第26話
あれから泣きじゃくる僕をクロニャが抱きしめ頭を撫でながら僕が落ち着くのを待ってから、これからの事をみんなで話し合うことにした。
「ちょっと、いつまで、この状態で、居ればいいのよ!」
「ごめんごめん、忘れてたわ。いやぁ、私がクロニャちゃんに見惚れちゃうなんて、彼女きっと将来は聖母とかそんな感じになるわね」
クロニャが聖母か、あの抱きしめられた時の心地良さからするとあながち間違っていないかもしれない。
「ふぅ、体の自由が奪われるのって中々辛いものね。にしてもなせる君とクロニャちゃんには妬けちゃうわ。私も、もう少し若ければ素直に想いを伝えられたのにね……なせる君、あの時は本当にごめんなさい!」
「いえ、その、僕もあの時はラケルさんにも欲望をぶつけてしまったので……」
「そう仕向けたのは私だから、本当にごめんなさい……」
何度も頭を下げて謝罪するラケルさんに戸惑ってしまう。
たしかに発端はラケルさんの作ったマッドサイエンスな薬だったけども、それ以上に僕の欲望が強すぎたせいもあるし、それにラケルさんは僕のことが好きでそういうことをしてしまったのだと分かっているのでどうしたら良いか……
「ねえ、ラケル。あなたはなせるとどうなりたいの?」
「私は……なせる君を独り占めにしたい。私だけを見て欲しい。けどね、私じゃなせる君の一番にはどうしたってなれないことが痛い程分かるの、だからハーレムに入って二番や三番になる、そんな辛い思いをするくらいなら……」
「諦める?」
「……諦め、られないよ……諦めたくない!」
目を見開き、胸元をギュッと握りしめてラケルさんは力強くそう答えた。
「それで良いのよ。自分の気持に正直に、それが幸せへの第一歩よ」
「ふふ、そうね、その通りだわ。私もハーレム計画に参加する! それで私がなせる君の一番になってやるんだから!」
「決まりね」
クロニャに続いてラケルさんまでもハーレムに参加することになってしまったけど僕は彼女たちの想いに答えてあげられるのかどうか、不安でしょうがなかった。
「で、これからの事なんだけど。なせるんには一人でカジノに行ってもらうわ。あ、行きは連れてくけど帰りは自力でね」
「はい……?」
一人でカジノ?
そもそもこの状況で何故カジノなんだ……?
「期限は、そうねぇ……一年ぐらいが良いかしら? 一年で今持ってる3000万ダルクを増やせるだけ増やして来なさい」
「ちょっとまっ「黙って最後まで聞きなさい」て……はい」
ひかりのドスの効いた声色で背筋がぶるっと震える。
「まあ、一年も離れ離れになるのは私も嫌だから100億ダルク稼げたらその時点で帰って来ても良いわよ」
100億……無理だ。
一年確定コースじゃないか……
というかそんなに稼いでどうするんだよ……
「もちろん増やすだけじゃなく減ってしまう事もあるわ。でも大丈夫。丁度良い事になせるんが行くのはダンジョン街。ダンジョンに潜れば失ったお金もすぐに回収出来るわ」
なんか嫌な予感がして来たぞ……
「なせるくんダンジョン街に行くの!? いいなぁ、私も行きたい!」
「ダメよ。クロニャはラケルと一緒に花嫁修行してもらうから」
「ええ!? 私もなの!?」
「当たり前じゃない! どうせ薬ばかり作って家事なんてろくすっぽ出来ないんでしょう」
「うぐっ、痛いところを……」
「つまりなせる君はダンジョン街へ出稼ぎにクロニャとラケルさんは花嫁修行、ということでしょうか?」
「ええ、シロニャにも手伝ってもらうつもりよ」
「うふふ、それは楽しみね。でも、なせる君一人で大丈夫かしら? 私、心配だわ……」
うぅ、シロニャさん……
僕も不安と心配でいっぱいいっぱいです。
「大丈夫……な訳無いわね。今のなせるんじゃ十中八九失敗する。けどそれもこれもなせるんを強くする為のものだから」
やっぱり、そういうことだったか……
「ふふふ、なせるんにはダンジョン街で心と体を鍛えてもらうわ。お金なんて二の次よ。でも本当に100億ダルク稼げたら帰って来ても良いわよ。それだけあれば何かあっても路頭に迷うことも無いだろうしね」
「ははは、流石に100億は無理ですけど精一杯頑張って来ます! 」
「私も! 私も修行して一人前のレディになってなせるくんにもっともっと好きになってもらう!」
元気良く手を挙げるクロニャは年相応に見えてなんだかホッとする。
「修行かぁ、うん。なせる君が頑張るって言うんならお姉さんも頑張らないとね! ここに居る誰よりも君に相応しい女性になってみせるよ!」
「負けません!」
「こっちこそ!」
みんな気合十分でやる気に満ち溢れている。
僕もみんな以上に頑張らねば!
「水を差すようで悪いけど、夜の火遊びしそうになったら天罰落とすから」
「な、何言ってるんですか! 僕がそんなこと出来ないの知ってるじゃないですか!」
「一人エッチぐらいなら許すけどその辺の遊女と遊ぶぐらいならクロニャたちを連れて発散させるからそのつもりで、ね」
今、この場で言うことじゃないでしょ……
ああ、もう、みんな赤面しちゃって僕まで恥ずかしくなって来たよ!
「ちなみに、なせる君の事が好きだなぁ、結婚したいなぁって娘が現れたら迷わずゲットしなさい! ハーレムは多ければ多いほど良いからね」
「わー! わー! 何てこと口走ってるんだ!」
「なせるくん、私、信じて待ってるからね。もし女連れで帰って来たら……ウフフ」
笑顔が怖いよクロニャさん……
頼むから刃物を持ち出すのはやめようね。
「いやぁ、お姉さんもこれ以上増えられると困っちゃうからなぁ……一年間出来ないように去勢薬でも作ろうかしら?」
……ラケルさんとは少し距離を置いた方が良いかもしれない。物理的な意味で。
「それじゃあ、旅支度をしたら早速出発よ!」
両手をパンパンと叩き、急かせるひかり。
これから真の意味での冒険が始まろうとしていた。
「恩人様達よ。私たちのことを忘れてはいないかな?」
「プププップクプクッ!」
「「「あ」」」
「あ、とはなんですか! あ、とは! 中々部屋に戻って来ないと思ったらハーレムとか一年間ダンジョンに行くとか、私たち抜きで話を進めてずるいですよ! 私たちもハーレムに入ります! そしてダンジョンにも一緒について行くのですよ!」
「ハーレムに入るのは良いけど付いて行くのはダメよ。なせるんの成長を妨げるもの」
「ぐぬぬぬ、ずるいですよ神様! 本来なら私が彼を導いて行くはずだったのに!」
「知りませーん。それに寝惚けて隙を作った自分のせいでしょ? まあ、そのおかげでなせるんと出会えた事には感謝してるわ。それと神様呼び禁止」
妖精と口喧嘩をするひかりはどこか楽しそうに見える。
そもそも二人は知り合いだったりするのだろうか?
「あのう、お二人はどういったご関係で?」
「昔馴染みってだけよ」
「ん? そもそも恩人様には私が知る限りの情報を与えたはずなのでもう知っているはずなのですよ?」
「あ、それ、私が引き抜いておいたからなせるんには何の情報も入ってないわよ。ていうかあんた、あの量の情報を一度にブッ込んだら普通は死ぬわよ?」
え、死って、あれってそんなにヤバイことだったの?
今はひかりの加護で死んでも死なないけどあの時はまだそんな加護も無いしマジで死ぬ可能性があったってこと?
「や、やだなー。私がそんなミスする訳無いじゃないですかー。はー、神様ってば大袈裟なんですからー……」
急に挙動不審になり、あさっての方向を向いて誤魔化すように口笛まで吹き出すこの始末。
はてさてこの先、うっかり精霊はどうなってしまうのか。
次回、精霊ラウネ死す! デュエルスタンバイ!
「なせるん、私が許すわ。闇のゲームでこのおバカ精霊に罰ゲームという名の死を与えてあげなさい」
「イエス、マイ、マスター」
「ひぃぅっ! すみませんでしたー! 寝惚けてうっかりしてましたー! もう二度とこの様な事が起きぬよう精進いたしますううう!」
「プククプクプク」
ラウネを庇うように前へ出たリリちゃんが何か言いたげな様子でこちらをジッと見つめている。気がする。
「ひかり、リリちゃんは何て言ってるの?」
「えっとね、許してあげて、かな? この子案外優しいのね」
「うぅ、スライム殿……かたじけない」
「リリちゃんがそう言うなら許すよ」
「プクプクプーク」
リリちゃんがまたも何か言いたげな表情でこちらを見ている。気がする。
顔が無いので分かりづらい。
「えーと、とりあえずこの馬鹿精霊はここに置いてボクだけでも愛しの旦那様のお側に」
「ソンナ、コト、イッテナイ、プク!」
「「「シャベッタアアアアアアッ!?」」」
スライムって喋れるの?
いや、喋るスライムが居るのはゲームとかで知ってるけど、この世界のスライムはどうなの?
このスライムって実はかなりレアなスライムなんじゃ無いのか?
「ヤット、ハナセタ」
「リリちゃん……」
なんか分かんないけど感動しちゃってるよ。涙が出そう。
「モトモト、ヒト、キョウミ、アッタ。タマタマ、ナセル、キタ、サイショ、スコシ、コワカッタ、ケド、ヤサシクテ、スキ、ナッタ。コレカラモ、ズット、イッショ、イタイ、ダメカ?」
「うぅうぅ……リリちゃん!」
号泣だよもう! リリちゃんってこんな可愛い子だったの! 今まで放って置いてごめんね! これからはずっと一緒だよ!
「感動してるところ悪いけど一緒には行かせないわよ。プクプク言ってるだけならまだ良かったけど話せるようになったからには見逃せないわね」
「そんな! こんないじらしいリリちゃんを置いて行くなんてそんな事出来ないよ!」
「あら、それは不公平だわ。もし仮にその子が人型になってなせるんに迫って来たらなせるんその誘いを断れる自信ある? 無理ね。そうなった時あなたは必ず堕落するわ」
「そんな、こと……」
美少女になったリリちゃんを想像してしまい何も言い返せなくなってしまった自分が情けない……
「私はなせるんにもっと色々な出会いをしてもらいたいの。沢山の出会いがあれば必ずあなたの幸せに繋がって行くから。だから」
「もう、大丈夫です。ひかりの言いたい事は何となく分かりましたから」
リリの方に向き直り、抱きかかえて話しかける。
「ごめんリリちゃん。僕は強くならなくちゃいけないんだ。だから一年間だけ我慢して欲しい。一年経ったら必ず帰って来るからそれまではお別れだよ」
ギュッと抱きしめていると服が湿って濡れてきた。
リリちゃんは泣いているのかもしれないがそのまましばらく抱きしめていた。
◇
「それじゃ今度こそ本当に出発よ!」
旅支度を済ませて軽い昼食を取ってからダンジョン街へと向かう最後の挨拶をしていた。
最後と言ってもすぐ帰って来るつもりではいる。
一年間もダンジョンに籠るつもりは無いので半年かそこいらで強くなって100億ダルク貯めて帰って来る計画だ。
ひかりには筒抜けだけどみんなには内緒だし本当に一年間居る事になる可能性も十分あるので何も言わない。
「なせるくん、待ってるからね! 絶対帰って来てよ! 浮気したら……ううん! 浮気しても私がなせるくんの一番だからね!」
「あ、あぁ! 必ず帰って来るよ!」
クロニャが僕に向ける女性関係の信用はどうやらゼロのようだ。
ま、まあ、そういう事には極力ならないようにはしたいです。
少なくても手は出さないようにしないと。
うぅ……我ながら自信は無い。
「ふふーん、なせる君、その顔は女性に手を出してしまうんじゃないかってぇ顔だね! 大丈夫よ、さっき作ったこの一年間去勢薬を――」
「お断りします!」
「あーん、最後まで聞きなさいよ! ま、冗談はさておき、色々役に立ちそうな薬とか、かばんに入れて置いたから説明書を良く読んで用法用量を守って正しく使いなさいな。お姉さんからの
「ありがとうございます! 絶対に使わないように気を付けます!」
「ちょっとは使いなさいよ! もう、とにかく無理せず頑張んなさいよ」
「はい!」
「ほら、お母さんも泣いてないで何か言ってあげなよ」
「うぅ……なせる君、ヒッ、ク……最後に私の事、お母さんって呼んで」
シロニャさんが目を真っ赤に
お母さん、か……確かにこっちの世界に来てからずっと母親みたいに接してくれてたし、お母さんって呼ぶ方がより親密になれた感じがして良いかも。
「じゃ、じゃあ、言いますね。……お母さん」
改めて言うとなんだかすごくこっ恥ずかしい。
「うぅ……うわぁーん! 私もハーレム入るぅううう!」
「え?」
「なっ!?」
「おっと!?」
「ありゃー」
え、えー、えーーー!?
な、何言ってるの!?
シロニャさんまでハーレムなんて、あ、頭がどうにかなりそうだ。
だってそんな素振り全然、息子みたいだって、お母さんって呼んでって、もう、訳が分からないよ!?
「ごめんなさいクロニャ、お母さん、ううっ、お母さん、なせる君のお母さんになれなかったよ……ぐすっ」
「よしよし、良い子良い子。私ね、お母さんの気持ち気付いてたよ。だからね、もう我慢しなくて良いの。お父さんだってきっと許してくれる。だから、だからね、今日からお母さんも恋のライバルだから、ちゃんとなせるくんに本当の自分の気持ち伝えなよ」
「わたっ、ヒック、私、は、なせる君の事を男性として好きです。息子として、家族としてなせる君のことを好きになろうと本当の気持ちを誤魔化していました。もし、もしよかったら私と、クロニャと一緒に結婚してください」
「もう! お母さんっ! 私は良いから自分のこと考えなよ!」
「だって、クロニャにも幸せになってもらいたいもの……お母さんだけ抜け駆けなんて出来ないもん……」
「あーっと、シロニャ、なせるんがフリーズしちゃって今の告白、聞こえてないみたい。すぐ起こすから、もう一度告白お願い出来るかしら?」
「えー!? む、無理です! わたっ、私、もう、恥ずかしくて死んじゃいそう……」
「なせるくんったら……せっかくお母さんが勇気を振り絞って告白したのに……」
「あはは、今のなせる君じゃ無理もないよ。ま、一年後の彼にならシロニャが告白しても耐えられる度量ぐらいは付いてるんじゃないかな?」
「おーい、なせるん起きろー。起きないとイタズラしちゃうぞー!」
夢を見ていた。
夢の内容は……「結婚してください!」
「はっ! 夢か……」
「ところがどっこい……夢じゃありません……! 現実です……! これが現実……!
ああ、やっぱり、あれは白昼夢でも何でもなくシロニャさんの本音だったのか……
いや、でも、シロニャさんのことはもう母親としか、あー、でも、本当の母親では無いし、美人だし、清楚だし、優しいし、性格だけならここに居る誰よりも好きではあるけど、でも、結婚したら、そういう事もする事になって、だけどクロニャも居るから遠慮しちゃって、ってバカ! 何考えてるんだ僕は……あー! もう! どうすれば良いのさ!?
「なせるんよ、あるがままを受け入れるのです。好きならば結婚すれば良いのです。ここに居る者は誰一人としてそれを拒む者は居ないのですよ」
「そう、かな? それで、良いのかな?」
何かダメな様な気がするが頭の中がこんがらがっちゃって深く考えられない。
「ま、今はとりあえず、心の片隅にでも置いておきなさい。でも、帰って来たらちゃんと答えてあげるのよ? シロニャだけじゃなく、なせるんを好きになってくれたみんなにね。なせるんがハーレムが嫌だって思うならそれも良いし、私と離婚して誰かとだけ結婚したいと思うなら悲しいけどそれを尊重するわ。だから、強くなりなさい。自分の意思でちゃんと決められる強さを手に入れなさい。じゃなきゃ、全部失うわよ?」
その言葉で自分の心臓に杭が刺さったような衝撃を受けてドクンッと跳ねるような音が聞こえた気がした。
自分の意思で決められる強さか……そんな強さを手に入れられたら……いや、手に入れるんだ。その為の修行じゃないか!
「それじゃ、みんな、本当の本当に出発するわよ。私はすぐ戻ってくるけどなせるんは一年間戻らせないからそのつもりでね」
「行ってらっしゃいなせるくん! 私も頑張るからね!」
「行ってらっしゃい! お姉さんも自分磨き頑張っちゃうからね! 帰って来たらビックリさせてあげるんだから!」
「うぅ……」
「お母さん!」
物陰に隠れて出てこないシロニャさんに何て声をかけてあげれば良いのか分からない。けど、このまま一年間も会えなくなるのは何か嫌だ。
「シロニャさん! 僕はあなたの事を母親みたく思ってました! この数日間、本当にお世話になりました! 一年後、戻ってきたらあなたの気持ちにちゃんと返事をしたいと思います! だから、今だけは、僕の母親として見送ってください……お願いします! お母さん!」
トボトボとゆっくりとした動きで物陰から出て来たシロニャさんは涙と鼻水で顔をぐちゃぐちゃにしてしゃがれた声で叫んだ。
「なせるー! お母さん、あなたのことずっと見守っているからね! お母さんなせるのこと信じて待ってるから、頑張って来なさいよー!」
「はい! 行ってきます!」
「行ってらっしゃい!」
こうして僕の、異世界での最初の冒険が始まろうとしていた。
(なせるん、なせるん。今、すごく感動的なシーンだからこのまま歩いて村の外に出ようか? 今、なせるんを抱きかかえて飛ぶのって結構恥ずかしくない?)
うーん、ひかりさんや、気づかいはすごく有り難いけど、今、ここで言いますか……
確かに格好つきませんし、手を振りながら歩いて行きましょう。
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