第22話

「この服はいったいどういうことなんですか!」


 部屋に戻るとライベルマイトさんがティーカップを片手に茶化すような笑みを浮かべていた。


「はははっ、なんだいその格好? すごく可愛らしいじゃないか」


「ライベルマイトさんが用意したんでしょうが!」


「まあ、そうなんだが。とりあえずお茶でも飲んでゆっくりしようじゃないか。あぁ、それとも冷えたジュースの方が良かったかな?」


 テーブルにはティーセットが置かれていて、使われていないカップが二つあるので僕たちの分も用意されているようだった。


「そんなことはどうでもいいわ。あの熱湯温泉はどういうことなのかちゃんと説明しなさい! せっかくなせるんとお風呂でイチャイチャ出来ると思って期待してたのに! ふざけたことぬかしたら天罰落とすわよ」


「そんなことって……まあ、僕もあの温泉に入れなかったのは残念でしたけどね」


「ふむ、それはすまなかったな。いや、人間の客は久方振りでな、設定温度をドラゴン用のままに風呂を沸かしてしまったようだな。ああ、ちなみに温泉に見えるように作っただけであれはただ湯を沸かした風呂だよ」


 良いご趣味をお持ちなドラゴンだった。

 風呂好きドラゴン。

 何かそういう物語とか絵本を考えたら売れるんじゃなかろうか?


「もういいわ。温泉じゃないとか、ちょっとガッカリよ……」


「次に入ってもらう時があれば温泉を引いておこう」


「いえ、あんな綺麗な風呂場を見れただけでも良かったですから、そんなに気にしなくても大丈夫です」


 お風呂のことよりも今は、僕のこの格好をどうにかして欲しいんだ。


「なせるんはもうその格好で良いじゃない。すごく可愛いし私は好きよ」


「いや、この格好じゃドラゴン捕獲に行けませんよ……」


「ははは、まあ、そうだね。だけど八肝君が装備出来るレベルのアイテムはその服ぐらいしか用意出来なくてね。あと20レベルほど上げてくれれば男性用の装備一式を貸してあげられるよ」


 20レベルって……というか今の僕のレベルってどれぐらいなんだろうか?

 ひかりに聞いても答えてはくれないだろうから、久しぶりに自分のギルドカードを見ようと思い《カード》と唱えてギルドカードを出現させる。


 ――――――――――

 名前: ナセル・ヤキモ

 種族: 半人半神

 レベル: 10

 職業: 冒険者、主夫、自称勇者、狩人

 称号: エロエロ大魔神、神の伴侶、勇者、偽勇者、男の娘

 ランク: カッパー

 ――――――――――


 おいおいおい、これはまずいよ、実にまずい。

 勇者とか男の娘とかはまだ良いけどエロエロ大魔神って何だよ……


「ひーちゃんや、これは中々にマズイのではないかな?」


 他人には見せられないなと思い、自分のギルドカードをひかりに見せようとしたらひかりにカードを取られてしまい、ムムムという表情でカードを見ながら何かブツブツと呟き始めた。


「ふぅー。これでいいわ」


 ひかりにギルドカードを返されたので見てみると先ほど見た物が嘘だったかのような様変わりをしていた。


 ――――――――――

 名前: ナセル・ヤキモ

 種族: 人

 レベル: 10

 職業: 冒険者

 称号: 男の娘

 ランク: カッパー

 ――――――――――


「あれ!? これっ!」


「しっ! なせるんは何も見なかった。それでいいわね?」


「……はい」


 やはり何かまずい情報のオンパレードだったようなのでこの件はあまり突っ込まないでおこうと思いました。

 そんなやりとりを見ていたであろうライベルマイトさんの方をチラリと見る。


「ん、ああ、大丈夫ですよ。人間社会とは複雑怪奇な物だということは良くわかっておりますので、八肝君が危惧するようなことはしませんよ」


「あはは、助かります」


 ライベルマイトさんがどの程度人間社会と接触しているのか分からないが下手なことは言いそうにないのでそこは信用しても大丈夫そうだ。


「それで、八肝君。その格好のことだけど、うちには一から服作りの出来る者は居ないし、メイド達は恥かしがりやでね、人の里に買いに行かせることも出来ない。俺が行っても良いが神……ひかりさんが止めるだろうだろうからこれも無理だ。すまないが君のレベルが上がるまではそれで我慢してくれ」


「くっ……」


 ひかりの名前を出されてはどうしようも無いか……


「何よ。可愛いんだから良いじゃない、もっと自信持ちなさいよ! それに服ぐらいドラゴンを捕まえればいくらでも買えるんだから無理にレベル上げなんてさせないわよ。それとね、私はなせるんがその格好で村を歩いて羞恥心で身悶える姿を見てみたいのよ、ぐへへ」


 この格好の僕が村人に視姦されている妄想でもしているのか、ヨダレを垂らしてアヘってるひかりの顔は最高に気持ち悪かったが少しエロかった。


「それが目的ですか……もう、わかりましたよ。さっさとドラゴン捕まえて帰りましょう。それでさっさと着替えて終わりにします」


「ぐふふ、そうと決まれば早速出発よ!」


 ◇


 前回借りた装備一式と妖刀を携えてヤモリドン、イモリドン、オオサンショウザウルスが生息している密林に囲まれた湖までやってきた。


 ボートに乗って釣りをしたら大物が釣れそうな広さだな。


「結構たくさん居るわね」


 見た目に関わらずピーピーと可愛い鳴き声でじゃれ合っている姿は遠くから見れば可愛らしく映ったかもしれないがどいつもこいつも図体が馬鹿でかくて空も飛んでいてどこの怪獣映画だと言わんばかりの迫力である。


「それでどうやって餌付けするんです? あんなのに突っ込んで行ったら僕達が餌ですよ」


「心配無いわ、人を食べたりはしないもの。まあ、じゃれ付いて来たりはするかもしれないけど」


 あの巨体に戯れ付かれたらタダじゃすまないと思いますけどね。


「はい、なせるん。餌持って行って来なさいな。あ、ちゃんと一匹ずつ釣って来るのよ? 手綱は私に任せなさい!」


 ひかりにマジックバックを渡されて僕の背中を叩いて「ファイトよなせるん!」と鼓舞された。


 バックの中を見ると均等な大きさに切られた虫の屍骸が詰まっていて、たぶんメイドさんがやってくれたんだと思うけど気持ち悪いことこの上なかった。


 はぁ……憂鬱だ。



 とりあえず水辺で一匹で行動しているイモリなのかヤモリなのかどっちかは判別出来ないけど、ぼっち君にバックから取り出した虫の屍骸(トゲトゲした巨大な足)を持って近づいてみた。


「よーしよし良いこだねぇ~。美味しい物をあげるから付いておいで~」


 何か悪いことをしている気分になるが気のせいだろう。


「キュイー? ピーッ!」


 持っている餌に気が付いたのか四足歩行でイモリかヤモリの見た目ドラゴンの巨体が怒涛の勢いで迫ってきた。


「ひー!」


 持っていた餌をドラゴンに投げ捨てて急いで距離をとる。

 餌に食いついたドラゴンは夢中でむさぼり始めたのでちょっと安心した。

 やはり人間にはそれほどの興味は無さそうだな。


 餌を食べ終わったドラゴンにまた餌を見せて釣っていくを数度繰り返した後、無防備に「キュイキュイ~」と猫なで声で甘え出して来たのでひかりの元まで連れて戻ってきた。


「ヤモリドンね。手綱を着けておくから次に行ってらっしゃい」


「えー、まだやるの?」


「ギルドの人も色んな種類が居た方が嬉しいでしょ。お腹が赤いのがイモリドンでオオサンショウザウルスはなせるんの居た世界のオオサンショウウオの見た目だから分かりやすいと思うわ。ほらほら、ちゃっちゃと行って来なさい」


 はぁ……最低でもあと二匹は連れてこないといけないのか……

 まあ、ヤモリドンは簡単だったし、ヘヴィスパイダーを倒すよりは全然ましだな。



「無理無理無理ッ! タスケテタスケテーッ!」


 ヤモリドンと同じように餌を見せて誘惑しようと油断した僕は、オオサンショウザウルスに絶賛食べられ中なのであった。


 幸い歯が生えてなかったので食べられている下半身がヌチョヌチョなだけで済んではいるがこのままだと丸呑みされてじわじわと消化される運命が待っているのであろう。

 考えるだけでも恐ろしいことが今、現実に起ころうとしていた。


「放せ! このっ! 何が人は食べないだ! 神様の嘘つきッ!」


「なせるんまた私を神様呼びしたわね……天罰!」


 ひかりの声が聞こえたと思った瞬間、雷がオオサンショウザウルスごと僕に落ちてきて凄まじい衝撃と爆音が体中を襲った。


「ぎゃああああああっ!」


「ぴいいいいいいいっ!」


 落雷の衝撃でオオサンショウザウルスは大きく口を開けてひっくり返ってしまった。


 耳がキーンとしてはいるものの不思議と痛みは感じていないのでひかりが手加減してくれたみたいだな。


「——! ——?」


 ひかりが何か言っているようだがよく聞こえない。

 首を傾げているひかりが何かに気付いたような表情になり直接脳に語りかけてきた。


 (改めて、どうよなせるん! 反省した?)


 めちゃくちゃビックリしましたよ! 死ぬかと思いました!


 (今度、神様呼びしたら全身を痺れさせてセクハラしまくるから気を付けなさいよ)


 痺れてる最中に触られるとジンジンしてくすぐったそうだな。

 っとかはどうでもよくて、天罰って言いながら助けてくれたんですよね? ありがとうございました!


 (べ、別にあんたのためにやった訳じゃ無いんだからね! 勘違いしないでよね!)


 何ですか急に、ツンデレとか今更過ぎて萌えませんよ?


 (何よ~、萌えなさいよ! 悶えなさいよ~!)


 可愛いとは思いますがひかりには似合わないと思います。

 あと耳が聞こえなくて少し気持ち悪いです。


 (しょうがないわね、あと一匹頑張んなさいよ?)


「《——》」


ひかりが目を瞑り何かを唱えると耳のキーンっという音が段々と薄れてきて音が聞こえるようになった。


「おー、治りました! 何したんですか? 回復魔法ですか? ヒールですか? ホイミですか? それともケアル?」


「落ち着きなさい。神である私が魔法なんて使うはずないでしょ。神通力よ神通力。……キュアとは言ったけどね」


「キュア! 僕にも使えますか?」


「なせるんなら神通力でも魔法でもなんでも使えるんじゃない? 修行しだいで」


「修行……」


 やはりそう簡単に魔法が使えるようになる訳が無かったか。

 だがしかし修行すればなんでも出来ると聞いたらやらない手は無いね!


「魔法を覚えるのにもお金は必要だわ。なので、あと一匹捕まえて来なさい!」


「やっぱりそうなるのか……けど、魔法は必ず覚えたいので頑張って来ます!」



 やる気に満ち溢れた僕はイモリドンを見つけると、その口に虫の屍骸を押し込み背中を押した。


 まあ、油断して尻尾ビンタをもろに受けてしまい、すごく痛かったけどその後は冷静に餌で釣ってひかりの元まで連れて行った。

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