第35話
「ちゅー」
「冷たっ!?」
気がつくと、透き通った半透明の、髪の長い、何と言うか、井戸から這い上がってきそうな少女の顔越しに知らない天井が見えた。
「ひぇっ」
この際、天井はどうでも良かったのだが、目が覚めた時は必ず天井が気になってしまう
少女が半透明の姿では無かったら、もっと盛大に叫び声を上げていたことだろう。
「あ、起きた。うふふ、おはよう」
「おはよう……? って君は誰? というか僕はどうしてここに?」
確かヴォルフートさんに宿を紹介されてそれから……
「そうか……あの黒いモヤに襲われて気絶しちゃったんだな……」
「そうそう、その黒いモヤが何を隠そう私なのです!」
あぁ、そういう……って。
「ええー!? あの黒いモヤが君っ!?」
慌てて起きだし、自分の体をあちこち確認して、白い半透明の
マジか、ということは僕は取り憑かれてしまったということか……
半透明だし、妙に涼しいし、井戸から這い上がって来て、テレビから出て来そうだし、幽霊的な何かだとは思ったけど、そっかー……取り憑かれたかー……
「お祓いして貰わないと……神社、いや、教会かな」
異世界だし、お祓いとかは教会がやってくれるはず。
「あなたの魂に完璧に同化しちゃったみたいだから祓えないと思うわよ?」
「なん、だと……?」
「あなたとはこれから文字通りの意味での一心同体ね! 末永くよろしくお願いします!」
そんな元気良く頭を下げられても……
「それで、あなたの名前は何て言うの?」
「え、八肝なせるだけど……そういう君は?」
「私はアイ……あれ? アリ……何だっけ? というか私って誰だっけ? んん? 何も思い出せない……え、やだ、私、誰? 嫌だ、何も覚えてない! 思い出せないよ……!」
うんうん頭を抱えて唸り出したと思ったら急に慌てだして、終いにはボロボロと泣き始めてしまった。
「わた、わたし、誰なの? ひっく……何で、幽霊なの? ぐずっ、こんな、こんなの酷い、酷いよぉぉ……うあーん!」
「お、落ち着いて! 今は思い出せなくてもあとで急に思い出せたりするから!」
うぅ、同化してるせいなのか、ダイレクトに感情が伝わって来て、こっちまで悲しくなってくる。
「だってぇぇ……なんにもぉ……なんにもぉぉ……思い出せなくてぇ……わたしぃぃ……わたしぃぃぃ……うえぇぇぇん!」
こういう時どうしたら良いのか全然分からないけど、とにかく落ち着かせてあげないと、不安と恐怖と心細さで押し潰されそうだ。
「大丈夫、大丈夫だって! 何とかなるって! 思い出せないなら思い出せるまで色々やってみれば良いし、もし何も思い出せなくても、一から覚えて行けば良いんじゃないかな?」
「一から……?」
「そうそう。一から覚えて行けば良いんだよ。赤ちゃんだって何にも覚えてないところから始まるんだし、たまたま幽霊に転生しちゃったと思えば良いと思うよ?」
自分で言っておいてなんだが、もう少しマシな事を言ってあげられないのかと……
「そっか……私、幽霊に転生しちゃったんだね。なーんだ、そうならそうと早く言ってよね!」
チョロい!
幽霊に転生なんてありえないと思うけど本人がそれで納得出来たのなら何も言うまい。
「そういう事なら私に何か良い名前付けてよ。無いと不便だし」
「名前か……アイ、で良いんじゃないか? 名乗ろうとした時そう言ってたろ? たぶん生前の名前の一部だと思うんだけど、それで良いかな?」
生前の彼女に何があったのか気になるところだけど、幽霊になっているということは、つまりそういうことだろうから、無理に思い出さない方が良いかもしれないな……
「アイ……良いかも」
気に入ったみたいだ。
「じゃあ、これからよろしくね。なせる!」
「あ、あぁ、よろしくな。アイ」
にへへと照れるように笑うアイを見ていると愛おしく感じてしまうのは僕と同化しているからなのだろうか?
「というか、みんなはどこへ行ったんだろう?」
辺りを見回すと、宿屋って感じでは無く、病室に近い感じの印象を受ける部屋で、自分が襲われて倒れてしまったことを思い出した。
「病院にでも運ばれたのかな?」
「さぁ? 私もさっき気が付いたばかりだし、どこだろうね?」
「とりあえず外に出てみるか」
部屋のドアを開けて外を見てみると、病院の廊下? という感じを受ける作りで、患者と思われる人達がちらほらと歩いている様子が見えた。
「やっぱり病院みたいだ。多分、面会時間とかがあって、みんな一旦帰ったんだろうね」
勝手に病院から出て行くと心配されるだろうし、受付で話しをしてからだな。
受付と思われる場所まで来たけど結構広くて少し歩き疲れた。
「すみません。昨日運び込まれた者ですけど」
「はいはい、あぁ……君ね……もう体の方は良いのかい?」
ん? 今、一瞬引かれたような気がしたけど気のせいかな?
「あ、はい、もうなんとも無いみたいです。それと僕を連れてきた人と連絡を取りたいんですけど」
「あぁ、迎えが来るはずだから、その辺の椅子に座って待っててよ。勝手に外へ行ったりはしないでくれよ? 君が居なくなるとこっちが困るからさ。大人しくしててくれよ?」
「あ、はぁ……?」
何だろうか? シアさんたちが何かやらかしたとかじゃないよね?
椅子に座ってアイと色々話して、しばらく暇を潰していると、奇異な目で他の人たちに見られていることに気が付いた。
「もしかしてアイのこと見えてない?」
「そうかも……やだ、なせるったら、ずっと独り言を呟いてる変な人だって思われてるよ!」
ぐはっ……!
そりゃそうか、幽霊だもんな。
誰彼構わず見えるなら、そりゃ幽霊じゃなくて幽霊に扮した人間かアンデッド系のモンスターだろ。
この世界にアンデッドモンスターが居るかどうか、まだ分からないけどアイが居るし、たぶん居るんだろうなぁ……
「なせるさん!」
「なせる様!」
突然名前を呼ばれ、その方向へ顔を向けると、キャシーさんとソフィーさんが駆け寄って来てそのまま抱き着かれてしまった。
「うわっ! く、苦しぃ……」
キャシーさんとソフィーさんの胸がっ! 胸がぁっ!
「ソフィー、キャシー様、八肝様が苦しがっていますよ」
うへ、ウヘヘ、苦しいけど幸せだぁ……
「ご、ごめんなさい! なせるさん、大丈夫ですか!?」
「も、申し訳ありません! なせる様、お体は無事でしょうか!?」
あぁ……僕の柔らかな幸せが離れて行ってしまった……
「全然、大丈夫ですよ。キャシーさんとソフィーさんのおかげで元気100倍モリモリマンです!」
「良かったぁ~、すごく心配したんですよ!」
「そうですわ! わたくしもキャシーもすごく心配していたんですから!」
「あぁうぅ、すみませんでした……」
冗談を言っている場合では無かったな……
「二人共その辺で、八肝様が無事で何よりです。それとヴォルフートを守っていただき本当にありがとうございました。このご恩は必ず返させてもらいます」
シアさんに深々と頭を下げられてしまった。
「いえ、咄嗟の事でしたし、ヴォルフートさんも無事だったのなら、それだけで十分ですよ。そういえばヴォルフートさんを見掛けませんが今はどちらに?」
「スーシー様の病室で付きっ切りで看病しております。八肝様が目覚めたらお礼を言っておいて欲しいと頼まれました。それとしばらくの間パーティーの件は保留にしておいて欲しいとの事です」
「そう、ですか……ヴォルフートさんに今、会いに行ったりはしない方が良いですよね?」
「そうですね。今の彼には余裕がありませんので、しばらくはそっとしておくのがよろしいかと」
ヴォルフートさんにとってすごく大切な人そうだったもんな……
スーシーさんって人も早く良くなると良いんだけど。
「その、スーシーさんって人は無事なんでしょうか?」
「ええ、体の方は既に回復済みです、ですが精神の方が疲弊しきっているようでしばらくは安静が必要です」
「そうですか……」
無事で良かったとは言い切れないけど、死んでしまうようなことは無さそうだな。
「八肝様も昨日の今日でお疲れでしょう。そろそろお昼になりますし、何か元気の出る物をお食事になられてから、こちらで手配しました宿でゆっくりとお休みください。それでは早速向かいましょうか」
もうそんな時間になっていたのか。
元の世界では昼まで寝てるなんてしょっちゅうしてたけど、こっちの世界に来てからはすっかり早寝早起きに慣れちゃったな。
「じゃあ、お言葉に甘えて休ませてもらいます」
昨日は一日に色々あり過ぎて、今日ぐらいはゆっくりとしたいな。
「って、あー! ダメだ! すっかり忘れてた!」
クロニャさんを迎えに行くのを忘れてたじゃないか!
もうお昼だし完全に遅刻だよ……!
「急にどうしましたか?」
「いえ、その、奴隷を身請けする約束をしていまして、その事を思い出したというかなんというか……」
「奴隷……八肝様が奴隷をお持ちになられているのですか? 少し失礼」
シアさんに両手を掴まれ僕の手の甲を確認するように見られた。
「確かに、奴隷刻印がありますね……はぁ……八肝様を騙そうなどと……分かりました。私も一緒に行って、なんとしてでも契約破棄させましょう」
「いやいやいや、騙されてなんかいまませんよ! 最初こそ強引でしたけど、最後は僕も納得して契約しましたから!」
奴隷解放はしてあげたいけど契約破棄は困るよ……
クロニャさんを僕以外の誰かに引き取られるなんて想像もしたくない。
「……そうですか。騙されている事に気が付いていないご様子……腸が煮えくり返る気分です。早くその奴隷商のところへ連れて行ってください。一発と言わず絶命するまで殴らないと気が済みそうにありません」
「ですから騙されてなどいませんてっ! というか絶命するまでなんてやり過ぎですよ! 暴力はやめてください!」
「いいえ、いいえ、八肝様を騙そうとした人間を許す程、このアタナーシアの心は広くも深くもありません! 万死に値します! さぁ! 早くその外道のところまで案内してください!」
「あぁー! もー! 僕の話を聞いてくださいっー!」
それから何度も何度もシアさんを説得し続けて、それでも納得出来ない様子でケルクラヴさんに一度会わせる事となってしまった。
身請け金を取りにシアさんの手配した宿屋へ一旦寄ってから、必要な荷物を持って馬車に乗り、奴隷館へと向かった。
キャシーさんとソフィーさんには宿で待ってるようにお願いした。
何か言いたげな様子だったけどシアさんの表情がすごく怖くて何も言えない状況だった。
「ここですか、また趣味の悪い……」
奴隷館の見た目はケルクラヴさんの趣味では無いけど、何を言っても今は無駄だな……はぁ……
(おい、なせるよ。さっきからこいつの言いなりになっているが、お前の母親か何かか?)
アイが小声で僕の耳元に手を添えてそう
冷たい吐息が耳にかかってめちゃくちゃ擽ったいです。
(アイよ、もう少し離れて喋ってくれ、擽ったくてしょうがない。それとシアさんはお世話焼きだが母親ではない)
シアさんの実年齢はあれだけど、見た目は若いんだから僕の母親には無理があるでしょ……
5~6歳の子供が側に居れば過保護な母親に見えたかもしれないけどね。
(ふーん。まぁ、何か困ったことがあればイタズラぐらいならしてやれるぞ? 例えば首筋に息を吹き掛けたりな)
そう言うとアイがシアさんの背後に回りその首筋に息を吹き掛けた。
「ひゃんっ!? な、何でしょうか? 急に冷たい風が……」
(こらっ! アイ! そういう事は時と場合を考えてしてくれよ! つまり、シアさんの可愛い悲鳴を聞かせてくれてどうもありがとうございましたっ!)
(はっはっはっ、もっと感謝してくれてもいいぞ!)
「こほんっ、それではさっそく中へ入ってみましょう。何かあればすぐに対応出来るように八肝様は私の側を離れないでくださいね」
「たぶん、何も無いと思いますけどね……」
シアさんがドアを開けると執事服を着た美青年が出迎えてくれた。
「いらっしゃいませ。ケルクラヴ奴隷館へようこそ。この度はどの様な奴隷をご所望でしょうか?」
「詐欺師を出しなさい、今すぐ!」
「はい?」
「いやいやいや、すみません。八肝なせるが来たとケルクラヴさんに伝えてください。それで分かると思います」
もう、シアさん暴走し過ぎだよ……
「八肝様でしたか。ケルクラヴからお話は伺っておりますのでこちらへどうぞ」
昨日とは違う待合室っぽい部屋へと通され、しばらく待っているとドアをノックされ、ケルクラヴさんがチャラさのチャの字も感じさせない、ビシッとしたスーツを身に纏って現れた。
「よお、なせる、ずいぶん遅かったな。クロニャを迎え入れるからって興奮し過ぎて夜眠れなかったんだろ? ハッハッハッ!」
「あなたが……!」
「シアさんストップ! 落ち着いて! 話せば分かるから!」
シアさんが飛びかかる勢いだったので手で制して、なだめると渋々といった感じで椅子に座った。
「おいおい、何だよ……すげぇ目付きの悪い姉ちゃんだな……なせるの親戚か?」
「親戚ではないですけど、こっちでお世話になっている方です。どうもケルクラヴさんのことを詐欺師と誤解しているようで、その誤解を解くために連れて来たんですけど、今はあまり近付かない方が良いですよ」
「お、おう、そうか。あー、俺はここで奴隷商をやっているケルクラヴっていう者だが、詐欺や違法行為などはしていないから安心してくれ」
「そうですか。それでは契約内容を教えてください。粗があればすぐにでも破棄させていただきます」
「お、おう。……あんまり睨まれると息が詰まっちまうぜ……」
ケルクラヴさんから契約内容を聞き終わるとシアさんが何か思案しているようだった。
「奴隷の扱いについては他と大差無いようですね。ですが無利子で250万もの大金を貸し与えるのはおかしいです。やはり詐欺では……」
「100パー善意だって! おい、なせるからも何か言ってくれ!」
「シアさん……ケルクラヴさんが
「っ!? も、申し訳ありません! 少々疑り深くなっていたようです……」
シアさんは反省したのか急にシュンとしてしまって、体が少し小さくなってしまったように見えた。
「あー、その、なんだ、姉ちゃんがなせるのことを心配しているのはよく分かったから、あんま気にすんな」
「はい……申し訳ありませんでした……」
「あー、じゃあ、そろそろクロニャを呼びに行くから少し待ってろ。あいつも待ちくたびれてるだろうしな」
落ち込んでしまったシアさんになんて声を掛ければ良いのか分からず、置いてあったお茶やお菓子を食べて、この何とも言えない空気感を誤魔化しながら待っていると、ドアをノックされ、最初にケルクラヴさんが、そしてドレスの様な白いワンピースを身に纏った、少し化粧をしているのだろう、めかし込んだクロニャさんが現れた。
「……きれい」
「はぅ……」
「そうだろう! そうだろう! なっ! 言った通りだったろ? これからは自分の魅力に自身持ってどんどんアピールしていけよ?」
(なせるは、ああいうのが好きなのか……ふーむ、私って着替えられるのか?)
「あなたが八肝様の奴隷になる方ですか……確かに価格以上のものをお持ちなご様子。ケルクラヴ様、この度の数々のご無礼大変、失礼致しました。ケルクラヴ様は信用のおける方だと彼女を見て納得出来ました」
「お、おう、そうか。それは良かったぜ。んじゃあとは身請け金だが、前にも言った通り金が出来たらいつでも返しに来てくれれば良いぜ」
はっ! あまりの綺麗さに完全に見惚れてた。
「あ、大丈夫です。今、払えますから」
財布袋から10万硬貨を250万ダルク分、取り出してケルクラヴさんに渡そうとしたらみんなの表情が固まっていることに気がついた。
「おい……おいおいおいっ、なんでお前さんがこんな大金、持ち歩いてるんだ? もしかして金持ちのボンボンか? それともお忍び貴族様か?」
「あ、えーっと、あはは、まぁ良いじゃないですか、気にしない、気にしない」
ヤバ……3000万なんて大金をポンっと稼げちゃったもんだからすっかり金銭感覚マヒしちゃってたよ。
いかに異世界だったとしても、見た目15歳な少年が250万なんて大金を持ち歩いてるなんて流石にありえないよなぁ……失敗した失敗した失敗した……
「八肝様はやはり貴族の方でしたか……」
「八肝さんが貴族……?」
「違いますって! その、ほら、あれです、宝くじ的な奴でたまたま大当たりしちゃっただけなんです」
苦しい言い訳だが他に何も思いつかなかったよ……
「なんでぇ、宝くじか……ビビって損したぜ」
「宝くじでしたか。私、また勘違いを……」
「宝くじ……良いなぁ……」
……この世界の人たちってもしかしてかなりチョロいのでは?
「んじゃ、しっかり250万ダルク頂戴したぜ。運だけでやってける程、世の中、甘くはないが、お前さんなら運だけでも人生を謳歌出来そうな気がするぜ。とりあえずクロニャの事を幸せにしてやれよ?」
「はい、それはもちろんです。今日からよろしくお願いしますね。クロニャさん」
「はい、こちらこそよろしくお願いしますね! 八肝さん」
頭をペコリと下げて一瞬前屈みになったところでクロニャさんの谷間が物凄いことになっていたけどポーカーフェイスを貫き通した。
クロニャさんを連れてシアさんの用意してくれた宿へと戻るとキャシーさんとソフィーさんがジト目でクロニャさんの胸辺りと僕の顔を交互に見て「やっぱりそうなんだ……」とか「わたくしはまだ成長するはず……はずですの……」などと言う呟きが聞こえてきた。
(幽霊でも胸は成長するのか……?)
「八肝さんって女性の方の知り合いが多いんですね……」
「う、うん。あははは……」
針のむしろとは、このことか……
「食事を用意させますのでみなさん食堂へ」
シアさんのナイスなフォローで助かったぜ!
「はぁー、お腹空いちゃったなー、みんなも早く行こう?」
すたこらさっさっと、その場から逃げるようにして食堂へと向かった。
「八肝様、食堂は逆方向ですよ」
「あ、あはは、こっちかー、そ、それじゃ行きましょう」
食堂で料理を待っている間、キャシーさんとソフィーさん、それとシアさんにクロニャさんを紹介して、ダンジョン経験者としてパーティーに入れてもらえることになった。
「ヴォルフートさんがしばらくパーティーに入れなくなっちゃったのは寂しいですけどクロニャさんが居れば安心ですね!」
「上層5階までですけどね。あ、下層は3階までです」
あのダンジョン上だけじゃなくて下にも続いているのか……上下合わせたら何階建てになるんだろう?
「では明日からダンジョン攻略ですね。うふふ、わたくし、楽しみで今夜は眠れそうにありませんわ」
「ですね! ダンジョンで一攫千金、豪邸暮らしも夢じゃ無い!」
「私もダンジョンは初めてなので少し興奮しております」
へぇ、シアさんがダンジョンに行ったこと無いなんて意外だ。
「なせるさんも初めてですよね?」
「ええ、そうですね。ダンジョンがどんなところか少しだけ楽しみです」
ダンジョン攻略なんて異世界冒険物の定番だから楽しみじゃないと言えば嘘になるけど、危険は付き物だし、調子に乗ったりはせずに用心していこう。
そのあとは、運ばれて来た大量の洋食系フルコース料理をたらふく食べ終えて、「デザートは別腹」と女性陣だけ食堂に置いて、先に僕だけシアさんが用意してくれた自分の部屋へと向かった。
「ふぃー、苦しい……けど美味かったなぁー」
高級ホテルのような作りの部屋に大型のふわふわベッドが置いてあり、そこへ仰向けになって倒れ込んだ。
もちろん部屋の入り口で靴を脱いでるよ。
こんな綺麗な部屋を汚したくないし、基本部屋の中では裸足で過ごしたい派です。
「なせる、食べ過ぎだ。それと私もデザート食べたかったぞ」
「そういえばアイも美味しそうな顔になってたけど食べてる感覚も共有されてるのか?」
「そうだな。なせるが美味しいって思ったら美味しく、不味いと思ったら不味いという感覚が分かる。どんな味なのかは大雑把にしか分からないけど、幽霊だしな。贅沢は言わないさ」
アイにも食べた感覚があるなら気兼ねなく、これからも美味しい物が食べられそうだ。
「んじゃ、そろそろ寝るから、アイは少し離れて寝てくれ、くっ付かれていると寒い」
「そっかー、くっ付かれると寒いのかー……ニヤリッ」
今、ニヤリって言った! この子、口でニヤリって言ったよ!
「ヒャッハーッ! アイちゃん必殺のアイスボディプレスじゃー!」
「ギャッー! 冷てーッ!」
「ハッハッハッ! 観念してもっとくっ付かせろ! もっと触らせろ!」
アイの暴走で全身を冷え冷えにされてしまい、生存本能という奴なのか体の一部分だけが熱くなってきてしまった。
「も、もう良いだろ? そろそろ寝かせてくれ」
「う、うん。私もそろそろ寝ようかな……」
アイも気付いたのか僕の体の一部分だけチラチラと見て、幽霊なのに顔を赤くさせていた。
「じゃ、じゃあ、おやすみ」
「お、おやすみ……」
まぁ、すぐに寝れる訳も無く、一度昂ぶってしまった本能は、中々鎮まってくれず、トイレで致そうかと一瞬思ったけど、アイも付いて来てしまうので悶々とした気持ちを耐え忍ぶしか無かった。
「はぁ……ふぅ……熱いな……服、脱ごうかな……」
アイとは背を向けて寝てるのだが後ろで艶かしい吐息が聞こえて来て、スルスルと服を脱ぐ音がして、幽霊でも服を脱げるのか、とかバカな考えを巡らせて必死に意識を逸らそうとした。
「なぁ、なせる……もう気付いてるよね? 私、熱くて熱くて堪らないんだ……なせるの側に行って良いかな?」
あ、これ、ダメなヤツだ。
詰み、王手、チェックメイト。
ここで断ろうが何をしようが、もうどうしようもなく、それがなされてしまうのだと直感で分かってしまった。
クロニャとラケルさんの時は意識がほとんど飛んでいたけど、今からしようとしていることは自分で決めて自分でする行為だ。
「……ダメか? 私、切なくて、すごく切なくて、耐えられそうに無いんだ……ね、良いでしょ? 私、なせるのこと一生、ううん、永遠に愛するから、なせるも私のことを愛して欲しい……」
ぐっ……!
心を鷲掴みにされた気分だ。
いや、それ以前に自分の気持ちもアイの気持ちもすでに通じ合ってしまっている。
魂が同化しているせいかアイの気持ちが痛いほどよく分かるし、自分の気持ちもアイには伝わっているだろう。
覚悟を決めよう。
本当の意味での初めてをアイに捧げる覚悟を、それによって僕を愛してくれているみんなを裏切ってしまう覚悟を。
「ねぇ、聞かせてよ。なせるの口からちゃんと聞きたい」
「あぁ、僕もアイのことを永遠に……」
「失礼致します。八肝様、何か困り事などありますでしょうか?」
アイの期待に答えようと振り返ろうした瞬間、ノックもせずに突然、部屋へと入って来たシアさんに驚いて石化呪文でも掛けられたかのようにピシッと体が固まってしまった。
「ふむ、八肝様はベッドの端で寝るのですね。広いベッドですから真ん中で寝ても良いのですよ? それとも、何か、ベッドの真ん中では寝られない理由がお有りなのでしょうか?」
「い、いえ、これと言った理由は無いですよ?」
「ふふふ、まるで誰かと一緒に寝ているようですね。でしたら私も一緒に八肝様の隣で寝させてもらいましょう」
そう言うとシアさんがおもむろにベッドに這い上がってきて、僕の背中にピタリとくっ付いてきてしまった。
「な、何を!?」
「なっ!? なななっ!? 何だこいつ! 急に現れて! 私のなせるにくっ付くんじゃない!」
「あぁ、これが八肝様のお背中……暖かい……ひゃん!? な、何です? あ、冷たい! 何ですこれ!? 冷たい! 冷たい! 何か冷たいものが私の体に纏わり付いて、キャッ!? そこは、ダメです……! んっ、あっ、いけません、こんな、八肝様の前で、あっ、あっ、もうっ、だめぇぇぇえええ!」
何事かと後ろへ振り向くと、目の前にシアさんの蕩けた顔が、そこにはあった。
「だ、大丈夫ですか!?」
「ひゃい……だいじょうぶ、れす……」
どう見ても大丈夫じゃ無いよ!?
「ふんっ! 私となせるの邪魔をするからだ! どうだ思い知ったか!……だけどこいつの体は中々良かったな、次も念入りにいじってやろう」
アイが何かしたみたいだ……
ナニをしたのか聞かなくても分かっちゃったけど。
「失礼致しますわ。なせる様、こちらにシア様はお出ででは? って、なっ!? 何ですの、これは!? おば様ッ! 一体これはどういうことですの!」
あちゃー、このタイミングでソフィーさんが来るなんて……
この状況じゃ言い訳のしようもないぞ……
「あの……やっぱり気になって来ちゃいました。ソフィーさん、シアさんは見つかり……ど、どどど、どういう事ですか!? な、何でなせるさんのベッドにシアさんが!?」
キャシーさんまで……
もう、これ、どうにもならないよ……
「あー、僕は真ん中で寝ますのでみなさんはお好きな場所で寝てください。それではおやすみなさい」
蕩け顔のシアさんを跨いでベッドの真ん中に移動し、毛布を被ると、そこで意識を意識して途絶えさせた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます