第30話

 クロニャと名乗った声のした方へ慌てて視線を向けると、そこに居たのは黒髪碧眼の健康的な褐色肌の少女だった。


 僕の知っているクロニャにどことなく雰囲気は似てるものの極一部、圧倒的なまでに違う箇所が存在していた。


「でかい!?」


 何という大きさだ!?

 メロン、いや、スイカはあるぐらいの大きさだ。


 クロニャと対して変わらない年齢だと言うのにこの差。


 世界とはここまで残酷なのだろうか?


「……エッチ」


 クロニャと名乗った少女は両腕で自分の胸を隠すとジト目で僕を睨んでからベーっと舌を出して威嚇された。


「はっ!? ごめんなさい! ごめんなさい! ついうっかり……」


 クロニャとあまりにも違ったからつい声に出ちゃったよ……

 それも初対面の女性に……


 これは、本当に反省だよ……


「ふふふ、別に良いけどね」


 ほっ……


 それほど怒ってはいなかったみたいだ。

 でも反省はする。


「男ってほんと、大きいなおっぱい好きよね……私なんてまだ全然大きくならないのに……このまま大人になっても大きくならなかったらどうしよう……はぁ……クロニャちゃんと同い年なのに、クロニャちゃんの大きな胸が羨ましいよ……」


 サーヤさんがクロニャさんの胸と自分の胸を交互に見比べて、まだ成長していない自分の胸をペタペタと触りながらクロニャさんの胸を羨ましく見つめて落ち込んでいた。


「サーヤちゃんだって大人になれば大きくなるって! それに今よりもっと美人になると思うから私はサーヤちゃんの方が羨ましいよ!」


「え、そう? そうかなぁ……? うーん、そっかー、私もっと美人になっちゃうかー……グフフフ。美人かー、私ってそんなに美人だったかー。いやぁー、まいったね、これは」


 なんとなく声も似通っているクロニャさんの励ましによって見る見るうちに元気を取り戻していくサーヤさん。

 さすがにチョロ過ぎないか? と心配になってくるレベルである。


 ちょっと褒めただけで誰にでも付いて行きそうな危うさがあるね。


「サーヤはチョロい。だが、そこが良い」


「ピーツァ、そういう事はたとえそう思っていたとしても声に出してはダメだと、いつも言っているだろ? どうしても言いたいのなら素直と言い換えて言ってやれ」


「うん……レイテの事もサーヤ以上にチョロくて素直だから大好き」


「う、がっ……私も……ピーツァのこと……大好き」


「お熱い二人はおいといて、それで、あなたの名前は何て言うのかしら?」


「あっ、えっと、八肝なせると言います。駆け出しの冒険者をしています。一応、貴族とかではありません」


 最初に貴族じゃないと言っておけば後々誤解もされないだろう。


「プフッ! 何ですかその自己紹介。 面白いですね。ボクも今度、真似してみようかな。ふふっ」


 う、イリーネさんに笑われてしまった。


 別にウケを狙った訳じゃないけど、面白がってくれるなら、まぁ、良いか。


「それで八肝さんはどの子が良いと思われましたか? 第一印象とか見た目で判断してもらって構いませんよ」


 ルルナさんが待ちきれない様子で話しかけてきた。


 いや、うーん……第一印象と言ってもなぁ……


 クロニャさんが、ところどころクロニャに似ていてそっちに気を取られちゃって他の子については正直、気が回らない。


「えーっと、いや、まだ、というか、その、みなさんそれぞれ可愛いと思います……」


 とりあえず当たり障りのない感じで答えておこう。


「ふーん、へぇー、そう。でもクロニャちゃんの時が一番反応してたよね。やっぱりおっぱいか? 大っきなおっぱいが好きなのか?」


 サーヤさんのおっぱいコンプレックスは自分の胸が大きくなるまで続きそうだな。


 とりあえず大きくなるように祈っておこう。


「あ、なんか誤魔化した。今、確実に誤魔化そうとした! やっぱり胸か! 胸の大きさで決めるのか!」


 くっ、やぶ蛇を突かないようにスルーしようとしたのに突っ込んできよって!

 僕は綺麗でまん丸なおっぱいならどんな大きさでも好きなんだよ!


「胸では決めませんし、クロニャさんに反応してしまったのは僕の知り合いにクロニャさんと同じ名前の女の子が居たからです。決して胸が大きかったからではありません」


 クロニャさんの胸が大きかったから反応した訳ではなく、クロニャとあまりにもかけ離れた胸をしていたからその対比で反応してしまっただけだ。


 ……あれ、やっぱり胸じゃね?


 うーん、良し! 黙っておこう。


「へぇー、私と同じ名前の女の子かぁ……ねぇ、その子のこと好き?」


「えっ? ……好き、ですけど?」


 急に好きか聞かれて少しビックリしたけど、ここで誤魔化すのはクロニャに失礼と言うか裏切る感じがしたので正直に言った。

 後々、変な誤解をされても困るし。


「へー、そっかー。ねぇ、私とその子、似てるの? 歳は?」


「どことなくですけど似てると言えば似てますね。面影があるというか。歳も同じぐらいかと」


 そう言えばクロニャにちゃんと歳を聞いたことはなかったな……

 聞いてもはぐらかして教えてくれなさそうだけど。


「ふーん。そっか、そっかそっか。なるほどねぇ……」


 何か一人で納得してるけど、もしかして知り合いとか? 親戚の可能性もあるし、とりあえず聞いてみるか。


「もしかして親戚だったりします?」


「ううん。たぶん違うと思う。遠い親戚かもしれないけど、分からないや」


「そう、ですか」


「でも、私に似てるって言うクロニャちゃんには一度会ってみたいなぁ……チラッ」


 チラッって口に出す人初めて見たわ。

 自分を選んで欲しいってことなんだと思うけど。


 いやぁ、でもなぁ、クロニャに似てる子を奴隷として雇うってどうなの?

 クロニャはいい顔しないと思うなぁ……


 でも、好きな子に似てる人が奴隷になってるってのは何か嫌だな……

 

「あの、クロニャさんはどうして奴隷に?」


「え、っと……あはは、ちょっと、ヘマをしちゃいまして……」


「あ、言い辛いことなら無理しなくても全然大丈夫ですよ!」


「ううん、別に良いの。ただ、ちょっと恥ずかしいと言うかなんというか……」


 クロニャさんは両手を内腿に挟んで、僕から顔を逸らし、耳を赤くしながらもじもじしだした。


 そんなに恥ずかしい事なのかな?


「奮発して新しい装備を一式買い揃えて浮かれていた私は、自分のレベルに見合わない階層まで進んで遭難、捜索隊に助けられるも多額の捜索費を請求され、自力で返そうにも奮発して買った装備はボロボロ、前に使っていた装備品も売ってしまっていてダンジョンに潜って稼ぐことも出来ずにどうしようも無くなり身売りして奴隷となりました。だったよね?」


「ムムルちゃんなんで覚えてるのっ!? 一度言ったきりなのにぃ……」


「私、記憶力良いから。騙されてエッチで危ないお店に連れて行かれそうになったっていう事は黙っておくから大丈夫」


 今、言っちゃってるよね……


「ムムル、言っちゃってるわよ」


「あっ、ごめん、クロニャ……」


「あはは……まぁ、そういうことです……」


 気まずい……

 何か、フォローしてあげなければ……


「き、気にすることないですよ! 人間、生きていれば誰だって失敗の一つや二つするもんですから!」


「八肝さん……」


 ぐっ、その上目遣いは僕に効く。


「はいはい、それで連れて行くのはクロニャに決定で良いのよね?」


 僕が胸を押さえて身悶えているとルルナさんが呆れた様子で横槍を入れてきた。


 ルルナさんのことはこれからはせっかちさんと呼ぼうと思う。


 まあ、ルルナさんの言う通りクロニャさん以外とはどう接して良いか分からないし、ここに居る全員を連れて行く訳にもいかないしな……

 お金の問題もあるけど、僕のコミュ力の問題もあるし。


「そう、ですね。クロニャさんに決めたいと思います」


 誰も選ばないとケルクラヴさんに何言われるか分からないし、強引に勧められたら、それこそ断り切れないと思う。


 クロニャ似ているという理由だけで選んでしまったクロニャさんには本当、申し訳ないです……


「あ、ありがとうございます! 精一杯、尽くしますのでどうぞよろしくお願いします!」


 クロニャさん、すごく良い笑顔だ。


 守りたい、この笑顔。


 いや、冗談とかでは無く、選んだからには本当に守ってあげないと!


 戦闘はともかく金銭面でなら何か助けてあげられると思う。


「おう、決まったみたいだな。んじゃ契約すっから客室に移動するぞ」


「えー! 私らまだ会話すらさせて貰ってないんだけどぉー!」


「お前らはまた今度な。良い奴連れてくっからそれまで待ってろ」


「あ~ぁ、可愛くてイタズラし放題な感じがすごくそそってたのに残念ねぇ……」


 体がゾクッした。

 あのお姉さんに捕まったが最後、僕の大事な何かが奪われそうだ……



 客室、というか最初に来たケルクラブさんとスイーツパーティーした部屋へとクロニャさんを連れて戻ってきた。


「んじゃまぁ、契約について色々話さないといけないんだが……めんどくせぇから大事なことだけ。嫌がる事はするな、させるな。それだけ守ればあとは好きにしろ」


「それだけって……」


 大雑把にも程があるでしょうに!


「ぶっちゃけ、いつも部下にやらせてるから正直覚えてねぇんだ。ま、契約後に何か不都合でもあったら言ってくれ。何でもしてやるからよ」


 適当だなぁ……


 まぁ、後で何かあってもケルクラヴさんなら、なんとでもしてくれそうだけど。


「ま、とりあえず身請け金だがクロニャはたしか、200万でうちに来て、あれから半年ぐらい経ってるから300万、と言いたいところだが250万で良いか、良し! 250万利子無しで貸してやる。払うのは金が出来たらで良いぜ」


 ケルクラヴさんの謎計算でクロニャさんを身請けする金額が250万ということになったんだけど、これって適正価格なの?

 奴隷なんて初めてだし、これが高いのか安いのか判断出来ない……


「あの、奴隷関係の情報は本当に疎くてですね、奴隷の相場っていくらぐらいなのでしょうか?」


「ん、あぁ、お前さん奴隷について何も知らねぇんだったな。まぁ、普通は100万から1000万ぐらいで取引されてっけど、最上級の姫嬢ちゃんたちぐらいになると1億とか10億はするぜ」


 10億!?


 も、もしかしてあのお姫様の金額じゃないよね?

 もし、そうだったら本当に僕がお姫様の奴隷になってたかもしれない……

 貴族様のお遊び怖いわ……


「他に何か聞きたいことがあったら言ってくれよ? そっちの方が俺も思い出しやすいしな」


「えーっと、じゃあ、一度奴隷を買ったら一生、買われた主人の奴隷のままなのでしょうか? 奴隷解放とかは出来ますか?」


「おう、出来るぜ。奴隷は買われた額の二倍を主人に払えれば解放されるし、主人が望めばいつでも解放可能だ。そんな太っ腹な奴はそうそう居ないがな」


「なるほど、ではクロニャさんを解放します」


 奴隷だとやっぱり困る事も多いだろうし解放出来るならその方が良いよね。


「そういうのはダメですよ。私はきっちり自分の借金を払い終えるまでは八肝様の奴隷で居ます。でないと、私が納得出来ません」


 あれ? 何か問題でもあるのかな?


 僕としては奴隷で居るよりは普通に友人として接して行きたいんだけど……


「えっと、僕はクロニャさんと主従関係よりも友人になれたら良いなと思っているんですけども……?」


「お気持ちは嬉しいですけど、それならやっぱり借りた物は返さないと。恩義を感じてそれが重荷になってしまうのは嫌ですから」


 クロニャさんって見た目よりも結構大人なんだ。


「分かりました。クロニャさんの気持ちが一番大事ですからね。奴隷解放はクロニャさんが借金の返済を終えた時にします」


「せっかく奴隷解放してくれるって言ってるのにもったいねぇなぁ……ま、嬢ちゃんがそれで良いって言うんなら俺も何も言わん。でだ、ここからが本題。奴隷契約には、このスクロールに二人の署名が必要でな、この空欄にちょちょいっと名前を書いてくれ。もちろんフルネームでな。偽名だと反応しないから書くなよ? スクロールが無駄になっちまう」


 テーブルに如何にもそれっぽい巻物を広げられ引き出しから羽根ペンを取り出し手渡された。

 この空欄に名前を書けば奴隷契約完了ってことか……

 ところでインクは要らないのだろうか?

 まぁ、書いてみれば分かるか。


「書き損じるなよ? 一回書くと消せねぇんだからな。慎重に頼むぜ?」


「変なプレッシャー掛けないでくださいよ!」


 ケルクラヴさんが変な事言うから手がちょっとプルプルしてきちゃうじゃないか!


 深呼吸して気持ちを落ち着かせてから、空欄に自分の名前を書いていく。


「ふぅ……書けましたよ」


 こういう時、八肝なせるという簡単な漢字とひらがなの名前を付けてくれた両親には感謝だな。


「お前さんよぉ……俺があれほど言ったのにふざけんなよな……スクロールだってタダじゃないんだぜ? ったく、もう一枚用意してくらぁ……」


「はっ? え? ちゃんと名前書きましたよ? 書く所、間違えましたか?」


 僕はちゃんと自分の名前を書いたんだけどなぁ……

 どこかふざけてるように見えたのかな……?


「はぁ? ちゃんと書いたって、何語だそれ? 見た事もねぇ創作文字なんかで書かれても意味ねぇだろ」


 何語って、日本語だよ!


「あ」


 そうだよ! 日本語だよ! 僕は馬鹿か!?

 ここは異世界じゃないか! 日本語で書いても意味無いじゃん!


「あ、って何だ? あ、って、やっぱりふざけてたんだろ。ったく勘弁しろよなぁ……」


「い、いやぁ、ふざけてた訳では無くて素で間違えたというか何と言うか……あはは……」


 ここで異世界人です、とか言っても頭のおかしな奴としか思われないだろうし、どう言い繕おうか……


 失敗したなぁ……


「ほぅ、素で間違えたという事は、お前さんは普段からこの創作文字を使ってるのか……面白ぇ、紙、用意するから文字表でも書いてくれよ? 俺の部屋に飾っておいてやるからよ? ククッ」


 あ、これ、完璧におちょくられてますわ。


 うーん、このままスルーしても良いんだけど、ダメにしたスクロールの代金分払うと思って書いてあげますかね。

 減るもんでも無いし、文字表ぐらいなら教えても大丈夫だろ、たぶん。


「良いですけど、ひらがなとカタカナと漢字、それとローマ字、あとついでに英字の大文字と小文字を書いてあげますので紙は六枚ほど用意してくださいね」


「は? そんなに創作文字作ってんのかよ……もしかしてお前さん言語学者とかか? それとも暗号研究者か……なら、あっちの仕事を頼めそうだな……」


 あっちの仕事とか急にヤバそうな事言わないでくださいよ……


 やっぱり異世界の言語を教えるのは不味いかも……


「よし! 紙、用意すっから、今言った文字以外にもあったら書いてくれ」


「あ、いえ、あー……」


 ケルクラブさん、紙を用意しに部屋から出てっちゃったよ……


 今更、やめますって言っても遅いよね……?

 まぁ、ケルクラブさんだし、危ない仕事とか頼まれたりはしないだろ……たぶん。


「八肝様、その、本当に文字をお作りになられているのですか?」


「え? いや、僕が作った訳じゃないんだけど、なんて言ったら良いのかな……」


 クロニャさんになら僕が異世界の人間だと言っても大丈夫そうではあるけど……もし、クロニャさんに引かれたりしたらキャシーさんとの事もあるし、しばらく立ち直れそうにないな……


 とりあえず今はまだ、言わないでおこう。


「何か秘密にしなければならない事があるのですね? でしたら無理におっしゃらなくても大丈夫ですよ?」


「あー、それほど大した秘密って訳でも無いんだけどね。ところでさ、何で敬語? さっきみたいに友達と喋るみたいに接して欲しいんだけど……?」


「いえ、八肝様の奴隷となる身分ですので敬語が良いかと……その、タメぐちですと公私混同してしまいそうなので……私、不器用な方なので……」


 クロニャさんって結構、真面目なんだね。


 奴隷って言うと僕にとっては響の悪い印象だけど、この世界では当たり前の仕事なんだろうなぁ。

 いや、それほど良い仕事って訳でも無いんだろうけどさ。

 それでもクロニャさんは仕事として真剣に向き合っているみたいだし、応援してあげたいな。


「そっか。なら敬語のままで良いよ」


「あの、八肝様のお住まいで仕事が終わった後なら――」


「よお、待たせたな。質の良い紙を用意してきたからしっかり書いてくれよ?」


 クロニャさんが何か言い掛けたところでケルクラブさんが戻ってきちゃった。


 質の良い紙なんて持ってきて、本格的に何かしようとしてる気がする……


「あの、クロニャさんとの契約は……」


「ん、あぁ、クロニャにも手伝って欲しい事があるからな、とりあえず文字表を書き終わってからな」


 ぐっ……話を逸らそうと思ったのに。


 はぁ……しょうがない、書くか……



 それから僕はケルクラブさんの持ってきた質の良い紙、というか画用紙に文字表を書いていき、こっちの言語はまだ覚えていないので口頭で伝えてケルクラヴさんに発音を書かせ、漢字に文字表は無かったと思うので漢数字と曜日、あとは簡単なものを書いておいた。


「ふぅ、終わりましたよ」


「いやぁ、しかし、すげぇな。改めて見ても創作文字とは思えねぇ出来栄えだ。お前さん本当に言語学者とかじゃねぇのか?」


「違いますって、あと、ちゃんとケルクラヴさんの部屋に飾っておいてくださいよ? 売ったりしたらそれ相応の対価は頂きますからね?」


「おう! そこは大丈夫だ。お姫様たちのお遊びに使うからな」


「まさか、お下品な小説やら手紙に使われるとは思いもしませんでしたよ……」


 まぁ、あの年頃なら仕方がないことなんだろうけどね。


 あのお姫様たちが普段どんなエッチな妄想をしているのか正直気になります!


「貴族なんてそんなもんだろ。そんじゃそろそろクロニャの奴隷契約再開すっか。さっき言った通りカタカナって奴でこのスクロールにクロニャの名前を書いてみてくれ。これで発動するならこの言語は本物っつーことになる。創作言語じゃ発動しねぇからな」


「分かりました。八肝様、私が間違えないようしっかりと見ていて下さいね」


「うん、さっきもちゃんと書けてたし、大丈夫だよ」


 文字表を作っている間クロニャさんにカタカナで自分の名前を書く練習をケルクラヴさんに言われてさせていた。

 ひらがなでも良かったんだけど、なんか違うなと思ってカタカナをお勧めしておいた。


「どうでしょうか?」


 クロニまではバッチリだ。

 あとは小さいヤの字を書けば完成だな。


「うん、良い感じに書けてるよ。あとはヤの字を半分くらいの大きさで書ければ完璧だね!」


「頑張ります!」


 クロニャさんが最後のャの字を書き終わるとクロニャさんの首に黒いチョーカーのようなタトゥーが浮かび上がってきた。


「おぉう! マジで発動すんだな! つまりこの言語は現実に存在するって事か……だが、俺ですら見たこともねぇ言語が存在してるとはな……なせるよぉ、お前さん一体どこの国の人間なんだ?」


「日本国ですけど何か?」


 異世界人とか言っても混乱させるだけだろうし、日本って言っておけば何も問題無いでしょ。

 事実、日本人だし。


「にほん? 聞いた事もねぇ国だ……どのあたりにあるんだ?」


「東かな……極東の島国だと思います」


 この世界の極東がどの国を基準にしているかは知らんけどね。


「極東の島国……和国、扶桑国、大和国、四国、ジパング国……アイヌ国や琉球王国なんてのもあったか……だが、にほんは知らんぞ?」


 それ全部日本ですわ。

 いや、日本になる国か。

 っていうか、多いな! 一体いくつ日本列島あるんだよ!


 いや、戦国時代みたいに領土が分かれているだけだとは思うけど。


 あと、しれっと四国がいたけど国じゃないのでは……?

 国というか地名な気がするんだけども……


 世界地図とかあれば見てみたいな。


「にっぽんとかじっぽんとかジャパンなんて呼び方もされてますね。知らないなら、まぁその程度の知名度と言うことで」


「いや、すまん。どれも聞いたことが無い。俺にも知らん国があったとはなぁ、今度行ってみるか」


 見つからないと思うけどやぶ蛇になるので言わないよ。


「まぁ、とにかく、これで奴隷契約完了だ。なせるの手の甲にもしっかり印が現れてるしな」


 そう言われて自分の手の甲を見てみると右手の甲にどう見ても令呪の様な赤い痣が浮かび上がっていた。


「令呪をもって命ずる、来い! セイバー!」


「何、いきなり叫んでるんだ?」


 ぽかんっとした顔で僕を見るケルクラヴさんとクロニャさん。


 恥ずかしいけど、良いんだ別に。


 かめはめ波が撃てそうな瞬間があればどんな状況でも僕は迷わず叫ぶ覚悟がある。

 たとえ元の世界だったとしてもね。


「いえ、なんでもないです……ちょっとテンション上がっちゃって……」


「お、おう……そうか、初めての奴隷だし、そういうこともあるか……」


 あからさまに引かれてしまっているが気にしない。


「じゃ、じゃぁ、契約も済んだことですし、そろそろ帰りますね?」


「おう、そうか。クロニャ、身支度して来い。渡しておいた荷物袋に入るだけならいくらでも入れて良いからな」


「分かりました。では八肝様、少々お待ちくださいませ」


「え? っと、ちょっと待ってもらって良いですか? その、僕の方でしないといけない用事がありますし、クロニャさんも友人さんたちと別れる訳ですし送別会などをしてあげてください」


 友達と別れるのはやっぱり辛いだろうし、僕も荷物を取りにシアさんたちのところへ戻らないといけない。

 宿だってまだ決まってないから色々準備してからクロニャさんを迎えたい。


「お前って奴は……やはり俺の目に狂いは無かったな。良し! いっちょド派手に送り出してやるか!」


「結構です。親しい友人とだけひっそりとしますのでマスター、いえ、ケルクラヴ様は甘物を控えてください」


「おいおい、それは無いぜ……なら、そのひっそりパーティーに俺も参加させろよ? 俺だって別れるのは寂しいんだぜ?」


「ええ、構いませんけど、お茶以外は出しませんよ。甘物を持ってきたら全部没収します」


「酷ぇこと言うなよ……俺から甘さを取ったら何も残らねぇのによ……」


 それはもう、意味が違うのでは?


「では、帰りますね。明日のお昼ぐらいには迎えに来ますのでよろしくお願いします。あ、お金もその時に払えると思いますのでよろしくです」


「お、そうか。じゃまた明日な! ちゃんと小綺麗にしておくから楽しみにしておけよ?」


「八肝さま、この度は私を選んでくださいまして誠にありがとうございます。これから粗相も多々あるかと思いますが何卒よろしくお願いします!」


「あはは、そこまで畏まられるとちょっと嫌かな。仕事仲間ぐらいの感じでお願いします」


「ごめんなさい。そうですね。仕事仲間ぐらいなら公私混同しなくて良いかもです」


「うん。じゃあまた明日ね」


「はい、ではまた明日」



 こうして僕はダンジョン街に来て早々に奴隷を雇うことになった。


「言い忘れてたけど、なせるの歳で奴隷持ちは珍しいからな。ギルドカード見せる時は気を付けろよ。嫉妬や妬む奴は少なからず居るからな」



 ……ギルドカードはもう誰にも見せまい。

 そう心に誓った。

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