第18話

 暗闇。


 そこには何も無く、ただただ暗闇だけが拡がっていた。


 僕は死んだのか……


 暗闇で自分の体すら見る事も出来ず、体を動かそうと思っても五感の全てが無くなっているようだ。


 何も無い。


 ここが死後の世界というのなら、まだ何かあるだろう地獄の方がマシとさえ思ってしまう。

 

 いや、何も無い訳でも無いのか。


 僕にはまだ自意識がある。


 自意識があるというのなら僕はまだ生きている。


 生きているのなら……


 ◇


「おお、勇者よ! 死んでしまうとは情けない……」


 どこかで聞いたようなセリフが聞こえてきて目を覚ました。


 上体を起こして声の聞こえた方へと顔を向ける。


 やけに扇情的せんじょうてきな修道服を身に纏った神様が両手を組んで祈るようなポーズを取っている。


 神様が神に祈るとはこれ如何いかに?


「何をしているんですか、神様?」


「パーティが全滅したので教会で復活ごっこよ」


「全滅……」


 そうか……


 やはり神様が死んだのも僕が潰されて死んだのも夢ではなく現実に起こった事だったのか……


「僕たちドラゴンにやられましたけど、何故生きてるんです? 神の奇跡とやらですか?」


「奇跡というよりは加護ね。なせるんは私と結婚したことで、そんじょそこらの加護なんかよりも超強力な神の加護を得て、死ぬような目に遭っても死ねない体になってるの」


「死ねないって……? それって不死身ってことですか!?」


「不死身では無いけど、ほぼそんな感じね。普通の人のような死に方は出来ないし、老いも神域レベルで遅いし、精神も若いままでいられるし、で良いこと尽くめよ」


 えぇ……


 そんな重大なことをあっさり言われても……

 たしかに不老不死とかには憧れてはいたけど死ぬような目にあったばかりで流石に喜べないよ……


「なせるんは、私と一緒に永遠を生きるのは嫌?」


 しおらしく神様がそう呟くと何か期待するような目で僕を見てくる。


 そういうのは卑怯じゃないかな……


「永遠……は分かりませんが少なくとも普通の人間が生きられる100年ぐらいは好きで居られると思います」


「そう。じゃあ100年経った後もなせるんに好きで居てもらえるように頑張るわ!」


「ふふっ、神様はポジティブですね」


「神様だもの。ネガティヴになんかなったら世界が滅ぶわよ?」


「さらっと怖いこと言わないでくださいよ神様……」


 この神様をネガティヴにする方法は皆目、見当もつかないけど、あまり悲しむようなことだけは出来るだけしないようにしようっと。


「ねえ、なせるん。そろそろ神ちゃんって呼んで欲しいのだけど……」


「あー、そういえば今は二人きりでしたね……神様って単語に慣れてるので中々呼び辛くて……」


「じゃあ、人名っぽいあだ名でも良いわよ?」


「人名、ですか?」


 天照大神みたいな感じのかな?


「そうねぇ、例えば、天ちゃんとか祈ちゃんとか碧ちゃんとか遥ちゃんとかがオススメね」


 顎に人差し指を当て、首を傾げながら、どこかで聞いたことがあるような名前を挙げていたが深くは突っ込まないでおこう。


「そうですね。僕にネーミングセンスというものは無いのですけど、なんとなく神様の性格は太陽神か豊穣神っぽい感じなのでひーちゃんかひかちゃんが良いと思います」


 たーちゃんだとどこかの密林の王者っぽいのでやめておいた。


「ひーちゃん……ねえ?」


「あっ……」


 マズイ……完璧に無意識だった……


「ふふふ、なせる君が一番好きな声優さんと同じあだ名を付けてくれるなんて、私すごく嬉しいわ! そのあだ名で良くってよ!」


「あああ! 無意識で決めてたんです! 許してくださいいい!」


「大丈夫よ、なせるん! お日様とか陽の光から来てるのは分かっているわ。そうね。名付けるなら日野光、ううん……八肝ひかり、ヒカリ・ヤキモってところかしら?」


 うう、我ながらここまで声オタ脳だったとは……


 というか僕の苗字を名乗るってことは神様が嫁ぐ感じなんですね……


「今日から私は八肝ひかりよ! 今後、神様って呼ぶの禁止だから。ひーちゃんって呼ぶように!良いわね?」


「ああもう、分かりましたよ! ……ひーちゃん」


 顔が沸騰しそうなぐらい熱くなっているのを感じる。


 クツクツと神様が笑いって、あー、心の中でも神様呼びはダメなのだろうか?


「ええ、もちろん。ひーちゃん、もしくはひかりちゃん。あるいはひかりと呼び捨てでも構わないけど神様呼びは今後一切禁止でゲソ!」


「やめて! もう神様呼びしませんから! 声も真似ようとしなくていいですって!」


「あー、あー、ん、うん。こんな感じで良いかしら?」


 さっきまで声真似レベルだったのに今では完璧に本人だよ……ぐへへ、可愛いなぁ。


「もう好きにしてください……」


「ふふふ、これでなせるんは私の事を嫌いになることは無いわね」


「それって卑怯じゃないですか?」


「なせるんが私のことを少しでも好きになってくれる可能性があるのなら何でもするわよ?」


「……これ以上好きにさせてどうする気ですか、ひーちゃん」


「えへへ、なせるん大好き」


 体をもじもじさせながら上目遣いで世界一大好きな声でそんなことを言われたら僕の理性が吹っ飛んでしまいますよ。


 落ち着け、落ち着け、というか僕達は何をしていたんだっけ?


「ドラゴンの捕獲ね」


「そうですよ! ドラゴン! というかここどこですか? 教会には見えませんけど?」


 そう言って辺りを見渡すと、ビターオレンジ色の岩を削って出来た洞窟ホテルって感じの、海外旅行で一度は泊まってみたくなるような雰囲気の部屋に居るようだ。


 ん、洞窟……?


「流石、なせるん。察しが良いわね! そう、ここはドラゴンの巣、その客間よ!」


「な、なんだってー!?」


「話はすべて聞かせてもらった!」


 ガチャッっとお約束が如く、唐突に部屋の扉を開けられ一人の青年が現れた。


「この星は滅亡する!」


「な、なんだってー!! どいうことなんだキバヤシ!?」


「む、俺はキバヤシなんていう名前では無い。ライベルマイトだ」


「そこは乗っときなさいよ」


 ぽかーんと一人呆けている僕を置いてけぼりにして、唐突にM○Rごっこを仕出した二人。


 というか、この人、誰?


「ああ、紹介するわ。この人はライベルマイト。一応ドラゴンよ」


「へ?」


「ライベルマイトだ。よろしく! それと一応は余計だ。まあ確かに雑種も雑種、ではあるがれっきとしたエンシェントドラゴン、古龍種だ」


 な、何を言ってるのか分からねえがとにかくドラゴンだということは分かった。

 よし、とりあえず隙を見て逃げよう!


「逃げなくて良いから、なせるんも自己紹介しなさい」


 くっ、逃げ道を潰された。


 しょうがないので自己紹介をしておく。


「八肝なせるです。職業は冒険者で趣味はアニメとゲーム、それと小動物を愛でることも。隣にいる神様、じゃなくてひかりさんとは先日、結婚して夫婦になったばかりの新婚です。勇者によく似てると言われますが人違いなので急に襲ったりしないでください。よろしくお願いします!」


 悪印象を与えないように深々とお辞儀をした。


 またぐちゃぐちゃに潰されて死ぬのはご免です……


「ははは、そんなに怯えなくても、襲ったりなんかしませんよ」


 優しい口調で少し苦笑いして僕に笑いかけるライベルマイトさん。


 よく見ると端整な顔立ちのイケメンドラゴンは赤茶色の紳士服にマントというどこの貴族かという出で立ちをしていた。


「それで、その、僕はどうすれば良いのでしょうか?」


 ひかりとライベルマイトが顔を見合わせて眉を上げる。


「それはもちろん、ドラゴン捕獲ですよ」

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