第31話

 奴隷館の外へ出るとすっかり日は傾き、夕暮れ空をバックに巨塔と空に浮かぶ浮島と高層タワー群が、昼間に見た時よりもより一層、幻想的な光景を映し出していた。


「はぁ……行くか……」


 とりあえず冒険者ギルドに戻ってシアさんの所へ戻ろう。

 どんな顔をして会えば良いか分からないけど、荷物を預けっぱなしだと迷惑だろうし……


「それにキャシーさんも……」


 あぁ、胃が痛くなって来た……



 巨塔を目印にとぼとぼと重い足取りで歩きながら、キャシーさんたちとどう接すれば良いものか頭の中で何度もシミュレーションして、ぐるぐると答えの出ない考えをあれこれ想像しながら歩いていたら、いつの間にか冒険者ギルドの前まで辿り着いていた。


 開けっ放しの門を抜けてギルドの中へと入り、シアさんが居ると思われる部屋の前までやって来た。


 ノックするのに中々踏ん切りがつかず、部屋の前をぐるぐるとあっちへ行ったりこっちへ行ったりを繰り返し、覚悟を決めていざノックをしようとした瞬間、後ろから声を掛けられてしまった。


「八肝さん!」


 どう見ても不審者ですね。分かってます……


「八肝さん! 良かった……急に居なくなるから、あっちこっち探し回って……どこへ行ってしまったのかすごく心配したんですよ! もう、勝手にどこかへ行くのはやめてください!」


 振り向くと、そこに居たのはぷんぷんとほっぺを膨らませて怒るキャシーさんだった。


 すごく心配を掛けてしまっていたようだな……


 この状況で不謹慎だとは思うけど、キャシーさんの怒り顔を可愛いと思ってしまった。


「ごめんなさい……でも、あの時は本当に恥ずかしくて居た堪れなくて……」


「わたし、八肝さんがどんな人であっても気にしません! 例え物凄くエッチでドスケベのド変態な人だったとしても!」


 イヤァーッ! ヤメテーッ!


 そんな大きな声で言わなくても分かってますからっ!

 それと僕をそんな生暖かい目で見るのはやめて!


 キャシーさんにこれ以上顔を見られるのは恥ずかし過ぎたので、キャシーさんに背を向けて、両手で耳を塞ぎ、目を閉じて、しゃがみ込んだ。


「大丈夫ですよ。お姉ちゃんが全部受け入れてあげますからね。お姉ちゃんの体なら胸でもお尻でも太ももでも好きなところを好きなだけ触って良いですから、他の人に迷惑を掛けるような事はしちゃダメですよ?」


 キャシーさんに突然抱きしめられ、耳元でそのような事を優しく囁かれてしまった。


 あらぬ誤解とはこの事か……


 いや、エッチなのは認めますけど、だからって他の人の迷惑になるようなことは一切致しませんよ!


 「グヘヘ、良いケツしてんじゃねーか、姉ちゃん」などと言って女性のお尻を触るような、そんなセクハラおやじみたいなことは絶対にしません!


 神に誓って、と言うよりひかりに誓って断言するっ!


「キャシーさん、僕はすごくエッチだと自分でも思いますけど、他人の嫌がる様な事は絶対にしませんよ。それに、あまりそういう事は言わないでください。調子に乗ってしまってお互いに後悔するような事はしたくありません」


 僕が立ち上がり、冷静に落ち着いた口調で話しかけるとキャシーさんは顔を真っ赤にしてうつむいた。


「そ、そうですよね! 八肝さんがそういう人じゃないって分かっていたのに、わたし、何を言ってるんでしょうか……うぅ、恥ずかしい……」


「お二方、そのようなお話は部屋の中でお願いします。お熱いのは結構なことでございますが、他の方の目も気になさってくださいませ」


 いつの間にかシアさんが扉を開けてこちらを呆れた様子で伺っていた。


 辺りを見回すと、何人かの冒険者達がヒソヒソとこちらを見て笑っているのが見えたので慌ててシアさんの部屋へとキャシーさんの手を引いて逃げ込んだ。


「あら、やっとお戻りになられたのですね」


 部屋の中へ入ると、ソフィーさんが優雅にお茶を楽しんでいらっしゃった。

 やはり高貴な家の出なのですね……


「おばさ、シア様の言った通りなせる様はちゃんとお戻りになられたでしょ? 心配なのは分かりますがキャシー様も、もう少し自分を大切になさってくださいませ」


「はい……すみませんでした……」


「なせる様も、あまり心配をかけないでくださいませ」


「はい……すみませんでした……」


 ソフィーさんも僕のことを心配してくれていたんだな……


 あとでみんなに何かお詫びをしよう……


 髪飾りとか可愛いアクセサリーとかプレゼントしたら喜んでくれるかな?

 それともスイーツとかの方が良いか?


「八肝様、少しよろしいでしょうか?」


「はい?」


 シアさんに声を掛けられたのでそちらを向くと、突然抱き着かれて思考がフリーズしてしまった。


「どうでしょうか?」


 はっ!? 何事!?


「はっ! え? どうとは……? というかどういう状況? なのでしょうか? あの……あまり近付かれると……顔が、近いです……!」


 シアさんは近くで見るとかなりの美人さんで、突然抱き着かれた事もあり心臓がバクバクして頭が沸騰しそうになった。


「八肝様、私たちは八肝様を否定したり拒否したりするような感情はこれっぽちも抱いてはおりません。あの時は少しだけからかうつもりで、その、殿方が好色だということは重々承知しておりましたのに、八肝様の見た目と称号との印象が思っていたより……いえ、これ以上言い訳しても八肝様を傷つけてしまうだけですね……あの時は本当に申し訳ございませんでした……」


「だ、大丈夫です! だから、あまり強く抱き着かれると、む、胸が! あ、あぁ……!」


 シアさんは着痩せするタイプの隠れ巨乳さんでした。

 それに何だか落ち着く感じがしてすごく心地良い。


「はわぁ~……」


「ふふ、可愛いですね」


「こほんっ! おば様、はしたないですわよ」


「ふふふ。八肝様、これで分かって頂けたでしょうか?」


「は、はひぃ~……」


 幸せとは長続きしないものでシアさんが離れていってしまった。

 もう少しだけ抱き着かれていたかったなぁ……


「ところで八肝様、この後、ご予定などありますでしょうか?」


「はっ! ……えっと、たしかヴォルフートさんに……って、あっ」


 やばっ、ヴォルフートさんのこと完全に忘れてたよ……


「あっ……」


 キャシーさんもさっぱり忘れていたようで今気づいたようだな。


「ど、どうしましょうか? たぶん、私たちのことずっと探し回っているんじゃ……」


「そ、そうですね……やっぱり探しに行ってあげないと可哀想というか何と言うか……」


 元の世界なら定年退職しててもおかしくない年齢っぽかったし、あれだけ期待させといてやっぱりダメだったじゃ可哀想過ぎるもんなぁ……

 第二の人生がこれから始まるんじゃー!っとか思ってそうだし。

 このまま一人で隠居生活して最後は孤独死なんてことになったら……


「ヴォルフート……ギルドマスターのことでしょうか?」


「シアさん知ってるんですか?」


「ええ、まぁ、知り合いと言えば知り合いですね」


 おぉ、やっぱりギルドマスターともなれば高貴なお方ともお知り合いになれるんだね。

 いや、シアさんたちは高貴さを隠してるようだけど。


 まぁ、全然、隠しきれてないけどさ。


「ギルドマスターと八肝様とキャシー様とはどういったご関係でしょうか?」


「えっと、今日知り合ったばかりなんですけど、パーティー仲間というか、あ、まだ申請はしてませんけど、仕事をやめて僕たちに色々と教えてくれる予定だったんですけど途中ではぐれてしまって……」


 はぐれたというかヴォルフートさんからも逃げていたような気がするけどきっと気のせいだろう。


「そうでしたか、仕事をお辞めに……彼もいい歳ですからね。それで途中ではぐれたとはどの辺りででしょうか?」


「ギルド前の馬車乗り場ではぐれたので、たぶん一度はギルドに来ていると思いますけど、今頃僕たちを探して街中を彷徨っているかもしれません……」


「そうですか。でしたら執務室に軟禁されているでしょうね。まず間違い無いかと」


「軟禁!?」


「ええ、とりあえず行ってみましょうか。今頃、泣きながら溜まった仕事をこなしているでしょうね。ふふふ」


 何だろう?


 シアさんの表情から邪悪なものを感じた。

 幼気な弟をいじめる姉、みたいなそんな感じ。

 そんなシチュエーション薄い本でしか見たことないけどね。



「ひぃー! もう勘弁してくれ! どこまでこの老体に鞭打てば気が済むんじゃ!?」


「なに言ってるんですか? まだ私の仕事時間すら終わっていないのにサボっていたギルマスが帰れるとでも? それに何ですか、急に辞めるなんて……辞められる訳ねぇでしょうが? テメェ仕事ナメてんのか? あぁ!? 死ぬまで働かせてやるからありがとうございますって言えや? 早よ言えや!」


「ありがとうございます! ありがとうございます!」


「よしよし。追加の書類、明日の朝までに全部片付けておいてくださいね? 一枚でも漏れとったらテメェの(ピー音が聞こえた気がした)握り潰してやるから覚悟しとけよ?」


 怖っ! 近寄らんとこ……


「ふふ、いつ来てもここは賑やかで面白いですね」


「あ、シアさん。こんばんはです。今日はどうしたんですか? そちらの方たちは初めて見る人ばかりですね……もしかして隠し子、とかだったりして?」


「ふふふふ、私にこんな大きな子供が居る訳が無いでしょう? そこの泣き虫に用があるのです。外してもらって良いかしら?」


「し、失礼しました! どうぞごゆっくり!」


 見た目だけなら清楚なヤクザお姉さんが執務室から慌てて出て行ってしまった。


 さっきのを見せられた後だとヤクザ姉さんが慌てて逃げ出してしまうシアさんってどれ程ヤバイのだろうか……?


 あまり考えないようにしとこう。


 ということで、執務室に来た訳だけど、普通は関係者以外立ち入り禁止のはずなのにシアさんのおかげか、ほぼ顔パスでここまで来てしまった。


 そのおかげか、超ブラックな現場を見せられてしまった訳だけど、ヴォルフートさんが辞めたくなる理由が分かってしまったのでそれは良かったのかな?


 ちょっと、どんな顔してヴォルフートさんを見て良いか分からないけど……


「ありがとうございます!ありがとうございます!ありがとう、ってあれ? 君たち!? いつの間に来ていたんだい!?」


 全然気付いていなかったのか……


 ブラック企業の恐ろしさよ……


「あなたにお客様ですよ。ふふ」


「シアさん……八肝君、キャシー君、私を置いて行くなんて酷いじゃないか! 見ていたんだろう? わしがどんな惨めな思いで仕事をせねばならんのか、君たちが居てくれればなんとか誤魔化して辞められたはずなのに、はずなのに……ぐぅぅっ、うぅ……」


 うわぁ、お爺ちゃんの本気泣きなんて初めて見た。


 正直、ドン引きです。

 いや、気持ちはすごく分かりますけどね。


「あの……なんて言って良いか分かりませんけど、きっとなんとかなりますって! きっと、たぶん、なんとか……」


 とりあえず何か励ましてあげないとと思ったんだけど何も思いつかなかった。


 こんな時なんて声をかけてあげれば良いのか分からないや……


「そ、そうですよ! なんとかなりますって! 絶対なんとかなります! なんとかならなくてもなんとかなります! だから元気出してください!」


 キャシーさん……それはもう、なんともならないと言っているのと同じですよ……


 あの感じだと僕たちじゃ何もしてあげられなかったと思うけど……

 ヴォルフートさんのこれからを思うと不憫ふびん過ぎて心が痛い。


「なんとかしてあげましょうか?」


「え?」


「ただし条件があります。私たちもあなた方のパーティーに入れてください」


 なん、だって?

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る