第27話

 みんなと別れた後、格好がつかないという理由で村外れまで歩いて行き、人気が無くなったところでひかりに連れられ、ダンジョン街の入り口付近の人目につかない森の中で目を覚ました。


 音速を超える速さでひかりさんが飛んでくれたおかげで僕は意識を失っていた。


 意識を取り戻した時にはすでに森の中に居て、ツキヨ村から旅立ってからまだ太陽がそれほど動いていないので僕が気絶してから数十分といったところだろうか?


「じゃあ、私はここまでで戻るけど、なせるんはここで一年間、衣食住すべてを一人でまかなって強くなりなさい。もちろん街の人に頼っても良いし、一人で頑張れるならそうしても良いけど、でも、出会いは大切にしなさいね?」


 ひかりはいつも通りの表情だけど、声色が少しだけ違って聞こえた。


「なんとか頑張ってみます」


「よろしい。じゃぁ、最後に……これは私のわがままね」


 そう言うとひかりは目を瞑り、徐々に僕の顔へ自分の顔を近づけて行き、その行動で流石に察した僕は少し照れながらも、ひかりの言ったわがままに応えた。


「ん……それじゃまたね、なせるん」



 このまま時が止まってしまえば良いのにとさえ思ってしまう口付けは、ひかりが離れてしまったせいで唐突に終わりを迎えてしまった。


 後ろ髪を引かれるようにこちらを一瞬だけ見つめて、空の彼方へと飛び去って行くひかりを見送り、複雑な感情を抱きながら僕はダンジョン街の入り口へと向かった。




 (なせるん、なせるん、言い忘れてたけどまだ勇者の見た目だからラケルに貰った薬で戻しておきなさいよ)


 ひかり……


 そういうことは早く言ってくださいよ!

 て言っても僕も忘れてたので人のこと言えませんけどね……


 シロニャさんに頂いた特大リュックからラケルさんに押し付けられた薬箱を取り出して蓋を開けると中には色とりどりの液体が入った薬瓶と数種類の錠剤が詰まった瓶が各種、それと薬草やら根っこやらが詰まっていた。

 どれがどれだか分からないので説明書を取り出して読んでみる。


「えーと、これを読んでいる頃には私の愛しいなせる君は……この辺は飛ばすか」


 人体偽装薬の項目を探してそれと合う薬を見つけて取り出す。

 今回のは無色透明で見た目だけは安全そうだな。


「それで、えーっと、一年で効き目が無くなるので注意って、え、一年も体が変わってて大丈夫なのか……」


 副作用とか怖いけど……しょうがないか……


 キュポッと蓋を開けて口を付ける。


「ふぅ……ふぅ……飲むぞ、飲むぞ!」


 心を決めて一気に飲み干す。

 めちゃくちゃ苦い。

 センブリとかゴーヤの汁を煮詰めて凝縮したような苦さだ。

 ただ少しだけ癖になりそうな味ではある。不味いけど食べちゃう的な。


「さて、あれが来る前に鏡を置いてっと」


 リュックから手鏡を取り出して変身するまでスタンバイ。



 十分ほど経っただろうか。

 体は未だに変化する兆しを見せない。


「結構長いな……それとも間違えて別の――」


 と、その時である。

 僕の全身に電流走る――!


「あぎゃぎゃぎゃががが! ぐゲゲゲげげ! オゴゴゴゴ! おブぶぶブブ! ボッ!」


 前回と同様、全身の骨という骨が砕け散った感覚と、肉という肉がうごめいて、ブクブクと膨れ上がって行き、限界に達して耐えきれず爆発した。


 爆発で肉片が辺りに飛び散ると同時に時間が巻き戻る様な感覚とバチッと体が引き締まる感じがして意識を取り戻した。


 うぅ、気持ち悪い……こんなところまで同じにしなくても、うっ。


「オエええええええ! ゲボボボボボ、オエッ!」


 四つん這いになり、べちゃべちゃと胃の内容物をすべて吐き出すとスッキリ爽快な気分になった。


「これさえなければ良いんだけどなぁ……」


 そうは言ってもスッキリ爽快になるのも確かなので複雑なところではある。


「まぁ、とりあえず、どうなったかなっと」


 鏡を持ち顔を確認。

 うん、元の僕の顔だ。子供の頃のだけど。

 というか、若返りすぎじゃ……


「えー、っと。こんにちは。ぼく、やきもなせる、じゅっちゃい」


 10歳にも見えないよ! もー! どうすんのさ!


 (諦めたら?)


 これでどうやって強くなれって言うんですか!?


 (あ、なせる君? 私、ラケルだけど、若返り過ぎたり、年老い過ぎた場合の年齢詐称薬も入れてあるからそれ飲んでね。じゃ、頑張ってね!)


 (私も、私もなせるくんと話す! イエーイ! なせるくん聞こえてる~? 何か困ったことがあったらすぐに帰ってきて良いからね! それで私とえっち――)


 (あ、あの、なせる君。無理しないでね? お母さん、なせる君が心配で、心配で、はぅ~)


 (じゃ、そういうことみたいだから頑張りなさいよ?)


 そういうことって……


「ぷっ、あははははっ」


 これじゃ、一人で頑張るって感じじゃ無いじゃないですか。


 は~ぁ、何か気負ってたのが一気に抜けちゃったな。


 (街に入ったらもう連絡しないからそのつもりでね)


 あ、そうなんですか……

 何か困った時に助言とかして貰おうと思ったのになぁ。


 (そんなに甘くはしないわよ。じゃ、頑張んなさいよ)


「わかりましたよ。神様」


 そう言った瞬間、辺りがバチバチと電気が走り始めたと思った瞬間、僕に落雷落ちる――!


「あぎゃっ!?」


 (そういうズルは良くないわね。街に入ったら天罰も落とさないから覚悟することね!)


 覚悟とは……?


 (街で神様呼びした分、戻ってきた時に言った分の10倍天罰を与えます)


 くっ、深層意識で考えてた事もお見通しか……


 モンスターとかに食べられそうになった時に使えると思ったんだけどなぁ。


 (そういうズルい事考えるなせるんには私の気が済むまで女装生活させるわよ?)


 八肝なせる粉骨砕身で頑張らせて頂きます!



 その後、僕は年齢詐称薬を一粒(錠剤タイプだった)を飲んで15歳ぐらいに戻ったのでそれ以上は副作用が怖いので飲まなかった。

 説明書には若返るか年老いるぐらいしか書かれていないので副作用は無いのかもしれないがラケルさんのことなので用心に越したことはない。



 森から抜けてしばらく歩くと街道を見つけた。

 人の集団や馬車が同じ方向へ向かっていくのでたぶん行き先はダンジョン街だろうと思う。

 間違っていたら誰かに聞けば良いし。

 じゃあ、今聞けば良いんじゃないって? 知らない人に話し掛けるの怖いです。

 


 ダンジョン街と思わしき大きな門が見える位置まで辿り着いた。


「はぁ……良かった」


 そこは人や馬車が引っ切り無しに出入りしていてまるでお祭り騒ぎのような光景が広がっていた。

 まず間違いなくダンジョン街の入り口だろう。


「うわー……すごい人混みだ……帰ろうかな……」


 帰れる訳も無し。

 人混みにあてられ、早くもやる気を失いつつある僕。

 元ヒキニートにこの人混みは拷問以外の何ものでもないよ……


 いや、待てよ……


 元ヒキニートであった僕にも唯一、この人混みに動じない方法があった。


 年に二回行われるオタクによるオタクのための祭典、超大型同人誌即売会、その入場前の人混みだと思えばなんてことはないじゃないか。


 引きこもりではあったが夏と冬には必ず出掛けて戦利品を集め回っていた時期があったので何とか行けそうかも。

 周りの人達はみんな同じ志を持った同志オタクなのだと思えば何のそのだ。


「よし、行こう」


 周りを見渡して人当たりの良さそうなお姉さん達の集団の後にくっついて行きながら大きな門を潜ると前を歩くお姉さんが急に立ち止まってしまい、それに反応出来ずにそのままぶつかってしまった。


「あっ!」

「キャッ」


 少し茶色掛かった黒髪ロングの冒険者風な出で立ちのお姉さんを押し倒してしまい、気づいた時にはお姉さんのお尻を枕にそのお尻を両手で揉んでしまっていた。


 突然柔らかい物が手に触れたら誰だって無意識に揉んじゃうでしょ?

 少なくても僕はそうみたい。

 言い訳とかじゃないよ! 本当だよ!


「や、やめて……」


「わっ!? ごめんなさい! ごめんなさい! ごめんなさい!」


 すぐに起き上がってお姉さんに土下座で何度も謝った。


「あ、そんな、急に止まってしまったわたしの方こそ、ごめんなさい!」


「いえいえ、僕の方こそもっと気をつけていれば」


「そんなそんな、わたしの方こそ」


「お二人さん、こんな所で立ち止まってると他の人に迷惑だよ?」


 そんな押し問答をしていると後ろからダンディな声で優しく注意されてしまい、振り向くと気の良さそうな白髪の老紳士がこちらをニコニコと見つめていた。


「お二人さんはこの街に来るのは始めてかな? この街は楽しい所だが浮足立つと危ない街でもあるからね。重々気をつけることだよ?」


「「は、はい!」」


 老紳士の眼光が急に鋭くなったのに反応して上ずった声が出てしまった。


「それではまた機会があればお茶のお誘いでもしようかね」


 そう言って、老紳士は何処かへと立ち去って行ってしまった。

 街に詳しそうだったし、案内を頼めばよかったな……


 とりあえず、通行の邪魔になるし脇へ逸れよう。


「あ、あの! わたし、キャシーって言います!」


「あ、はい! 僕は八肝なせると言います!」


 唐突に自己紹介されてビックリしちゃったよ。


「よ、良かったらお友達になってくだしゃい!」


 右手を突き出して握手を求められ慌てて手を握った。


「あ、あ、こちらこそ、よろしゅくおねがしましゅ!」


 流れで返事しちゃったよ!?


 というか押し倒された人にいきなり友達になってくださいとか色々おかしいよ……

 こっちの世界では普通なのか……そんな常識嫌だな……


「えーっと……友達は良いんだけどさ、いきなりで驚いちゃったよ……」


 ポリポリと人差し指でほっぺを掻きながら目線を逸らす。

 何か恥ずかしい……!


「ご、ごめんなさい。わたし田舎から出てきたばかりで心細くて同い年ぐらいの君ならお友達になってくれるかなって、どう見ても悪い人では無さそうだし、じゃなくて良い人に見えたので!」


「そ、そうですか。あ、あはは……同い年?」


「え? あっ! ひょっとして年上さんでしたか!? な、馴れ馴れしくして、申し訳ないですぅぅぅ……!」


 ペコペコと頭を何度も下げて謝り出すキャシーさん。


 こんな人の往来が激しい道の真中でそんなに何度も謝られるとすごく困っちゃうよ!


「とりあえず、脇へ逸れましょう! ここだと周りの迷惑になっちゃうので!」


「は、はいぃ……すみません……」



 通行の邪魔にならない場所へ移動してさっきの話の続き。


「そ、それで、えっと、僕の年齢のことですけど、どう見てもお姉さんの方が年上のように見えるのですが……あ、老けて見えるとかではなくて! 黒髪が凄く綺麗で美人だと思います!」


「そんな、綺麗だなんて……髪だってただ色素が薄いだけだし……それにお姉さんだなんて……わたし、今年で16になります。誕生日はまだ先なので15歳ですけど……」


 あれ、何か落ち込んでる……?

 お世辞で言ったつもりじゃ無かったんだけどな……


 ん? 顔が赤い? あっ! 照れてたのか!


「あー、えっと、僕は今年でにじゅ、じゃなくて15歳だから、やっぱりキャシーさんの方が少しだけ年上ですね」


「そうでしたか、でも数ヶ月ぐらいの差ですし、やっぱり同い年です!」


「そ、そうだね」


 思っている事を正直に言っちゃうタイプなのかな?

 まぁ、キャシーさんはどう見ても悪い人には見えない、むしろ良い人なんだろうけど、ちょっと危なっかしいと思う。


 いや、人のことは言えないんだけど……

 僕も気を付けないとな……優しくされた人にホイホイ付いてくような真似は控えないと。


「あ、あの! 友達になったついでにわたしとパーティーを組みませんか!?」


「は、はい! え、パーティー、ですか?」


「あ、え? もしかしてカジノだけですか……ダンジョンには……?」


「え、ああ、カジノも行く予定ですけどダンジョンがメインだと思います」


「そ、そうですか……良かったぁ…… あ、も、もしかして、もうパーティー組まれてたり……します……?」


「いえ、一人ですけど?」


「同じです! わたしも田舎から一人でここまで来て……ダンジョン街に行きそうな人の後ろに付いて行って……大変な旅でした……」


 何だか遠い目をしだしたキャシーさん。


 ここまで田舎から一人で出てきて旅をするとなると大変そうだなとは思う。

 思うけど、ごめんなさい! 僕は気絶してたらもう着いてたから何の苦労もしていないんだ!

 だからそんな同士を見るような目を向けてくるのはやめてくれぇ……!


「ははは。そうだね、大変な旅だったね」


 嘘をつきました。


「そ、それで、パーティーですけど組んでくれますか?」


「はい。喜んでお受けしますね」


 純粋なキャシーさんをこれ以上裏切りたくないのでその場で二つ返事した。


「やった! やったー! これからよろしくお願いしますね!」


 ぴょんぴょん飛び跳ねてなんて可愛らしいんでしょう!

 ギャップ萌え? これがギャップ萌えという奴なのか!?


「こちらこそよろしくお願いします!」


「では冒険者ギルドへパーティー申請しに向かいましょう!」


 そう言って歩き始めたキャシーさんを目で追って歩き始めようと思った瞬間、我が目を疑った。


「……は?」


「どうしました? 八肝さん?」


 門の外からは塔なんて見えなかったし、街ももっと小ぢんまりしていたはずなのに!?


 まず目にしたのは馬鹿みたいに巨大な塔だった。


 それは雲を突き抜けより高く、宇宙まで達しているのではないかというほどの巨大な塔だった。


 そして、その塔の周辺を近未来都市、超古代文明と言った方がぴったりかもしれない、科学で発展した物では無く魔法で発展したのだと一目で分かるファンタジー都市がそびえ立っていた。

 いや、立つというよりお城みたいな高層建築物群が浮かんでいたりする。

 量産型天空の城かな?


 更には、その建築物群の隙間をってクジラのような形をした飛空艇が複数飛んでいた。

 まさに天空魔法都市!


「は、ははは、あはははは!」


 異世界に来て、また異世界に行くとは誰が思うよ?


「ひうっ!? な、何かおかしかったですか? わたし、変なことしちゃいましたか?」


「おかしい何てものじゃないですよ! 凄すぎます! この世界にこんな場所があるなんて想像もしていませんでした! 凄いです!この街は本当の本当に凄すぎます!」


 僕は今、猛烈に感動しているッ!


「ふふふ。八肝さん、小さな子供みたいです」


 キャシーさんが小さな子供を見るような笑顔で僕を見ていた。

 少し興奮し過ぎた。ちょっと恥ずかしい。


「あ、えっと、冒険者ギルドでしたよね? 行きましょうか」


「ふふ。迷子にならないように手を繋いで行きましょうか?」


 キャシーさん、僕のことちょっとおちょくっているな?

 良し、それなら僕もお返ししましょう。


「そうですね。キャシーさんが迷子になると僕も困っちゃうのでしっかりと手を握っててくださいね?」


「も、もう! 八肝さんったら! わたしの方が年上なんですからね!」


 あれ? 同い年って言ったの誰だったっけ?

 それにしても、プンスカ怒ってるキャシーさんも可愛いなぁ……


「ほ、ほら、行きますよ! はぐれないようにお姉ちゃんの手をちゃんと握っててくださいね!」


 にやにやとキャシーさんのことを見ていたら強引に手を繋がれた。


「えっ」


 急に手を握られてビックリしちゃったよ。

 おちょくり返されてちょっと意地になっちゃってるのかな?

 キャシーさんの手はかなり汗ばんでいるし、結構無理してるんじゃなかろうか?


 ククク……そういう事ならキャシーさん、あなたがギブアップするまでおちょくり返し続けましょうか……!


「お、お姉ちゃん……そんなに引っ張られると僕の手が取れちゃうよ……」


 ズンズンと僕の手を引っ張りながら歩き出すキャシーさんに弱々しくも媚びるような声色でそんなことを言ってみた。


 元の世界の僕が言うとキモいだけだけど、今の見た目子供の僕なら何も問題ない、むしろ一部の人にはご褒美レベルでしょ!


 あらゆるジャンル(薄い本)を見てきた僕に隙は無い、はず。


「あ、ごめんなさい! わたしったら……お姉ちゃん……?」


 そう言った瞬間キャシーさんの僕の手を握る力が異常なまでに上がった。


「痛たたたっ!? キャシーさん痛いです! 手! 手っ!」


「わっ!? ごめんなさい! ごめんなさい!」


 そう言いながらも手を一向に離そうとしてくれないキャシーさん。

 握る力はゆるんだけど……


「……あの、もう一度お姉ちゃんって、言ってもらえませんか?」


「えっ? ……お姉ちゃん?」


「はうっ!」


 やはり、思ったいた通りキャシーさんはブラコン属性持ちだったか……


 ゲヘヘ、もうちょっとイタズラしてやろう。


「お姉ちゃん!」


「はうっ!?」


「お姉ちゃん! お姉ちゃん!」


「はうっ!? はうっ!?」


「お姉ちゃんお姉ちゃんお姉ちゃん!」


「あああああああああああっ!」


「いででででででででっ!? 手がああああああ!?」


「ああっ!? ごめんなさい! ごめんなさい!」


 パッと手を離して握り潰されそうになった手を撫でてくれた。


 キャシーさんの反応が可愛すぎてつい調子に乗っちゃったよ。

 代償に僕の手はもうボロボロよ……

 だが反省はしない。


 って、こういうことするからクロニャに女性関係の信用をされなくなるんじゃないのか!?


 長年の引きこもり生活の反動で気付かない内に人との触れ合いを過剰に求めているのかも……?


「気付かない内に寂しさが表に出てたのか……」


 ひかり達と離れ離れになったのもあるのかもな……はぁ……


「寂しいなんて、そんな……郷愁きょうしゅうに駆られるほど田舎に未練なんて……」


 ん? 何の話だろう? 物思いにふけってて聞いてなかったぞ?


「えっと、何の話でしたっけ?」


「いえ、何でも無いんです……気にしないでください」


「そ、そうですか……」


 何だったんだろう?

 ちゃんと話しを聞いておけば良かったな……失敗した。


「と、とりあえず冒険者ギルドに行きましょう……というか冒険者ギルドの場所ってキャシーさん分かってます?」


 キャシーさんも初めて来たはずなのに何処へ行こうとしていたのだろうか?


「え? あの大っきな塔がギルドじゃないんですか?」


 当てずっぽうだったか。

 まあ、どう考えてもあの塔がダンジョンなんだろうけど、ならば近くにギルドを置くのは自然なはず。

 もし見つけられなくても誰かに聞けばいいか。

 今はキャシーさんも居るし知らない人でも話しかけられる、はず。


 もっと近くに寄って見てみたいっていう好奇心もあるしね。


「あの塔が冒険者ギルドかどうかは分かりませんけど、きっと近くにあるとは思います。行ってみましょう!」


「はい! 行ってみましょう!」


 そう言いながらキャシーさんが僕の手を握り直してズンズンと歩き始めた。

 姉弟設定はまだ続いているらしい。

 キャシーさんの歩く速度が速くて歩調が合わずにこけそうになる。


「キャシーさん、もう少しゆっくり歩いてもらえると助かります」


「あ、ごめんなさい! わたしったら無意識に……」


 恥ずかしそうに手を離してうつむくキャシーさん。

 長髪の隙間から時折見える耳が紅くなっていた。


「離れ離れになるのは嫌なので手は握ったままでいましょう」


「そ、そうですね! そうしましょう!」


 手を繋ぎ直すとまたもやズンズンと早足で歩き始めるキャシーさん。

 照れくさいのもあるのだろうけど、一つの事に集中すると別の事を忘れてしまうのは僕にも身に覚えがある。


 もし、ここにクロニャが居たとしたらツッコミを入れてこれ見よがしに僕の腕に抱き付いてきて「これなら歩幅を合わせられるでしょ?」とか言い出しそうだな。


 ちょっと妄想入り過ぎか。


「キャシーさん、早いです。もう少しゆっくりで」


「あっ! ごめんなさい! わたしまた……」


「街並みとか見ながらゆっくりと行きましょうよ。ダンジョンも冒険者ギルドも、もちろん僕も逃げたりしませんから」


「は、はいぃ……」


 キャシーさんは顔を真赤にして頭から湯気でも出てくるんじゃないかと思うぐらい照れてる。

 手汗もベチョベチョになるぐらいにかいていて、冒険者ギルドに着いた頃にはふやけてそうな勢いだ。



 門の近くには土産物屋や食料品店が多く屋台なども立ち並んでいたが塔に近づくにつれて生活雑貨店や服屋が増えてきた。


 塔に近づくと言っても全然近づいた気がしないのは遠近法とかそんな感じのことだと思う。

 つまりどんなに近くに見えてもまだまだ先は長いという事か……


「あの塔に着くまで後どれくらいだ?」

「あ? だから言ったじゃねーか。歩きだと2〜3時間掛かるってよ」

「だってあんなに近くに見えてるんだぜ?」

「近くに見えても遠いもんは遠いんだ。気が済んだんなら素直に馬車乗るぞ」


 近くを歩いていた脳筋っぽいゴリマッチョさんと頭良さそうな細マッチョさんの会話が聞こえてきた。

 考えることはみんな同じってことか。


 ちなみにマッチョさんは二人とも女性である。

 露出度の高い服を着てはいるがあまり嬉しくは無い。


「八肝さん、わたしたちも馬車に乗って行きませんか? あまり遅くなると宿探しで困りますし、下手をしたらギルドで徹夜ですよ」


「その方が良さそうですね」


 という事で、馬車乗り場へと向かった。



「うっ、凄い人混みだ……」


「ですね……」


 馬車乗り場は人でごった返しになっていた。

 馬車も数が多いがそれでもこの人数は捌ききれてはいなかった。

 馬車に乗るための列を形成されたりしてはいるけど割込みが多くてあまり意味を成していないようだ。


 他に選択肢も無いので並ぶしか無いんだけど、嫌だなぁ……


「やっぱり歩きで……」


 この人混みで臆したのかキャシーさんがボソッとそう呟いた。


 僕もそう思うけど、ここで待った方が歩くよりも確実に早いし、しょうがないよね。


「僕もそう思いますけど、ね」


「そうですね……宿無しは嫌ですもんね……」


 こういう時のお約束で門で出会った老紳士が笑いながら、わしの馬車に乗って行かないか? とか言ったりするんだろうけどそんなに都合良くはいかないか。


「おや、君たち、また会ったね」


 そんな都合良かった!?


 老紳士さんがニコニコ笑顔でこちらを見つめていた。


「君たちも馬車に乗るのかい? 行き先が同じならば私も一緒に並ばせてもらって暇つぶしの話し相手になってくれると嬉しいのだが、どうだろう?」


 やっぱりそんな都合の良い話しは無かったか……

 まあ、でも、悪くは無いか。

 キャシーさんと二人きりだった場合、割込みがあっても注意出来そうに無かったし、この老紳士さんならガンガン注意してくれそうな気がする。

 まさに百人力って感じだ。


「えっと、わたしたちはあの塔を目指してはいるんですけど、冒険者ギルドの場所が分かればそちらに行きたいと思ってます」


「ほうほう、ならば行き先はどちらにせよ、同じであったな。あの塔の一階部分が冒険者ギルドなのさ」


「そうでしたか! 教えて頂きありがとうございます!」


「なに、私も同じ行き先だったのでな。これで暇つぶしが出来る」


 ニコニコ笑顔がさらにニコニコになって、大好きな孫を見るお爺ちゃんレベルにまで顔がほころんでしまっている。


「あの、わたしキャシーって言います! こっちは弟、っじゃなくて! 友達の八肝なせる君です!」


 今、弟って言ったよね?


 キャシーさんの中では僕はもう完全に弟認定されちゃったのね。

 悪くは無い、悪くは無いけど、すっごい複雑です。


「えっと、悪ふざけでお姉ちゃんと呼んだら弟認定されてしまったキャシーお姉ちゃんの友達だった八肝なせるです」


「もう! 変なこと言わないでくださいよ!」


「はっはっはっ、仲が良くて実によろしい! 私の名はヴォルフート、しがない冒険者さ」


 この老紳士、ヴォルフートさんはどう見てもただの冒険者には見えない。

 気品とか圧力とか身に纏ったオーラとかから察するにギルドマスターとかそんな感じでしょ?

 雰囲気ふんいきでそう見えるってだけで何の根拠も無いけど。


 アニメや漫画だと大体、仕事から逃げ出してお忍びで遊び回った帰りみたいな。

 ちょっとだけ気になるのでそれとなく聞いてみるか。


「ギルドマスターは普段どんなお仕事をなさっているんですか?」


「書類の山の確認だよ。実に退屈な仕事だよ。まったく……」


「ふむふむ、それで仕事から逃げ出して遊び回って来たと?」


「逃げ出してなどおらん! ただ少し休憩を……って何故初対面のはずの君が、私がギルドマスターだと気付けたのかね!?」


 マジか……

 本当にギルドマスターだったよ……


 えー、これって気付いちゃダメな奴だったりしないよね?

 変な事件に巻き込まれるのは嫌だぞ……


「あ、えーっと、事実は小説よりも奇なりという言葉がありましてですね……その、本当にギルドマスターだとは思ってもみなかったと言いますか、自分でもビックリしているところです。はい……」


「むむむ、君は中々に変わった子だね……ただ、ギルドに着いてからサプライズで驚かそうと思っていたのに、こんなにもあっさりとバレてしまうとは……私もそろそろ引退を考える時期かな……」


 ええっ!?


 僕の勝手な妄想が原因でギルドマスター引退とか、ちょっとシャレにならないよ……


「あの! ちょっとした冗談のつもりだったんです! だから引退するとか考えないでください! お願いします!」


「そう言われてもな……年端も行かぬ子供に初見で見破られたんじゃぞ……わしも耄碌もうろくしたもんじゃ……引退じゃよ、引退……」


「そんなぁ……」


 さっきまであんなにオーラがあったのに、今じゃただのお爺ちゃんになっちゃってるよ……と言うか口調までお爺ちゃんぽい。


 本当、どうしよう……?


「あ、あの! 引退するならわたしたちのパーティーに入りませんか! ダンジョンの事とか教えて欲しいです!」


 ええっー!?


 キャシーさん急に何言い出してるの!?


「ほほう、この耄碌爺をパーティーに誘うとは……うーむ。初心者パーティーで、一からやり直すのも良いかもしれんのう……うむ。キャシーさんのパーティーにわしも入ろう! なーに、耄碌したとは言え、ダンジョンのイロハぐらいなら教えてやれるじゃろ!」


 うわぁ……これ、良いのかな……ダメなんじゃないかなぁ……?

 ギルド職員さんたちすごく困るだろうし、でも、もう説得出来そうにも無いしどうしようもないか……


「よろしくお願いしますね!」


「うむ、こちらこそよろしく頼む!」


「ははは……もうどうにでもして……」


 こうして老紳士ギルドマスター、いや、元ギルドマスターのヴォルフートさんが仲間に加わった。


「お、もう乗れる順番になっておったか! うむうむ、やはり若い子との会話は時間が経つのも早いの」


 あんなに並んでたのにもう馬車に乗れるみたいだ。


 十人ほど乗れそうな馬車に乗り込むと御者さんに「冒険者ギルドまで」とヴォルフートさんが告げてくれた。


「あの、お金は後払いですか? 」


「ん? タダじゃよ? 街中の馬車は一部を除いて全て無料で乗り放題じゃ!」


「へー、贅沢で良いですね!」


「ま、ダンジョンで手に入れたアイテムを売る時なんかに手数料頂いでそれで賄ってるんじゃがな。うわっはっはっ!」


 結局ダンジョンで稼ごうとする冒険者は払う事になるのね……


 背負っていた特大リュックを足元に置いて席に着いた。

 一番前の席からキャシーさん、僕、ヴォルフートさんの順番。


 座席は向かい合わせで作られていて、スペースにそれ程の余裕は無いけど向かい席の人の荷物とぶつかる程では無い。


 馬車は満員になったところで目的地へと出発した。


「それで、この後の予定はどんな感じかな?」


 ヴォルフートさんがみかんのようなものを何処からか取り出してキャシーさんと僕に渡してくれた。


 田舎の電車やバスでおばあちゃんがよくしてるイメージ。

 この世界ではお爺ちゃんもするのだろうか?

 いや、元の世界ではしてるイメージが無いだけでしてる人は居るだろうけど。


「そうですねぇ、とりあえず冒険者ギルドでパーティー申請したら宿を探してそれからどうしようかなってところです」


 キャシーさんの方を見るとみかんが美味しかったのか顔をほころばせていた。


「これ冷たくてすごく美味しいです!」


「ほっほっほっ、それは良かった」


 それを見た僕もみかんの皮を剥いて実を取り出して食べてみた。


「ん! ちゅめたっ!? 美味しい!」


 噛んだ瞬間、冷たくてビックリしたけど甘くて美味しい。


 これ冷凍みかんだわ。

 噛むまで冷たさを感じさせない異世界冷凍みかん。

 日持ちするならシロニャさんたちのお土産に良いかも。


「ほっほっほっ、それで宿探しならわしの知り合いの宿を紹介してあげよう。わしもそっちに移り住む予定じゃし」


「引っ越すんですか? あ、ギルド辞めるから……」


「ま、ギルドを辞めた人間がいつまでも居座ってたりしたら迷惑じゃろうし、居たら居たで要らん仕事が舞い込んで来そうで嫌じゃな」


「そうですか……」


 本当にギルド辞める気なんだ……


 ヴォルフートさんにとってギルドを辞める事が良い事なのか悪い事なのか分からないけど、せっかく一緒のパーティーになれたんだし、辞めて良かったと思えるように頑張らないとな……



 それから他愛のない話をしながら馬車に揺られて僕たちは巨塔にある冒険者ギルドへと向かうのだった。

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