第20話

 ヤモリドン、イモリドン、オオサンショウザウルスを捕まえるためにヘヴィスパイダーと魔王コオロギを狩りに洞窟から密林へと移動した。


 ライベルマイトさんにも来て欲しかったが「だって、めんどくさいじゃないですか」とのことなので自宅の洞窟ホテルで待っているそうだ。


 あれからひかりになんて声を掛けて良いのか分からず、終始無言で獲物を探し回っている。


 何度か心の中で呼び掛けてみたものの、うんともすんとも言わず、それでも何故かここに来るまで、というか今もだが指を絡めて恋人繋ぎで手を繋いでいる。


 正直言って女心というものはよく分からない。ましてや女神ともなると更に訳が分からない。


 別に喧嘩している訳でもないし、普通にしていれば良いのだが、そういうことを意識し始めると今までどう接していたのかすら分からなくなってきて、どうしたら良いのか頭を悩ませるばかりである。


「なせるん考えすぎ。今から狩りをするんだからしっかりしなさいよ」


「はい……」


 こうして僕達はよく分からない気まずい空気の中、恋人繋ぎで密林の奥深くまで進んで行くのであった。


 ◇


「居たわね」


「思ってた以上にでかいですね」


 猫ほどの大きさの背中の模様が禍々しい黒光りしているコオロギがつたが絡み合っている大木に張り付いていた。


「あの大きさであの見た目、間違いなく魔王コウロギ、ですよね?」


「ええ、でも名前のいわれは魔王がペットとして飼っていたから魔王コオロギと呼ばれるようになったのよ」


「趣味の悪い魔王ですね。いや、魔王ならあの禍々しさを美しく感じたのかも……」


「いいえ。見た目に反して鳴き声がすごく綺麗なのよ」


「なるほど」


 ひょっとしたら魔王ってロマンチシストなのかも?


「そんなことより、さっさと捕まえるわよ」


「あ、はい。……でもどうやって捕まえたら?」


「その刀は何のために持ってきたのかしら?」


 腰紐に挿していた妖刀をひかりが指で差して僕をおちょくった様な目で見つめてきた。


「あれを斬れと?」


「なせるんファイトー!」


 ひかりが笑顔でグロテスクなコオロギの前へと僕の背中を押し出した。


 虫は苦手なんだよ……

 カブトムシとか幼虫ぐらいならまだ触れるけどゴキブリ系は特に苦手だ。

 それにあの大きさは本当無理。

 正直、逃げ出したい。

 けどしょうがないので少しずつコオロギの前へと近づいて行く。


 ある程度、近付いてから鞘から刀を抜き、急所であろうコオロギの頭の位置へと刀を構える。


 あと数歩、それまで動かないでくれよ……


 そうしてコオロギの頭に妖刀を突き刺した僕は、目の前で起こった地獄絵図を一生のトラウマとして記憶に残すのであった。


「ぎゃああああああああああっっっ!」




「よーしよしよし、よく頑張ったね。なせるんえらいえらい」


「ひっぐっ、うっくっ、うぅ、がんばった、ぼく、がんばった」


 刀が突き刺さった頭をトカゲの尻尾切りが如く、自ら切り離して僕の顔面目掛けて飛びついて来た魔王コオロギ。


 予想もしていなかった行動に体が硬直してしまい顔面に飛びつかれてしまった僕はパニックを起こして大暴れ。


 首から謎の触手が生えて来たり、尻尾から謎の液体を撒き散らしたりと散々な目にあいながら最後は真っ白で細長い卵を産み落として息絶えた。


「バッグには私が入れてあげるから、なせるんはそこで休んでてね」


 湿って無さそうな岩に腰掛けて上着を脱いだりして身体中を確認した。


 汚れ防止の指輪のお陰か撒き散らされた体液などはどこにも付いていなかった。

 地味に凄い指輪だったので帰ったらいくらぐらいで売ってくれるかライベルマイトさんに聞いてみようと思う。


「いくら汚れないからって言ってもお風呂には入りなさいよ」


 魔王コオロギをマジックバッグに入れ終わったのかひかりが隣に腰掛けてきた。


「その手があったか!」


 この指輪をしている限り体が汚れない、という事は風呂にも入る必要は無いということで、正直またあの銭湯に行くのは少し億劫だったのでこの汚れ防止指輪に出会えたことはラッキーだったな。


「へー、そっかー。私と一緒にお風呂入りたくないんだー」


 これ見よがしに胸元を指でクイッと引っ張り、わざとらしく手で扇ぐ仕草をしながら「はぁ~……それにしても暑いわねぇ。汗かいちゃったからお風呂に入りたいわ~」などと言いながらこちらをチラチラと見てくるひかりさん。


「一緒に入りたいです!ごめんなさい!」


 汗の滴るおっぱい様には勝てなかったよ……


「よろしい」


 悪戯っぽく笑うひかりは凄く可愛くて先程の地獄絵図などどこ吹く風である。


「よーし、それじゃあ次、行ってみようかー!」


「おー!」


 ◇


 獲物を探し回ること数十分。

 僕たちの目の前に現れたのは大木と大木の間に巨大な蜘蛛の巣を張ったと思われる巨大蜘蛛だった。


「これはまたでかい蜘蛛ですね」


「ベヴィスパイダーね。ヘヴィスパイダーはもっと大きいわよ?」


 お尻だけでもボーリングの球ぐらいあるのにそれより更に大きいとなると……その先はあまり考えたくないな。


「あれじゃダメですかね?」


「ダメってことは無いと思うけど好物って訳でもないからヤモリ達がなつくかどうかは分からないわ」


「そうですか……」


 もう、魔王コウロギだけで良いんじゃないかな……


「それなら最低でもあと9匹は欲しいわね。じゃないと餌付け出来るかどうか不安だわ」


「そんなに……」


 あれをあと9回もやらなきゃいけないのか……

 そもそも1匹見つけるのにも大変だったのにそんな数を見つけるのにあと何日掛かる事やら……


「ヘヴィスパイダーなら一匹で済むわよ?」


「一匹で済むってことは相当な大きさってことでそんな怪物を僕が狩れると思いますか?」


「動きが遅いからなせるんなら余裕よ!」


「動きとか、それ以前にただデカイってだけでも僕には荷が重いんです!」


 その時見たひかりの顔は笑顔だったが、何故か言い知れぬ恐怖をその笑顔から感じ取って身震いした。


「い、い、か、ら、や、る、の」


「……はい」


 これからはぐだぐだ言うのはやめようと思いました。


 ◇


「デカァァァァァいッ!」


 説明不要!


「急に叫ばないでよ! ビックリするじゃない!」


「いや、あれ、まじ、でか」


「なせるん落ち着きなさい。ただデカイだけの蜘蛛よ」


 熊か象ぐらいの大きさの蜘蛛が我が物顔で地面をゆったりと歩いていた。


 あんなの、どうしろって言うんだよ!?


「さあ、なせるん! 狩りの時間よ!」


「せめて弱点とかアドバイスをくださいよ!」


 え~、みたいな顔しないでください。


 流石に無策で手を出そうものならどんなことになってしまうか……想像もしたくない。


「とりあえず足を斬っとけば良いんじゃないかしら?」


「そんな適当な……」


「ねぇ、なせるん。私が生物の効率的な殺し方を知っていたら嫌でしょ? 私も嫌よ。そんなこと知りたくもないわ」


 ぐうの音も出ません。

 ひかりには豊穣とか平和系が似合ってると思います。


「そうそう、だって私は……いえ、それよりも狩りを頑張りましょう」


 何か言い淀んだ気がしたが今は目の前のことに集中しよう。


 とりあえず動きはゆっくりなので一気に足を斬り落とせばなんとかなるはず。

 深呼吸して心を落ち着かせ眼の前の目標をじっくりと観察する。

 やはりゆったりゆっくり歩いているだけで隙だらけのように感じる。

 これならなんとかなるかな?


「行きます!」


 鞘から刀を抜きダッ! と駆け出し一気に距離を詰める。


 幸いこちらにはまだ気が付いていない様子なので後ろ足から前足までの右片側、四足を斬り落として動きを止める。


「はあっ!」


 一足目は難なく斬り落とせた。


「であっ!」


 二足目は蜘蛛が気付いてこちらの攻撃を避けようと足を動かしたので擦り傷程度しか与えられなかった。


「はああっ!」


 それでもなんとか蜘蛛の動きに合わせて三足目を斬り落とし、バランスを崩したところを狙って二足目も斬り落とした。


「シュウウウウウウウウウッ!」


 蜘蛛の唸り声のような音を聞いてビビってしまったがすぐに気を取り直して四足目の前足に斬り掛かろうとした瞬間、蜘蛛のお尻から白い糸が出て来て大木の太い木の枝にくっ付けた。

 逃げ出すのかと思ったがくっ付けた木の枝を折って僕の方へと飛ばして来た。


「うわっ!」


 咄嗟に回避したのだが左脇腹に当たってしまい内臓が飛び出しそうになる。


「あっ、あぁぁ、いってえええっっっ!」


 傷口を押さえて悶絶してしまい、その隙を狙われ更に木の枝で頭を殴打された。


「あがっ!?」


 地面に倒れ込み痛みで気を失いそうになる。


「ぁ……くっ……」


 痛い、痛い、死ぬ、死ぬ、また死ぬ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、死にたくない、死にたくない、死にた……


 突然、身体が暖かくなり痛みが消え心が安らいで行く。

 それはすごく心地が良かった。


「なせるんごめんね。あとで何でもしてあげるから今は頑張って!」


 ひかりが何かしたみたいだが今はそれどころじゃない。


 蜘蛛が糸に付けた太い木の枝を僕に向けて鞭のようにして殴りつけて来るのをなんとかかわし、何故か手に持ったままだった妖刀で蜘蛛の糸を出している尻を輪切りにする。


「ピイイイイイイイイッ!」


 蜘蛛が痛みで悲鳴を上げ、もがき苦しんでいるのを無視して頭を一刀両断し絶命させた。

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