第34話

 自分たちの荷物を持って冒険者ギルドをあとにした僕たち一行は、すっかり暗くなってしまった屋外に出ると、幻想的な灯りが照らし出す、まるで絵本の中へと迷い込んでしまったかのような街並みを、田舎者丸出しのキャシーさんと一緒にキョロキョロと見回しながらシアさんに連れられ、ヴォルフートさんが紹介してくれるはずだった宿へと向かった。



「ま、待ってくれぇぇぇっ! わしを置いて行かんでくれぇぇぇ~!」


 宿へ向かってしばらく歩いていると、遠くから呼び止める声が聞こえて来たので、振り返って見ると、ヴォルフートさんが髪を振り乱しながら必死な形相で駆け寄ってくる姿が見えた。


 ドン引きと言うか、恐怖を抱くレベルですわ。


「あら、フーちゃん、よくあそこから抜け出れましたね?」


「はぁ……はぁ……ふぅぅ。トイレへ行く振りでなんとかしたんじゃが、次は無かろう……というかシアさん、わしをギルドから解放してくれると言う話しでは無かったのか?」


「今日はもう遅いですし、明日にしようと思っていたのですよ。それと仕事に押し潰されたフーちゃんの顔が見たかったのに、逃げ出しちゃうんですから……今、凄くガッカリした気分です」


「鬼畜じゃ……鬼畜がおる……」


 あからさまに落胆した様子を見せるシアさんに、恐れおののくヴォルフートさん。


 それを見て二人の関係性がよく分かった気がした。


「まぁ、来てしまったものはしょうがないですし、フーちゃんが紹介したがっていた宿へと向かいましょう」


「ところで八肝君はどこへ行ったのかの? 先程から見当たらんが……」


 ヴォルフートさんが辺りを見回して僕のことを見つけようとしているけど、認識阻害の指輪があるので僕を見ても僕だと気付けないようだった。


 そうは見えないが一応はギルドマスターを務めているヴォルフートさんでも気付けないとか、この指輪、結構貴重なアイテムなんじゃなかろうか?


「えーと、さっきからここに居ますよ」


「ムムッ? 君が八肝君だと言うのかね? ……気配遮断、いや、認識阻害か、また珍しい物を……シアさんの入れ知恵かな?」


 やっぱり珍しい物なんだな……無くさないように気を付けよう。


「ええ、八肝様の愛されるスキルは絶大な効力を発揮されている事が分かりましたので対策を、ということです」


「認識されなければ愛されることも無いという事か……ふむ、じゃが、それは少し寂しいような気もするの……八肝君はそれで良いのかね?」


 寂しい……か。


 確かに誰にも認識して貰えないっていうのは寂しいと思うけど、今はこれしか方法が無いし、このスキルで誰かの人生を狂わせてしまうかもしれないと思うと、少し寂しいぐらいはどうということはない。


「今はそれで良いんです。それに他の方法があるかもしれませんしね。……立ち話もなんですし、宿へ向かいましょう」


「うーむ……そうじゃな。では向かうとするかの」



 道中、シアさんの無茶振りでヴォルフートさんの考えた、絶対に笑える話を聞きながら、シアさん以外誰も笑えず、段々と意気消沈いきしょうちんして行く様をシアさんのオリジナル鬼畜笑顔で見守られながら、いつの間にやら宿へと着いていた。


「ここじゃここ。ここがわしの知り合いが経営しておる、月見荘じゃ」


 なんと言うか……ボロ宿? は言い過ぎか。


 日本旅館みたいな作りの古風な宿だな……よく見るとやっぱり所々ボロいのが分かる。


 辺りも暗くて、お化けか幽霊でも出て来そうな雰囲気で気味が悪い。


「ボロボロですね。こんな所を八肝様とキャシー様に紹介しようとしていたのですか?」


「い、いや、わしもここには久し振りに来たからの……それにしても急にボロくなり過ぎの様な気がするが……?」


「ま、まぁ、外観はどうあれ中身が大事ですよ。中も同じようなら、泊まるのちょっと考えますけど……」


 正直、他の宿に泊まりたいけど、一応紹介された身としては中も見ておかないと。


 でも、やっぱり、中に入りたくないな……


「そ、そうじゃの! 家も、人も、外見より中身が重要じゃて!」


 そう言って玄関の引戸を開けようとヴォルフートさんが手を掛けたが中々開かず、建て付けが悪くなっているのかガタガタと無理矢理こじ開けようとして、力が入り過ぎたのかバキンッ! と何かが壊れる音がした。


「……ほれ、開いたぞ」


 開いたと言うか壊したと言うか……


 みんなのヴォルフートさんに向ける視線が呆れ返っていた。


「まぁ、良いです。中へ入ってみましょう」


 宿屋の中へ入ってみると、やはりというか、至る所がボロボロに痛んでいて、今にも崩れてしまいそうな感じだった。


「帰りましょう。冒険者ギルドに部屋は取ってあるので今日のところはそこで寝ましょうか。寝袋はこちらで用意しますので……」


「ちょ、ちょっと待ってくれんか! さすがにこの状況はおかしいんじゃ! おーい! 誰かおらんかー! スーシーさーん! ヴォルフートが来ましたよー!」


 ヴォルフートさんが大声で呼び掛けてみるも、うんともすんとも返事が返って来ることはなかった。


「奥へ行ってみるしかないの……危険があるかもしれんから、何かあれば直ぐに助けが呼べるように、シアさんたちはここで待っててくれんか」


 あっ、これ、死亡フラグでは?


 いや、ヴォルフートさんなら死なないかもしれないけど、深手を負ったりはするかも……


「僕も一緒に行きます。認識阻害と敵感知の指輪を装備しているので役に立てると思います」


 最悪、死ぬような目にあったとしても僕なら復活出来るし、ヴォルフートさんさえ無事ならそれで良いだろ。

 痛いのは勘弁して欲しいけどね……


「うーむ……そうじゃな。八肝君も付いて来てくれ。じゃが、何かあればすぐに逃げるんじゃよ?」


「分かってます。逃げるのは得意ですから」


 ヴォルフートさんを連れて逃げれる状況ならそうしたいけど、無理そうなら囮役として何とかするしかないな。


「なせるさんが行くならわたしも行きます!」

「なせる様が行くと言うのでしたらわたくしも行きますわ!」


 ほぼ同時にキャシーさんとソフィーさんがそう叫んで、僕が行こうとするのを止めるかのように二人から腕を掴まれてしまった。


 心配してくれるのは、すごく嬉しいけど、二人が来るとなると僕を庇ったりして大怪我なんてことにもなりかねないので、どう断ったら良いかな……?


「二人とも我儘を言ってはいけませんよ。八肝様、ヴォルフートのことを頼みますね」


 シアさんナイスです!


「はい!」


 シアさんの事だからてっきり、僕がヴォルフートさんに付いて行くのを止められるのかと思ったけど、シアさんもヴォルフートさんを一人で行かせるのが心配だったのかな。


 とにかく二人を制してくれて本当に助かりました。


「うむ、では行くぞ」



 荷物をシアさんに預けて、ヴォルフートさんとボロボロになっている薄暗い宿の部屋を一つ一つ探索していき、ある部屋の前で敵感知が僅かに反応して、敵が居ると思われる場所がぼんやりと赤く見えた。


「ヴォルフートさん、敵感知が反応しました。この部屋の中央に何かが居ます」


「うむ、わしもこの部屋から嫌な気配を感じるわい……戦闘になるやもしれんから、八肝君は少し下がっててくれ」


「分かりました……」


 戦闘か……痛いのは本当に嫌だが、死んでも死なない体なので、何かあればすぐにヴォルフートさんを庇えるように心の準備はしておこう。


 ヴォルフートさんが扉に手を掛けて、ゆっくりと開いて行くと、部屋の中央で人がうずくまっているのが見えた。


「スーシーさん!?」


 ヴォルフートさんがうずくまっている人の側へと駆け寄って行ってしまったので、僕も慌ててついて行くと先程までぼんやりとしていた赤色が今では真っ赤な点としてスーシーさんと呼ばれた人の体を指し示していた。


「スーシーさん! 生きとるか!?」


「ヴォルフートさん離れて!」


 僕が注意する前にヴォルフートさんがスーシーと呼ばれた人の体に触れてしまい、その瞬間、黒いモヤのようなものがスーシーさんから飛び出して来た。


 その黒いモヤがヴォルフートさんに飛び付こうとしたのを見て、咄嗟に僕はヴォルフートさんを突き飛ばして、身代わりとしてその黒いモヤに取り憑かれてしまった。


「ぐあっ!?」


「八肝君!?」


 寒い、寒い、寒い!


 芯から凍えそうな寒さでガクガクと体が震えて止まらない。


「八肝君! しっかりせんかっ! くっ! わしが付いていながら……」


 寂しい、寂しい、(寂しいよ……)


 無性な寂しさを感じ、寒さも相まって身も心も引き裂かれそうになり、死というものを明確に感じて猛烈な恐怖心を抱き、発狂しそうになりながらも、何故そうしたのか分からないが最後に残った気力で認識阻害の指輪を外した。


 (あぁ……あなたが私の……)


 誰かの安らかな声が聞こえた気がしたが、そこで意識は途絶えてしまった。

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