第32話
「ええ!? パーティーって!? 私たちまだダンジョンすら入ったことも無い、田舎から出てきたばかりの右も左もまったく分かってない初心者ですよ!」
シアさんの突然のパーティーに入りたい宣言に驚いたキャシーさんが目を白黒させている。
「むしろその方が私たちには好都合です。ソフィーちゃんも良いですね?」
「ええ、なせる様とキャシー様となら何も問題はございません。よろしくお願いしますね」
なんかもう、決定事項のように話されてるし……
これ、あとで権力闘争とか骨肉の争いとか貴族特有の事件に巻き込まれたりしないだろうな……?
うーん、そう思うと、ここで聞いておかないとダメだろうな……
「あの、パーティーになる前に聞いておかないといけないことがあるのですが……なんと言いますか、お二人は貴族ですよね?」
もうバレバレなんだけど、一応本人の口からは一度も貴族だとは伺っていないので前提条件から確認しよう。
これで貴族では無いなんて言い出したらパーティーの件はお断りしてヴォルフートさんには冒険者ギルドの生贄になってもらおう。
「それは……」
ソフィーさんが困り顔でシアさんの方を見ている。
「そうですね。一緒のパーティーになるならば隠し事はいけませんね。ええ、そうです。ここに居るソフィーア・ヘイテルケイツ・レイデンスシャフト・フォン・オーブスツは古くから続くオーブスツ家、その現当主の孫娘でございます」
やっぱりそうだよね……
オーブスツ家がどれ程、有名なのか分からないけれど古くから続くと言っているからおそらく相当、名のある家なのだろう。
キャシーさんの方を何となく見てみると顔面蒼白で全身をぶるぶると震わせ、過呼吸になっていて今にも倒れてしまいそうな状態になっていた。
「はっ、ひっ、はっ、ふっ」
「キャシーさん!?」
「《ヒーリング》」
「はっ……ふぃ……」
シアさんが魔法を唱えると部屋全体が穏やかな空気で包まれて心が癒されていった。
キャシーさんは前回と同様お風呂に浸かったような安らかな表情をしだした。
「すみません……私、また……」
キャシーさん、自己紹介の時に一度聞いていたはずなんだけど、貴族関係は本当に苦手なんだな。
というか前回は誤魔化されてたし、僕の貴族疑惑で頭いっぱいだったせいで記憶があやふやになっていたんだろうな。
あの時の記憶がフラッシュバックしてトラウマを思い出したとかそんな感じっぽいし。
「良いのですキャシー様。貴族とは畏怖されるべきものでございます。その点、八肝様はあまり驚いていないご様子ですが、やはり八肝様は貴族関係の方なのでしょうか?」
「だから違いますって!」
またキャシーさんに変な誤解をされるような事を言わないでくださいよ!
ただこの世界の事を僕がまだよく知らないだけの話なんだ。
あ、待てよ……神様の伴侶は貴族よりもっとヤベェ奴じゃないか……?
……よし、その辺は黙っておこう。
「えーっと、ソフィーさんが貴族なのは分かりましたがシアさんは……?」
「私はただの冒険者の一人ですのでお気になさらず」
ソフィーさんよりもシアさんの方がヤバそうだと思うんだけど、その辺、言いたく無いのなら無理に聞かない方が良いのかな……
あ、いや、やっぱり聞かないとダメか。
貴族であるソフィーさんが一人でシアさんと居るってことはシアさんも相当、力のある人なのだろうし、骨肉の争いがあった場合、ソフィーさんを護れる力のあるシアさんを、例えば出し抜ける刺客が送り込まれたりして、僕たちを出汁に使われる可能性だってあるだろうし……
うーん……? 考え過ぎかな?
「えーっと、言いづらい事かもしれませんがシアさんも貴族、それもかなり上位の方なのではないんでしょうか?」
「……いえ、それは……あぁ、どうしましょう? ソフィーちゃんどうしましょう?」
「正直に言うのが良いかと。それで拒絶されたのなら、わたくしのチャンスが増えますのでわたくしにとっては実に良いことですわ」
「ずるいですよソフィー! 私にだって少しぐらいチャンスがあるべきです! もう何年も感じることの無かった心のときめきというものを感じているのです! 私はこのときめきを諦められません! そうですっ! そうでしたっ! 最初から決めていたことなのですから私はやはり、ただの冒険者として――」
「おば様はオーブスツ家初代当主にしてオーブスツ家始まりの者、始祖様であらせられます」
「はっ?」
始祖って最初のご先祖様のことだよね?
えっと、つまり、シアさんって……
ドタンッという何かが倒れる音がしてそちらを見るとキャシーさんが泡を吹いて倒れていた。
キャシーさんだけでなくヴォルフートさんまで椅子に座りながら仰け反って失神している。
「《ヒーリング》」
「「はっ!」」
うん。
まぁ、そういう反応って事は骨肉争いだとか権力闘争なんていう事は万が一にも可能性は無さそうだな……
シアさんに喧嘩を売れる一族は一人も居ないだろうし。
「ふふふふ、ソフィーさん……あとで(聞き取れなかった)しますからね。逃がしませんから覚悟してくださいね」
「ですがおば様、なせる様は平然としておられますよ? わたくし、なせる様ならば問題無いのではないかと思っておりましたの。チャンスはまだ残っているようですから頑張ってみてはいかがでしょうか? もちろんわたくしも、おば様に先を越されないよう全力で頑張りますわ!」
なるほどね、何となく分かったぞ。
「つまりシアさんが隠したかったことっていうのは年齢ですか?」
「そう、です。こんな見た目ですけど私、おばあちゃんなんですよ? 嫌でしょ? 詐欺だ! って思うでしょ?」
「えーっと、ちなみにおいくつなんでしょうか?」
あっ、流れで女性に年齢聞いちゃったよ……こういうとこ気を付けないとな……デリカシー無いとか誰かさんに言われそうだ。
「……ぅ17歳です」
おいおい。
ってまさかシアさん、17歳教の人だったりはしないよね?
前半部分、小声過ぎて聞き取れなかったけど、なんて言ったのかな?
「あの、もう一度お願いします」
「……ぁく17歳です」
「え? 何ですか? 聞こえませんよ? もうちょっと大きな声でお願いします!」
まぁ、せいぜい200歳とかそんなもんだろ。
異世界物ではよくいる長寿族とかそんな感じの種族なんじゃないかな?
耳が尖っていないエルフの可能性だってあるし。
少なくても1000年ぐらいなら全然余裕ですわ。
むしろ、どストライクというか……
「だから! 1117歳ですよ! おばあちゃんどころか化石ですよ! 化石! どうですか!? 引きましたか!? 普通は引きますよね! だから言いたくなかったのに……もう忘却魔法を使って一からやり直して……」
「好き……」
「え?」
本当に1000歳越えてて口が滑ってしまった!
ロリババア、いや、ロリ熟女が出て来る漫画やラノベが大好きだったから、今、目の前に本物が居ると思ったら口が勝手に動いてたよ。
「八肝様、今、好き、と……」
「あ、いや、ちがっ……」
そんな何かを期待するような目で見ないで……
「そう、ですか……聞き間違え、でしたか……」
あぁ、そんな暗い表情を見せられたら否定出来なくなってしまいます……
「いえ、その、特別にシアさんが、という訳では無いのですが、見た目と年齢にギャップのある方なら誰でも好きになってしまう癖がありまして……」
「そうなんですか! で、では私の事も好きに……?」
「え、ええ、まあ、好きに、なっちゃいましたね」
それを聞いて、ぱあっと明るい笑顔を咲かせたシアさんはまるでサプライズプレゼントを貰った子供のように嬉しがり出した。
「ソフィー聞きましたか!? 好きって! 私のことを好きって言ってくれましたよ!?」
「ええ、ちゃんと聞きましたわよ。ですけどおば様、おば様だけが特別とは言っておりませんから、その辺りは気をつけた方がよろしいかと」
うっ……
ソフィーさんが冷めた目でシアさんと僕を交互に睨んでくるんですけど……
「八肝君は中々に剛の者だね……」
ヴォルフートさんが何か、一人でうんうんと納得して尊敬の眼差しを向けて来る。
「八肝さん……」
キャシーさんが僕の上着の裾を掴んで不安そうな表情で僕を見つめていた。
「どうしましたか? キャシーさん?」
「私を一人にしないでください……」
うん?
「えっと、一人にしたりしませんよ? これからパーティーを組んで一緒にダンジョンに行こうって、話しをしてたじゃないですか?」
「違いますッ!」
「おぅっ!?」
ビックリしたぁ……
急に声を上げて、本当にどうしたんだ?
「そうじゃなくて……違うんです」
「な、何が違うんです?」
キャシーさんが何を言いたいのか全然分からないぞ……?
一人にしないでって急にホームシックになっちゃったとかかな?
いや、でも、今の状況で故郷を思い出すって、それどんな故郷よ?
うーん? さっぱり分からん。
「……好き」
「んむっ!?」
「あっ!?」
「あらっ!?」
「おや?」
「なっ! なななななにをっ!?」
なに!?
何でキスしたの!?
僕、何かキャシーさんに好かれるような事した?
姉弟みたいになりたいんだろうなってのは薄々気がついてはいたけどキスって……
それってまるで……
「好き、です……私、なせるさんの事が好きです!」
「ちょ、ちょちょちょっと待って、だって僕たちまだ出会ったばかりじゃないですか!?」
「一目惚れです……ダメですか……?」
「い、いや、ダメとかそういうことでは……」
一目惚れって……
いや、一目惚れか。
僕もこっちの世界に来てからしょっちゅうしてるけど……まさか自分が対象になるとは思いもしなかったな……
「返事を聞かせてください……」
返事って……
そもそもこっちに来てからモテ過ぎだろ……
絶対おかしいって……
……そうだよ。僕がモテるなんてありえないじゃないか。
あぁ、そうか……異世界に来たら定番のアレがこれだったっていうことか。
くっ……!
そんなことにも気付かずに僕は浮かれてたのか……!
いや、でも、まだ決まった訳ではないし……
まずは確認だ。
「返事の前に一つ良いですか?」
「な、なんでしょうきゃ!?」
「鑑定のスキルか魔法を使える人が居たら僕のステータスを見てもらえませんか?」
僕の突拍子もない質問でキャシーさんがきょとんとしている。
はぁ、可愛い……
「私は使えますけど、急にどうしましたか? キャシーさんに返事をするのに必要なことなのでしょうか?」
「ええ、まぁ、そうですね」
みんな首を傾げているけど本当に必要なことなんですよ。
「では、失礼して八肝様のステータスを見させてもらいます」
「お願いします」
シアさんが僕を、というより僕の目の前にある何かを見ようと集中しだした。
ちょっと恥ずかしいな……
「うっ!? ブプッ! うぐっ……ん、はぁ……はぁ……」
シアさんが突然膝をついて手で口を押さえると、戻しそうになった嘔吐物を無理矢理飲み込んでしまったようだ。
「「「シアさん!?」」」
「おば様!」
「少し戻しましたが問題ありません。それよりも、八肝様のステータスを見ることが出来ませんでした……いえ、見えてはいたのですが、情報が乱れ過ぎていて、激しい目眩を感じ、それ以上は見ることが出来なかったのです」
「そんなことが……」
……まさか、ひかりの仕業だったりするのか?
「鑑定魔法で調べてみましょう。紙に転写するのでそれで何か分かるかもしれません。フーちゃん、紙を用意してください」
紙に転写なら目眩を感じずに済むか。
というかフーちゃんって誰?
「シアさん……フーちゃん呼びはもうやめてくださいよ……シアさんから見れば、わしなんて、まだまだ子供に見えるんでしょうけど……」
あぁ、ヴォルフートさんのことか。
……ヴォの方だったら鼻水を吹き出していたところだよ。
「それは私が老けているということでしょうか? ……まぁ、良いです。こんな私でも八肝様は受け入れてくれましたから。それよりも、早くここにある最上級品質の紙を用意してください」
「何故です!? 普通の紙でも転写は出来ますよね? 嫌がらせですか? 嫌がらせでしょう?」
「嫌がらせですから早くしなさい」
「くぅぅ、何故みんなわしをいじめるんじゃ!」
ヴォルフートさんがしぶしぶと引き出しから紙を取り出してシアさんに手渡した。
最上級品質って言うからどんな紙が出てくるのかと期待しちゃったけどやっぱり紙は紙だったか。
「それでは八肝様、失礼します」
「え、キャッ!?」
いきなり服を脱がされて上半身裸にされちゃったよ!?
めっちゃ変な声出しちゃってすごく恥ずかしいです。
「じっとしていてくださいね」
「はひ!」
紙を僕の胸のあたりに貼り付けると、焼き付けるように文字が紙に浮かび上がってきた。
呪文とか詠唱は言わないのか……
ちょっとがっかりしたけど無詠唱でも魔法が使えるのが分かってちょっとテンション上がる。
「終わりましたけど……やはりこちらでも分かりませんでしたね」
シアさんは僕のステータスが書かれた紙を見てもさっぱり分からない様子で、そのまま僕に渡してきた。
見てみると、確かに文字化けしたような感じになってはいるけど……
nマA: 十七ノレ・や井モ
シュZk: ¥不田
牛歯令: NQ
Vべr: NG
マホ?: 倉リ告マホ?
フ、Kル: 矢ロ小生イ本Ni愛ちレRu
辛うじて読めそうな部分だけ無理矢理読んでみたけど、フ、Kルはたぶんスキルだろうから……たぶん知性体に愛される、かな……?
身体能力とかも普通は書かれているんだと思うけどめちゃくちゃな記号の羅列で読めないや……
「ありがとうございましたシアさん。これで原因が分かりましたよ」
「え? 八肝様はこれを読めたのですか?」
「読めない部分が大半ですけど、知りたかった部分は分かりましたので」
知りたかったというか、知りたくなかったというか……
なんで気付いちゃったかな……
ひかりはこれに気付いてたのかな?
気付いてて、それでも好きになってくれたのなら嬉しいな……
もし、気付いていなかったら……
やめよう。
これ以上考えたくない。
「それで、その、返事はしていただけますか?」
キャシーさんが不安そうにこちらを見ている。
返事なんて、決まっているじゃないですか。
「キャシーさん、僕はあなたのことが好きですよ」
そう言った瞬間、キャシーさんの顔が明るくなって、嬉し泣きしだした。
「ですけど、お付き合いは出来ません……ごめんなさい」
「え……何で……?」
ぐっ!
そんな絶望に叩き落とされたような顔をしないでくれ!
「皆さんにも、これから話すことを冗談か何かかと思わず真剣に聞いてください」
あぁ……やだなぁ……言いたくないなぁ……
でも、言わないとなぁ……
はぁ……ふぅ……
よし! 言うぞ!
「皆さんが僕に抱く好意は全て僕のスキルによるものだったようです。ですからたとえ僕のことを好きになったとしても、僕はその思いに答えてあげることは出来ません。すみませんでした。詐欺師に引っかかってしまったと思って諦めてください。これからは皆さんと極力出会わないようにしますので皆さんも僕を見つけても近付かないでください。それではさようなら」
頭を深く下げてその場から立ち去ろうと頭を上げた瞬間、バチンッと頬に強い衝撃を受けた。
僕の頬を叩いたと思われる右手を握り締めながら、わなわなと怒りで震えているのだろうキャシーさんがこちらを鋭く睨んでいた。
「何ですか、それ……そんなことを言われて納得出来ると思っているんですか……? 馬鹿にするのも程々にしてくださいっ!」
「そうですね。キャシー様の言う通りです。スキルで人の感情が操られたとして、それがなんだと言うのでしょうか? 悪意でやったことならば断罪するところですが八肝様はそうではない、どころか、今、そのスキルに気付いたばかりではないですか。どうするべきかはこれから一緒に考えて行くのが正しい選択であると私は思います」
「わたくしもシア様と同じ意見でございますわ。たとえこの感情がスキルによるものだったとしてもそれ以上の運命というものを感じていますの。ですからその感情を操るスキルが無かったとしても必ずなせる様のことを好きになっていたと思いますわ!」
「わしも八肝君が好きじゃよ? ただそのスキルが有る無しに関わらず八肝君のその優しさがわしは好きじゃ。だからそんな悲しそうな顔をするのはよしてくれんか?」
いつの間にか涙が溢れ出していた。
嬉しいのと同時にこれもスキルによる影響なのだと思うと悲しさと虚しさが同時に襲って来て気持ちがぐちゃぐちゃになって、もうどうしようもなくなってしまい、その場に泣き崩れてしまった。
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