第33話

「落ち着きましたか?」


「はい……」


 泣きじゃくっている僕が落ち着くまでキャシーさんとシアさんとソフィーさんが頭を撫でたり背中を擦ったり抱きしめられたりと、こういう状況で無ければ素直に喜べたことをしてくれたけど、これもスキルのせいだと思うと素直に喜べなかった。


 この人達が優しい人なのは分かっているし、スキルなんか無くても同じように接してくれるのだという事も頭では分かってはいるんだ。


 だけど、やっぱり、このスキルのせいなんじゃないかと思うと……


「また変なことを考えて居ますね?」


「あ、いや、はい……」


「その愛されるスキルというものがどれほどの影響を人に与えているのか少し実験をしてみましょう」


「実験、ですか?」


「ええ、今から酒場に行って誰でも良いので夜のお誘いをしてみてください」


「えっ? 夜のお誘いって……?」


 夜ってことはつまりそういう感じのアレですか!?


「今晩、僕とエッチしませんか? などと言えばよろしいかと」


「ぶっ!? な、何を言ってるんですか!?」


 直球だよ! シアさん直球過ぎるよ!


 って、そうだった。

 見た目は若いけど中身はおばあちゃんなんだよね。


 田舎のおばあちゃんとかまるでデリカシーが無かったし、シアさんもそんな感じなのだろう。


 シアさんに下ネタとか言っても直球で返されて逆にこっちが恥ずかしくなるパターンだ。間違いない。


「もちろん本気でする訳ではございません。お誘いした後の反応を確認出来ましたら私の忘却魔法を使いますので何の心配もいりませんよ」


「そんなこと言われても……」


 忘れられるからってやってる最中は死ぬほど恥ずかしいし、そもそも忘却魔法ってすごく健康に悪そうだ……


 いや、回復魔法があるからその辺は大丈夫なのかな……?


「そのスキルがどれ程の物なのか八肝様には確認する必要があると思います」


 うーん……たしかにこの愛されるというのがどの程度の物なのか確認したいとは思う。

 恋愛なのか友愛なのか家族愛なのか、愛にも色々あるし、その辺を確認出来ると良いかも。


 まぁ、やってみるか。


「……分かりました。やってみます。けど何かあったらちゃんと助けてくださいよ?」


「ええ、それはもちろん」



 冒険者ギルドに併設されている酒場にやって来た。


 シアさんたちには少し離れた位置で見守ってもらっている。


 ヴォルフートさんは執務室から出た瞬間、職員さんたちに取り押さえられて執務室へと連れ戻されていった。

 「何故じゃ! 何故誰も助けてくれんのじゃー!」という断末魔の叫びを聞くもシアさんの「すぐ戻りますから」の一言でスルーされてしまった。


 まぁ、ヴォルフートさんが居ても茶化されるだけだっただろうし、別にいいか。


「では、頑張って口説いてきてください」


 シアさんは離れた位置に居るのに耳元で声がする。

 これは魔法でやってるのかな?

 後で聞いてみるか。


 とりあえず頑張って口説いてみるか。

 失敗しても成功してもどっちにしろ忘れられるんだから気楽にやれば良いさ。


 でも、やっぱり、初対面の人に夜のお誘いはかなりの勇気がいるな……


「ご武運を、なせる様!」


 少し遠くて見えづらいけど、死地に恋人を送り出すような表情をしているソフィーさん。


 死亡フラグ立ってない?


「なせるさん頑張って!」


 可愛いファイティングポーズをとるキャシーさんの応援で勇気100倍です!


「行ってきます!」



 店内をざっと見回して、僕なんかは絶対に相手にしてもらえない高嶺の花のような美人なお姉さんに狙いを絞って話しかけてみた。


「お、お姉さん一人? よ、良かったら、ぼ、ぼぼ僕と一晩一緒に過ごしましぇんか?」


 くぅぅ……噛み噛みだよ!


 こんなんで誘えたら僕の愛されスキルがチートレベルの代物ってことだ!


 それはそれで嫌だな……


「なぁに、ぼく? ひょっとしてナンパかな?」


「ひゃい! そうです!」


「ふふふ、その様子だと初めてみたいね? 私なんかで良かったら一晩どころか一生付き合ってあげるわよ?」


「へ?」


「ちっ!」


 耳元で舌打ちが聞こえた瞬間、お姉さんが頭に手を当てて朦朧としだした。


「あれ、私、何して……うーん?」


「八肝様、別の方も誘ってみてください」


 どうやらシアさんが忘却魔法を使ったみたいだ。


「あの、今ので大体分かったと思うんですけど?」


「いいえダメです。あと五人ほど誘ってみて判断しましょう」


 有無を言わせない声色で否定されちゃったよ……


「分かりました……」



 次に選んだのは二人組の中の良さそうなお姉さんたち。

 このお姉さんたちも割と美人なので普段ならナンパしようなんて一ミリも思わない。

 それに今度は二人同時に誘ってみる。

 これなら絶対失敗するはずだ。

 これで成功したら本当にチートスキルってことだ。


「こ、こんばんは。突然だけど、お姉さんたち、ぼ、僕と一晩一緒に過ごしませんか? もちろん無理にとは言いません! 二人一緒になんておかしい事は十分、分かっていますので断ってくれて構いませんから!」


「あははは! 何それ? 新手のナンパかな?」


「こらっ、笑ったら可哀想だよ。ねぇ君、男の子だからそういう気分になるのはしょうがないけど、誘うなら一人に決めてからにしなよ? あんまり気が多いと本当に好きになった時、困るのは君なんだからね?」


「えー、何それ、お説教臭い。良いじゃん二人一緒でも、私、あんたとならなんでも一緒に出来るって思ってるんだから。例えそれが、え、エッチなことでもね!」


「はっ? あ、あなた、それ、本気で言ってるの?」


「そ、そうですよー? ……って、やっぱりダメかな? ……女の子同士じゃダメ、だよね……はは、いや、ごめん、私、酔ってるみたい! 今の忘れて!」


「そんな事無い! 私、あなたと一緒ならなんだって出来る! 良いわよ、やってやろうじゃない! 君! 本当に二人一緒で良いのよね? 今更無理なんて言ったらタダじゃおかないから!」


「……はぁ」


 耳元で落胆するような声が聞こえた瞬間、お姉さんたちが朦朧としだした。


「あ、え……っと? 何してたんだっけ?」


「えーっと? あれ、何してたっけ? 何かとても良い事があったような……?」


 またシアさんが忘却魔法を使ったな。


 でも、今回のは忘却させてしまって良かったのだろうか?


「次へ行ってください」


「もう、やめませんか? さっきの二人は忘れさせて良かったのか、ちょっとモヤモヤします……」


「大丈夫です。何も問題ありません。先ほどのお二人には何か些細なきっかけさえあれば自分の想いに気付くことが出来るでしょうし、そのきっかけも後ほど仕掛けさせてもらいますので」


「あ、そう、ですか……」


 抜かりのないシアさんでした。



 次のターゲットは彼氏持ちだ。


 彼氏が居るのにホイホイ付いてくるようなら別れた方が良いと思う。


 例えそれがチートスキルが原因だったとしてもだ!


 って、何か脱線しているような気がするが、まぁ良いだろう。


「ヘイ彼女! 僕と一晩一緒にどう?」


「あん? なんだ、てめ……ぇ? 俺の彼女に何か用でもあるのかい?」


 うぉ……思ってたよりも数倍怖いや……


 けど、彼氏さんがこっちを見た瞬間少し様子が変わったような?


「えー? もしかして私のこと誘ってるの? うーん、でもごめんね。私、彼と真剣に付き合ってるから、君とは付き合えないや」


「サーちゃん……ほ、ほらほら、彼女もこう言ってるし、別の子を誘いなよ? なんなら、俺たちの知り合い紹介してあげるしさ?」


「いえいえ、お気になさらず。お二人の幸せを祈ります」


 はぁ……助かったぁ……


 これでほいほい誘いに乗られていたら修羅場だよ? ぶん殴られててもおかしくないよ?


「ごめんね。もし彼と別れるような事があったら今度はこっちから誘うね」


 うっ、別れないでください。お願いします。


「おい……縁起でもねぇこと言うなよ……」


 彼氏さん、彼女さんに愛想尽かされないようにマジ頑張ってくれ!


「なるほど、すでに愛している方が居れば断ることも出来るのですね。ですが脈はあるようです。興味深いですね」


「あれ? 何してたんだっけか?」


「うーん? 何だっけ?」


 ふぅ、忘却されたようだ。


「では次です」


 なんだかシアさんのテンションがおかしい気がする。


 というか僕もだけど、さっきのは無いな……

 いや、本気で誘ってる訳じゃ無いけど、他人の恋路は邪魔するのは良くないね……



 次は男女混合の六人パーティー、その中の清楚なヒーラーっぽい子に狙いを定めた。


 というか純粋にタイプです。


 僕があのパーティーメンバーだったらガチ恋してたところだな。


「やあ、こんばんは! キミ可愛いね! もし良かったら今晩、僕と一緒に過ごさないかい?」


「えっ、と……?」


「キャ! ナンパよ! ナンパ! 私、初めてナンパされるところ見ちゃった!」


「やっぱり都会はすげぇな! でも誘う相手間違えてないか?」


「はぁ……あんた、またそんなこと言って……もう、いいわ。後で泣きべそかいても慰めたりしないから」


「まぁまぁ、こいつが鈍いのはいつもの事だし、これがきっかけになれば良いんじゃないかな?」


「……ボク、タイプかも……」


 一人ヤバそうな男の子が居るけど、まぁ、忘れちゃうし、後で何かされたりも無いだろ。


「えーっと、返事を聞かせてもらっても良いかな? あぁ、断っても無理強いとかしないから、素直な気持ちで言ってね」


「あう……そう言われても……ど、どうしよう? どうしたら良いかな?」


「自分で決めなよ。悪い人って感じでも無いし、私ならアリかな?」


「私も知りません。好きにしたら良いんじゃない?」


「俺もこういうのは分からん」


「僕は良いと思いますよ。これも人生経験の一つとして学びましょう」


「ボクじゃダメかな……?」


 うっ、ガチだ、ガチの男の子だ。


 こっちの世界は同性愛に寛容っぽい感じだけど、僕は百合なら好きだけど自分を対象にされたBLは勘弁してほしいです。


 男の娘ならまだ可能性はあったけどね。


「ごめんね。今はその子と二人っきりになりたいんだ」


「……そうですか、うぅ、羨ましい……」


「それで、どうするか決まったかな?」


「えーっと……あ、明日も早いので、とりあえず、お話しだけなら、したいです……」


「そっか……えーっと、どうしようかな? ……うーん?」


 あれー? おかしいな?

 返事をもらえたし、ここで忘却魔法でしょ?


 シアさんたちの居る方へ視線を向けるとあからさまに視線を逸らされた。


 って、何してるんですか!?


「すみません。魔力切れです。回復の見込みはありませんのでこの場は八肝様になんとかしてもらう他ありませんね。頑張ってください」


「なんですとーっ!?」


「ひゃっ!? な、何ですか? いきなり……?」


 頑張れって……どうしろと?


「あー、えっと、急用を思い出したので、また今度機会があればお話しようね。それじゃまた!」


 脱兎の如く、その場をあとにした。



「もう! 助けてくれると言ったじゃ無いですか! 危うくチャラ男になるところでしたよ!」


「チャラオとは何でしょうか?」


「いいです。気にしないでください。それよりも僕のスキルの威力を見ましたよね? だから言ったんです……このまま皆さんと一緒に居ても、お互い不幸になるだけですよ……」


 本当にチートスキルだったな……


 はぁ……これからどうしよう……?


「ふふふ。ええ、確かにすごいスキルのようですね。ですけど対処法は見つけましたので別れる必要は無いかと」


「え、本当、ですか……?」


「ええ、少し準備して来ますので少々お待ちくださいませ」


 そう言うとシアさんは何処かへ行ってしまった。


 対処法を見つけたと言ってはいたけど、あのナンパで何か分かったのだろうか?


 うーん、やはり千年以上生きているというのは伊達では無いということかな?


 歳のことを言うと例え褒め言葉だったとしてもシアさんが落ち込みそうなのであえて言ったりはしないけどね。


「あの、なせるさん、もう一度キスしても良いですか?」


「へ?」


「あ、あなた、何を言っているのかしら?」


「ごめんなさい。でも、今しないと、ダメなんです……」


「今って……いや、これからこのスキルを対処するってシアさんが話してたじゃないですか? キャシーさんが僕に抱く好意はスキルのせいだと確認したでしょ? 一度してしまってはいますが、そういう事は本当に大事な人が出来た時にしてあげてください」


「……だから、今、したいんじゃないですか……っ!」


「おわっ!?」


 突然立ち上がったキャシーさんに椅子ごと横に押し倒されてしまい、反応しきれなかった僕はまたしてもキャシーさんに唇を奪われてしまった。


「んっー!」

「むぐっ!?」


 うぅ、前回した時と全然違う、キャシーさんに野性的に貪られて僕の理性が持ちそうにない。

 これ以上されたら、本当にヤバイ……! 堕ちる……!


「は、離れなさい! このような場所で、はしたないですよ! やめなさい! やめて! わたくしからなせる様を取らないで!」


 ソフィーさんがキャシーさんを強引に引き剥がそうと肩を掴んで引っ張り上げようとするが中々離れず、少し顔から離れかけたところで手が滑ったのか引き剥がされまいと踏ん張っていたキャシーさんが勢い余って僕の顔面にキャシーさんの顔面がぶつかって来てしまった。


「ふごっ!?」

「ごふっ!?」


「あぁっ! ごめんなさい! 大丈夫、でしょうか……?」


「イテテテ、キャシーさん大丈夫ですか?」


 くぅ、結構痛かったぞ……

 鼻血とか出てないよな?


「ぅぅう、痛いですぅ……」


 キャシーさんは顔を両手で押さえて悶えている。


 何か似たような事が前にもあったような気がするな……


「……ごめんなさい」


「い、いえ、こちらこそ、すみません……」


 これも僕のスキルのせい、だよな……

 本当に対処なんて出来るのかな?


「……怖いんです」


「え?」


「わたし、この気持ちを失いたくない……スキルのせいだって良いじゃないですか……なせるさんを愛しているこの気持ちを失うなんて、絶対に嫌っ!」


「それは……」


「キャシー様、それはあまりにも……」


 これが本当にスキルのせいだというのか?

 キャシーさんのその想いは偽物だと、作り物だと、そう言ってしまって本当に良いのか?


「うぅぅ、ひっぐっ、わた、わたし、なせるさん……ひっぐっ、なせるさんのこと、好きなままで、ままで……ひっぐっ、居させてくださいぃぃ……」


 分からない……分からない……全然、分からないよッ!


 何が正しいとか、何が間違っているとか、そんなの、正解なんて誰にも分からないことじゃないかッ!


 スキルがなんだって言うんだよッ!


 キャシーさんがこんなにも僕のことを想ってくれているのにスキルのせいにして逃げるのか?


 違うだろッ!?


 例え、この愛されるスキルが無くなったとしても、例え、彼女が僕のことを何とも想わなくなってしまったとしても、それでも今、抱いている彼女のその気持ちは本物で、それは間違った想いでは無かったと、スキルのせいではなかったと、彼女にそう、思わせなきゃダメなんじゃないのかッ!?



「……大丈夫ですよキャシーさん。例えこのスキルが無くなってキャシーさんのその気持ちが、想いが、無くなってしまったとしても、必ず僕を愛してくれるあなたにしてみせます! だから安心して僕のことを好きで居てください。その気持ちが嘘では無かったと、偽りでは無かったと、必ず証明してあげます!」


「はぃ……はい! 必ず、必ず、なせるさんのことを好きになって良かったのだと証明してください!」


 これで良いんだ。


 後のことなんて考えるな。


 だってこんなにも彼女は良い笑顔になってくれたじゃないか。


「お二人とも、床に座り込んで何をしているのでしょうか?」


 いつの間にかシアさんが戻って来ていて床に座っている僕たちを不思議そうに見つめていた。


「えっと、椅子に座りましょうか? キャシーさん」


「そ、そうですね。そうしましょう」


「なせる様、わたくし諦めませんから、それとキャシー、あなたにはライバル宣言致しますわ!」


「ひゃい!? ら、ライバル……ですか?」


 ソフィーさんがキャシーさんにビシッと指をさして決めポーズみたいなことをしている。


「強敵であり、友である。そのような方をライバルと言うのです!」


 恋のライバルってことだよね……?


 ソフィーさんも僕のことを好きなのは分かってはいるけど、まだ引き返せるんじゃないかな?

 キャシーさんみたいに強引に迫って来る様子も無いし……


 って、ダメダメ、またスキルのせいにする気かよ。


 ソフィーさんにもちゃんと答えてあげないと。


「強敵……友って!? き、貴族様と友達になるなんて畏れ多いです!」


「あなたの意見など聞いていません。わたくしが対等だと認めたのですからこれからはキャシーと呼び捨てで呼ばせてもらいますわ! ですからキャシーもわたくしのことはソフィーと呼び捨てで呼んでくださいませ!」


「む、無理ですぅぅぅ!」


「あなたがどう思おうとわたくしはキャシーの事を対等な友人として接しますのでよろしくお願いしますわね!」


「ひぃぃぃぃぃ!?」


 ソフィーさんは一度言ったら必ずそうするんだろうな……

 良くも悪くも頑固そうだ。


「何やら私が居ない間に面白いことになっておりますね? ですが今はこちらの要件から先にいたしましょう。八肝様、こちらを装備していただけますか?」


 そう言って手渡されたのは指輪だった。


「えっと……こちらの世界では分かりませんが、もしかして婚約指輪とかでしょうか?」


 いや、もちろん冗談ですけど、万が一という事も……あったり?


「あ、いえ、そういうことではないのですが……その、八肝様と婚約したいとは思っております。いえ、と、とにかく装備していただければ分かると思います!」


 シアさん……


 シアさんの気持ちにもちゃんと答えてあげないとな。


「そ、そうですか。じゃ、じゃあ着けてみますね」


 今は幸運アップと汚れ防止と敵感知の指輪を右手人差し指と中指それと薬指にはめているので、とりあえず左手の中指にはめてみた。


「装備出来ましたよ?」


 そういえば装備レベル制限とかあったな。

 まぁ、レベルが足らないと勝手に外れるから、この指輪は大丈夫だったみたいだけど。


「思っていた通りでした。これでもう大丈夫かと」


「えっと、何か変わりましたか?」


「ええ、八肝様を八肝様と認識出来ません」


 認識出来ないって……?


「えーっと、つまりこの指輪は?」


「認識阻害の魔法が付与された指輪でございます」


 認識阻害! その手があったか!


 左手にはめられた指輪を改めて見ながらなるほどなーと納得した。


「あ、あの、なせるさんですよね?」


「はい、そうですよ?」


「うぅぅ、誰だか分かりません! その指輪外してください! 怖いです!」


「外してはダメですよ。この状況で慣れてくださいませんと、八肝様に迷惑をかけることになりますからね」


「でも……」


「シア様、わたくしからもお願い致しますわ! なせる様をなせる様と認識出来ないなんて辛すぎますわ!」


 好きになってしまった気持ちまでは認識阻害出来ないみたいだし、好きな人を認識出来ないってのは中々に辛いことだよね……


「はぁ……しょうがないですね。では八肝様のお体に触れてみてください。そうすれば少しだけ認識出来るようになります」


 そう言われた途端にキャシーさんとソフィーさんに両腕をそれぞれ抱きかかえられてしまった。


 両手に花とはこの事か……


 実際されると、ちょっと、というか、かなり恥ずかしいけどね。


「うーん? なせるさんのような、そうでないような……微妙です……」


「あぁ……なせる様に触れているというのに何も感じませんわ! 雲をつかむような、とはこの事ですわね!」


「どうでしょうか? それならば新たに好意を寄せて来る方も現れませんし、私たちも愛が暴走して、八肝様を押し倒して、あまつさえ唇を奪うような事は無くなると思いますが?」


 見てたんですね……

 というかどこから見てたんでしょうか?

 まぁ、良いですけどね。


「み、見てたんですか?」


「はて? 見ていたというより、見せつけられていたように感じましたが?」


 シアさん、もしかして、ちょっと怒っていらっしゃる?


「え、いや、そ、そんなことないです! ないですよ……?」


 え、キャシーさん……?

 ま、まさか、さっきの行動は演技だったりとかしませんよね?


「正直に」


「さ、最初だけ、最初だけなんです! なせるさんとまたキスしたいなっと思った瞬間、ソフィーさんに見せつけて、わたしの方がなせるさんのことを好きなんだぞ、と思わせたくてですね……でも、途中から訳が分からなくなってしまって、暴走してしまって……その、すみませんでした!」


 そっか、暴走しちゃったならしょうがないよね。


 ……はぁぁ、演技じゃなくて良かったぁ……


「あ、あなた、そんなことを思っていましたの!?」


「やはり認識阻害の指輪は必須ですね。八肝様も無闇矢鱈むやみやたらにその指輪を外したりしないでくださいね」


「あ、はい」


「そ、そんな~……うぅぅ、なせるさん、なせるさん、なせるさん……あぁぁっ! なせるさんを意識し辛いですぅぅぅ!」


 腕をぐいぐいと引っ張られて胸を押し付けてくるキャシーさんなのでした。


「八肝様のスキル問題は一旦、解決したということで、この後のご予定は何かありますでしょうか?」


「えっと、特には……あ、宿をまだ決めていませんでした。あっ、というかヴォルフートさんのことがまだ終わってませんよ」


「あぁ、そういえば……そちらは明日でもよろしいでしょう」


「いやぁ、ヴォルフートさんに宿を紹介してもらえる予定だったのでそれは困ると言いますか……」


「なるほど、あの子が紹介する宿と言ったらあそこしかありませんね。私から紹介してあげますのでさっそく行きましょうか」


 え、良いのかな……

 ヴォルフートさん血の涙とか流しちゃうかも……


「あの、やっぱり、一人にするのは可哀想かなって」


「大丈夫です。明日の彼の顔を見るのが楽しみなのでさっさと行きましょう」


 うわぁ……シアさんすごくいたずらっ子の顔してるよ……


 まぁ、ヴォルフートさん、いじられキャラっぽいところあるからしょうがないね……


 いや、僕は優しく接するよ? でもシアさんが楽しみなら仕方ないよね?


「じゃ、じゃあ、行きましょう」


 こうしてヴォルフートさんを一人置き去りにして冒険者ギルドをあとにするのでした。

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