第17話
突然、背後から神様が僕に抱きついて来て、何事かと振り返って見たら、神様の背中から白くて大きな羽が生えてきて、それはまるで天使のようだった。
「天使って……なせるん、私、一応神なんだけど……」
「あ、いや、綺麗だな、と純粋にそう思っただけでして……」
「そ、ならいいわ。今から空飛ぶからしっかり口を閉じてなさいよ?」
「飛ぶって、ひゃぁっ!?」
言うが早いか、突然の浮遊感に驚いて変な声を上げてしまった。
「プークスクス、女の子みたいな声上げちゃって、なせるん可愛い」
くぅ、恥ずかしい……!
誰だって急に体が浮いたら変な声ぐらい出るでしょうが!
文句の一つでも言ってやろうと口を開けようとした瞬間、パンッという破裂音が聞こえ、それが音速を超えた音だと理解する前に意識を失った。
◇
目を覚まして最初に見たものは、美少女が唇を尖らせて今にもキスをせんとばかりに顔を近づけてくる、そんな夢のような場面だった。
「ムチュー」
神様に膝枕をされながら、蝶が花の蜜を吸うが如く、僕の唇は貪られ、それは目覚めのキスと言うにはあまりにもあんまりな、何の色気もへったくれもない残念なキスだった。
「ぷはっ! あ、起きたわね」
「……何してるんですか? 神様」
「えっとぉ……キスの練習ぅ? 的な?」
右手人差し指を、尖らせた唇に当て、あさっての方向を見て
別に良いんですけどね。
神様にキスされるのは正直なところ、すごく嬉しいですし。
だけど、もう少しだけ雰囲気とか情緒とか大事にしてほしいと思う訳ですよ?
「むぅ、キスって以外と難しいのね……」
「キスについては追々、練習していきましょう」
僕もキスが上手いとは言えない、というかこっちの世界に来るまでした事がなかった。
とりあえず彼女居ない歴=年齢について神様に突っ込まれる前にさっさと話題を変えよう。
「それで、ここはどこでしょうか?」
「ドラゴンの住処ね」
「え?」
今、なんと仰いましたか?
「ドラゴンの住処よ。まだ入り口付近だけどね」
「そ、そんなところで何のんきにキスしてるんですか!?」
「良いじゃない夫婦なんだし、いつどこでキスしようとも何も問題は無いわ」
「違う。そうじゃない」
ダメだ、この神様。早くなんとかしないと。
神様に呆れかえっていると密林の奥からグオーという地響きのような唸り声が聞こえて来て鳥たちが一斉に飛び去っていく。
「ひぃ!?」
「さあ、なせるん! 漢を見せる時が来たわ! 私も影ながら応援してあげるから頑張って来なさい!」
ムリムリムリ! あんな恐ろしい唸り声を聞いて立ち向かって行くなんて正気の沙汰じゃないよ……!
足がガクガク震えだし、今にも腰が砕けそうだ。
「大丈夫よ、なせるん! あなたにはこの私、神様が付いているのだから!」
手をぎゅっと握られ、僕になら必ず出来ると言わんばかりの自信に満ち溢れた瞳で神様に見つめられ、足の震えが止まった……
気がしたけどやっぱり怖いので無理です!
「いいから行くの! 後戻りなんてさせないわよ!」
「ひぃー! 自分で歩きますから、手を引っ張らないでぇ~!」
◇
(樹々が生い茂る密林の奥地でキーキー、ギャーギャーと動物の鳴き声かも分からない奇声音と共に、なせるん探検隊はドラゴン捕獲という偉業を成し遂げるため、道無き道を一歩、また一歩と、歩みを進めて行くのであった……)
なんちゃら探検隊みたいなナレーションをテレパシってくる神様は実に楽しそうな笑顔でずんずんと密林の奥へと進んでいく。
「変なナレーションしてないで、もっと真面目に警戒してくださいよ……」
「緊張してるなせるんをリラックスさせようっていう私の心遣いに感謝しなさい」
「科学技術が発展した何不自由も無い都会っ子の僕をこんな秘境に連れてきてくださり誠にありがとうございます」
「あら、そういう態度しちゃう? なせるんだけ置いて帰っちゃおうかしら……?」
「ごめんなさい。置いて行かないでください」
勝ち誇った、満足そうな笑顔の神様。
顔が可愛いだけに何故こんなにも残念な性格になってしまったのか。もっと優しい神様を想像しておけば良かったと心の中で嘆くばかりである。
(その心の嘆きもばっちり丸聞こえだったのである)
「心の中ぐらいは勘弁してください……」
(と、その時なせるんの背後に迫る謎の黒い影が!)
「ッ!?」
咄嗟に振り返ってみると、そこに居たのはぷるんぷるんと飛び跳ねながら移動するスライムだった。
「プーッ! クスクスクス。なせるんめちゃくちゃビビって、あー可笑しっ」
「ぐっ……がー!」
怒りの頂点に達した僕は神様に向かってポカポカパンチを繰り出した。
「きゃ~、なせるんに襲われるぅ~。アイタタ。ごめん、ごめんってば。もうしない、もうしないから許し、あぅっ」
「あ、違っ、わざとじゃないです!」
「なせるんのエッチ……」
うっかりたわわに実った神様の
「ふふふ、別に良いのよ。夫婦なんだし、ほら、今度はちゃんと触ってみて」
何を思ったか神様が胸を両腕で寄せて、これ見よがしに大きな山を見せつけてくる。
「あわ、あわわわ」
「ほらぁ、早くぅ~」
「や、やめてください!」
僕の腕を掴み、自分の胸へと触れさせようとしたので、慌てて振り払おうと神様の腕を引っ張ってしまい、バランスを崩してしまった神様に押し潰される形で、その場に倒れてしまった。
「イタタ、もう! 急に引っ張らないでよね!」
「んむー! んむー!」
ま、マシュマロが! マシュマロが顔に!
やわらかい! すごくやわらかい! すごい! すごくすごいです!
「あらぁ? やっぱり好きなんじゃない。今度からはもっと素直になりなさいよ? 私だって、その、なせるんにはもっと触れて欲しいし……ってなせるん?」
はわぁー、幸せだー、幸せ過ぎて息が出来ない。
「む、むぐ……」
我が生涯に一片の悔い無し……ガクッ。
「おわっと、なせるん大丈夫?」
「はぁー、はぁー、すー、はー……ふぅ、死ぬかと思いましたよ」
幸福な死というものがあるのならこういう事なのだろう。
「そう、そんなに良かったの……なせるんが望むなら、またしてあげるね?」
「いや、あの、はい……」
神様に性癖がバレてしまった……
うー、恥ずかしくて頭が沸騰しそうだよ……
◇
その後、何となく気まずくなって終始無言で密林の奥地へと進んで行くと、少し開けた場所にぽっかりと大きな穴の空いた洞窟に辿り着いた。いや、着いてしまった。
「さぁ、なせるん! ここがドラゴンの巣よ!」
「やっぱり、そうですよね……」
今にも何かが飛び出してきそうな暗い洞窟の入り口に尻込みしていると中から一際大きな唸り声が聞こえてきた。
「ひっ……!」
死の塊みたいな唸り声を聞き、身体全体が警鐘を鳴らし始めた。
「ご、ごめんなさい神様……これは無理です。うっ……」
恐慌状態に陥ってしまった僕の全身が地震かと思うほど震えてきて、冷や汗が止まらず、吐き気すら催してきて側から見たら顔面蒼白になってしまっていることだろう。
「あ、あら? そんなにダメだった? ああ、そんなにボロボロ泣いちゃって、ごめんごめん。神様、急過ぎた。もういいからね。帰りましょう。そんなに泣かないでよ。帰ったらイイコイイコしてあげるからね」
恐怖と情けなさと神様の優しさで感情が溢れて涙が止まらない。
こんなヘタレだったのか僕は……
止まらない涙を袖で拭っていると神様が本気トーンで話しかけてきた。
「ごめん、なせるん。少し遅かったみたい」
何のことを言っているのかパニックになっていた僕にも察しがついた。
身体が硬直する。
大きな羽ばたき音と共に咆哮をあげる複数の巨大なドラゴン達が上空を舞って僕たちを見ている。
美しく神々しささえ感じたその光景を見た僕は自分の死期を悟った。
「人間よ。何しに此処へ参られたか?」
死期を悟って走馬灯を見ていた僕は唐突にドラゴンに話しかけられて何が起きたのか分からず、間抜けた顔をドラゴン達に晒してしまう。
「あなた達を捕まえに来たのだけど、ここに居るなせる君が怖がちゃって今から帰るところよ」
何言ってる? ねぇ、何言ってるの? もっとオブラートに包もうよ!
あんな咆哮をあげてるからてっきり喋らない方のドラゴンを想像してたけど、会話が出来るなら何とか穏便に済ますことも出来たはずなのに……!
「ほう……捕まえに? しかし臆して帰るとはのう。だが我らと相対してこのまま帰るのは許さんぞ。人間」
ドスの効いた重低音の口調で静かに脅されてしまったよ……
もうダメだ……お終いだ……
「許されなくても良いから帰るわ。行きましょう、なせるん」
神様に手を引かれ、来た道を戻ろうとすると空から一体のドラゴンが目の前に降り立って道を塞いだ。
間近に迫った薄茶色の巨体、角も眼も口も牙も腕も脚も翼も何もかもが巨大なドラゴン。
遠くから見たらカッコよく見えるのだろうが目の前に立たれたら誰だって恐怖を感じるはずだ。
「お主、どこかで見かけたと思ったら勇者ではないか?」
話しかけてきたのは先ほどとは違うドラゴンだ。
突飛なことを聞かれて恐怖が少し和らぐ。
というかドラゴンにまで勇者が知れ渡っているのか……
自分が勇者だなんて言った日には何をやらされるか分かったものじゃないので、ここは正直に話しておこう。
「いえ、人違いです。勇者に似てるってよく言われますけどね」
「いいや。勇者であろう、一手合わせするまでは返さぬぞ」
何故そうなる!?
というかどっちにしても手詰まりじゃないか!
「本当に人違いなんです! 僕に戦う力なんてありませんよ!」
「そうか、では人違いかどうか試してみんとな」
次の瞬間、ドラゴンの大きくて硬い、丸太のような尻尾をもろに食らい、回転力も
「かはっ!?」
一瞬何が起きたのか分からず辛うじて意識を失うことは無かったが叩きつけられた衝撃で肺から一気に空気が吐き出されて息が出来なくなってしまう。
「う、くぅ……」
肺が押し潰されているのか息が出来ない……苦しい……痛い……
「はあ……はあ……くっ……」
体に力が入らない。
倒れたまま何とか呼吸を整えて顔だけをドラゴンの方へ向けると辺り一面、血の海に濡れていた。
「はっ……! はっ……!」
誰の血だ? 僕のじゃない。
ドラゴンの血か? 違う。
じゃあ誰の血だ? 違う違う。
そんな訳が無い。違う違う。
なら誰の血だ!? 違う! 違う! 違う!
「手加減したつもりだったのだがなぁ。小娘の方は耐えられんかったか。人間とは脆いのう」
ああ……
ああああ……
「ああああああああああっ!」
頭の中で何がか弾け飛んだ。
無理矢理、体を起こそうとして全身の筋肉がブチブチちぎれる感覚と骨がバキバキ折れる音が聞こえたが、そんなことはお構い無しに目の前にいる敵を殺そうとありったけの力を振り絞って突撃した。
「があああああああああ!」
「うるさい小僧だの。勇者でも無さそうだしお主もここで死ぬか?」
背中に衝撃を感じた時にはすでに地面に叩きつけられていた。
「がっ!? ……ぁぁ」
ひゅー、ひゅー、と口から空気が漏れて呼吸すらままならない状態にされてもなおドラゴンの尻尾を掴もうと手を伸ばす。
「まだ動くか人間。だがもう、終いだ」
再度、尻尾を振り下ろされ僕の体はぐちゃぐちゃに潰され、最後に見た光景は哀れむようなドラゴンの瞳だった。
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