第21話

「やった、のか……?」


「いいえ、まだよ!」


 倒したと思い油断していたところを背後から突然目隠しをされ視界を奪われた。


「だーれだ?」


 気の抜けたような声を耳元で囁かれ少しくすぐったい。


「神様」


「ぶぶー、正解はひかりちゃんでした〜、ってあれあれ、どうしたなせるん?」


 腰が抜けて後ろに居たひかりにもたれ掛かる。


「おっとっとぉ、アイタッ」


 急に僕の体重を預けてしまいひかりがバランスを崩してそのまま膝枕みたいな形になってしまった。


「力が抜けちゃいましたよ」


「……うん。なせるん良く頑張りました!」


 ひかりが僕の頭を支えながら優しく撫でてくる。

 とりあえず今は、この優しい時の中に身を任せようと思い目を閉じた。


 ◇


 ひかりの膝枕で少し眠って疲れを癒やしたあと、ライベルマイトさんの洞窟へと戻ってきた。


「お帰りなさいアナタ。ご飯にする? お風呂にする? それともワ、タ、シ?」


「一緒に帰って来たくせに何を言っているのさ? それにここはライベルマイトさんの家じゃないか」


 体をくねくねさせて扇情的なポーズを取り誘惑してくるひかりを華麗にスルーする。

 恥ずかしいので人前ではそういうことはしないで欲しいです。


「はは、二人ともお帰りなさい。八肝君は随分とボロボロだね。着替えを用意するから風呂に入って来ると良いよ」


 自分の服をあちこち見回してみると確かにボロボロの穴だらけだった。

 流石に汚れ防止の指輪じゃ服の痛みまでは防げないか。


「それじゃあ、お言葉に甘えさせてもらいますね」


「そうね。私も少し疲れたし一緒に入りましょ、なせるん」


「他所の家のお風呂に混浴で入るとかどうかと思いますよ?」


「ははは、うちの風呂は広いのでお二人で入られても問題ありませんよ」


「いや、そういう問題じゃなくて」


「ああ、なるほど。新婚なんですから別に構いませんよ? もちろん、覗いたりなんて野暮なことはしませんのでご安心下さい」


 何か盛大に勘違いされているような気がする。

 いや、ひかりの方は本気で迫って来るだろうから僕が気をつけるしかないのか……


「ほら、大家の許しも出たしさっさと行くわよ!」


「ちょっと、引っ張らないでくださいよ」


「ごゆっくり~」



 ひかりと混浴することになってしまった。


 嬉しくないと言えば嘘になるが他人の家のお風呂を借りる訳だし何か粗相をしてしまわないように気を付けよう。


「うわー、綺麗だなぁ……」


 無駄にきらびやかな脱衣所でボロボロになった服を脱ぎ、脱いだ服を入れても良いのか躊躇ためらってしまう程のこれまた高級そうなかごに、他に入れられそうな物も無いのでそのまま入れた。


 服を脱いでいる最中、ずっとひかりの視線を感じてはいたのだが、絶対にひかりの方へ視線を向けないよう鋼の意思で耐えている。

 見てはダメだ、見てはダメだ、見てはダメだ。


「自分に正直になりなさい。見たいなら見れば良いのです。私たちは夫婦で妻の裸体を見たいと思うことは何も悪いことではないのです。さあ、自分に正直になりなさい」


 風呂場へ向かおうとすると、ひかりがそれをさえぎろうと目の前に出て来たので慌てて下を向いた。


「くっ……いいえ、ひかり様。貴方様は私の妻ではありますが同時に神でもあるのです。想像を絶する美しさ、神々しい一糸纏わぬ神の姿を直視しようものなら私の眼はたちどころに潰れてしまうことでしょう」


「迷える子羊よ、何も心配は要りません。安心して私の裸体を見るのです。女体の神秘をその目で確かめなさい」


 ひかりが近付いて来たので目を瞑ると僕の体に密着して来てビクリとした。


「ひっ、いいえ、いいえ。私は何も迷ってなどおりません。私はただ静かに湯浴みをしたいと願っているだけなのです。ですからそのようなお姿で私に近付くのはお辞めになられてください。そのように私の体に触れるのをどうかお辞めになられてください」


「さあ、迷える子羊よ。何も怖がる必要はありません。その眼を見開き、自分の心のおもむくままに私を見て、触れて良いのです!」


 このままではらちが明きそうにないのでダッシュで風呂場へと向かった。


「もう! どうせ一緒に入るんだし、今見ようが後で見ようが一緒じゃない! なせるんのムッツリスケベ!」


「僕にだって心の準備とか色々あるんですよ!」


 勢い良く風呂場へ入ると、そこは異世界でした。


「綺麗……」


 キラキラと透き通る虹色の温泉が岩場のくぼみから湧き出ていて、それが洞窟全体を虹色に輝かせて、そこはまるで御伽噺おとぎばなしに出てくるようなファンタジーな光景でした。


「あら、綺麗ね。せっかくだし今日のところは温泉を堪能しましょう。なせるんにちょっかいを出すのはまた後日にするわね」


 そう言うとひかりは僕の脇を通り、シャワーの置いてある洗面台までスタスタと全裸で歩いて行った。


 というか自然に見てしまったよ……

 いや、洞窟温泉が綺麗過ぎてそういう気分にはならないんだけどね。

 それでもこの景色以上に美しく神々しいひかりの体に見惚れてしまったよ。

 ひかりに見惚れていると「なせるんのえっち」と言われ、ハッとしてひかりから視線を外した。


 ひかりの体に見惚れていた事を誤魔化すように洗面台へと向かい、自分の体を洗い始めようとしたら背中の流し合いを強要され、ひかりの背中を洗っている最中、一々悶え声を漏らしてあおってくるので、それを無視して体を洗い終わり「次はなせるんの番ね」と言って何かちょっかいを掛けてくるのかと身構えていたが普通に背中を洗い流されただけで終わってしまった。


「ムフフ。何かされると思った? なせるんって本当えっちね」


「全然、何も、期待なんか、してませんでしたよ?」


 ひかりの挑発を無視していざ温泉へと片足を突っ込んでみた瞬間、物凄い熱さを感じて地べたを転げ回り冷水のシャワーで急いで冷やした。


「アチチチッ!」


「ぷぷぷ、なせるん何してるの~?」


「めちゃくちゃ熱いんですよ!」


「そりゃそうよ、温泉が湧き出てるんだから熱いに決まってるじゃない。こういうのは湧き出てる場所から離れた所に浸かるのが基本よ」


 そう言うとひかりは端っこの方へ向かいおけで湯をすくい体にかけて熱さに慣らしてからゆっくりと足から順に浸かって行った。


「ふぅ~……あっついわねっ!」


 慌てて温泉から飛び上がるとひかりは冷水シャワーで体を冷やし始めた。


 どこから入ってもやっぱり熱いんじゃないか。


「よくかけ湯が出来ましたね……」


「なせるんに言った手前、意地があったのよ! にしても熱過ぎるわ!」


「かけ湯した時点で意地張るのやめなよ……」


「あのバカトカゲに文句の一つでも言ってやんないと気が済まないわね! 出るわよなせるん」


 まあ、シャワーで汗も流せたし、こんな綺麗な景色も見れたし、僕的には文句は無いんだけど事情ぐらいは聞きたいかな?



 温泉から上がり脱衣所に戻ると扉のそばの台にバスタオルが二つ置いてあったのでそれで体を拭いた。

 ライベルマイトさんが用意してくれたのかな?


 ひかりにバスタオルを渡そうとしたら「要らないわ」と言うのでどうしてか聞いたら「魔法、とは違うけど、もう乾いたわ。それとも私が体を拭く所を見たかったのかしら?」と言うので「便利ですね」とだけ言っておいた。

 やぶ蛇はしないぞ。


 バスタオルで体を拭きながら脱いだ服を入れた籠の場所まで戻るとボロボロになった服の代わりに黒いローファーが籠の側に、籠の中に水色と白色のフリフリのワンピースと白いニーハイ、それと女性物の、リボンが可愛い白いパンティが入っていた。


 ブラは無いのか……


「これ、ひかり用の着替えかな?」


「ん、私は服を着ないわよ? トランスフォーム出来るから好きな形に体を変えられるもの。それはライベルマイトも知ってるし」


 えっと、それじゃあ今まで服だと思ってたものは体の一部で厳密に言うと常に全裸で出歩いて居た、という事なのか……?


「正解!」


 うーん、うん! 気にしないでおこう!


「と、すると、やっぱりこれは僕用の服ということに……?」


「どれどれ、あら可愛い。なせるんなら似合う似合う。元の姿でも見てみたいわね」


 いや、さすがにこれは、僕にだって男の矜持きょうじというものがあるんだ。


「そんなものはさっさと捨てなさい。着ないと天罰落とすわよ」


「ぐっ……天罰とは具体的には?」


「何よ、そこまで嫌なの? まぁ具体的には雷を落としたりするんだけど、なせるんには私が全裸で常に抱き付くってのはどうかしら?」


「なん……だと!?」


 それは最早、天国なのでは?


 いや、待て。常にと言うことは人が大勢居る街中でもか? それどころかトイレにすら抱き付いたままなのか?


「そうよ。どこに行こうとも常に私が全裸でなせるんに抱き付いてあげるわ」


「くっ……着るしかないじゃないか」


「そんなに不安がることは無いわ。大丈夫、絶対に似合うから」


「いや、似合うとかそういう問題じゃないんだけど」


 しょうがないと諦めて仕方無く着ることにする。

 あくまでも仕方無くだ。

 決して自ら望んで着る訳じゃない。

 女装コスプレとかちょっと憧れてたとかそういうこともないんだ。

 これは仕方の無い事なんだ。



「着替えましたよ……うー、スースーする」


「グヘヘへ、なせるん可愛い。食べちゃいたい。グヘ、グヘヘ、グヘヘへへ」


「変な笑い方やめてくださいよ!」


 鼻の下が伸びきってエロおやじみたいなだらしない笑顔を浮かべるひかりは純粋に気持ちが悪かった。

 女性の気持ちが少し分かったかもしれない。


「鏡で見てみなさいよ。最高に可愛いわよ!」


「自分が可愛くてもなぁ、はぁ……」


 とりあえず脱衣所にあったスタンドミラーで自分がどんな風に見えているのか確認してみた。


「……可愛い」


 鏡に映った自分の姿に見惚れてしまうとは思いもしなかった。

 これが自分でさえなければ純粋に愛でられたものを……


「えいっ」


「キャッ!?」


 鏡の中の美少女に見惚れていると突然ひかりが僕のスカートを捲ってきたので驚いて変な声が出ちゃったよ。


 こうして見ると本当に男なのかすら疑わしくなってくる。いや、付いてるしもっこりもしてるけど。

 というかいつまで捲ってるつもりなんだ!


「何してるんですか!」


「ムラムラしてやってしまった。反省はしていない」


「手を離してください!」


「ちぇ~、なせるんはケチだなぁ」


 ケチとかそういう問題じゃ無いでしょうが……


 この服で歩き回るのは正直ツライけどしょうがないのでこのままライベルマイトさんの所へ向かおう。


 こんな服を用意したことをキッチリと問い詰めてやる!

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