠唱してみてください」


「了解です!」


 手から火の玉が飛んで行くイメージ……


 (なぁ、なせる。私も魔法って使えるのかな? 幽霊だとダメとか無いよね?)


 (今、集中してるから後にしてくれ……)


 (むっ……まぁいいけど……)


 アイがちょっと拗ねちゃったみたいだけど今は集中させてくれ。


 というか幽霊が魔法を使えたらチートも良いところだろ……


 使えないよね?


「どうしました? イメージし辛かったですか? とりあえず呪文を詠唱するだけでも発動する人はするので試してみてください」


「大丈夫です。ちょっと集中が乱れました」


 集中! 集中!


 手から火が出るイメージ……


 ん? そういえば幽霊や妖怪が指からビームを撃つ漫画やアニメがあったな。

 そっちの方がイメージしやすいし、物は試しだ。


 右手の親指と人差し指を伸ばし、中指、薬指、小指を曲げて手の平にくっ付け、いわゆる銃の形にして、右手首を左手で掴み詠唱してみた。


「《ファイア》」


 キィィィィっという轟音と肌がチリチリと焼けるような熱を感じた。


 自分の右手人差し指から放たれたそれの反動で仰け反り空へと光の線が登って行く。


「「え?」」

「すごっ!」


 光が放ち終わると一気に力が抜けて尻餅をついた。


 今のはファイアでは無い……ビームだ。


 いや、正確に言うとジェットエンジンの熱噴射に近いのではないかな?


 ……って


「ええええええええ!? 何だ今のっ!?」


 ビーム!? ビーム撃てちゃった!? マジ? ヤバくない? ビームだよ! ビーム!



 なら、かめはめ波も撃てるんじゃ……?


「な、なせるさん! 今の何ですか!?」

「八肝さん! 今のはどうやったんですか!? 私にも教えてくださいよ!」

「私もビーム撃ってみたいぞ! 幽霊がビームとか最強だな!」


 そう思ったら試さずにはいられない。


 僕はすぐに立ち上がり、あの世界一有名なポーズをとり、気合いを入れて叫んだ。


「かぁぁ、めぇぇ、はぁぁ、めぇぇ……ハアアアアアアアアアアッ!」


「何ですかその呪文!?」


「次は何が起こるというんですか!?」


「何だ!? 急にめちゃくちゃ恥ずかしい感情が大量に雪崩れ込んで来たぞ! やめろなせる! 私まで死ぬほど恥ずかしくなってきちゃったじゃないか!」


 かめはめ波は出せなかったよ……



 その後、ビームを見た他の冒険者たちが大勢殺到して来てしまい、僕たちは面倒なことになる前にそそくさとその場から退散したのだった。

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