第15話

 目が覚めた。


 知っている天井だ。


 天井からオシャレなランプが垂れ下がっているので、食堂で倒れたままだったみたいだな。

 僕が倒れてからさほど時間は経っていないのかもしれない。


 いつまでもこんな所で寝そべっている訳にもいかないので、起きようと体に力を入れようとしたが自由が効かなかった。

 

 いや、それどころか自分の意思とは無関係に体が勝手に動いていく。


 キョロキョロと何かを探しているように顔が動いた。


「はー、やっと起きましたか。あの程度の情報量で倒れるとは人というのはやわですね。ん? どうしました恩人様? ぐえぇ、やはり、食べる気になりましたか」


 アルラウネの妖精を鷲掴みにすると、キッチンに置いてある果物ナイフを持って自室に戻るようだ。


 まさか本当に食べる気じゃないよね?


 部屋へ戻る途中、起き出してきたシロニャさんにばったりと出くわしてしまった。


 体の自由を奪われ、勝手に動いている僕の体がシロニャさんに何か良からぬことをしだすんじゃ無いかとすごく心配だ。


 マズイぞ……非常にマズイ状況だ。


「あら、なせる君、今朝は早起きなのね。おはよ……? え? なせる君……? その妖精は……? ナ、ナイフなんて持ってどうする気なの!? ね、ねえ、なせる君、妖精さんが美味しいとは思えないんだけど……ねぇ、なせる君、聞いてる? ……ねぇってば……む、無視しないでぇ……うぅ……」


 あー! ごめんなさいシロニャさん! 体が勝手に動いているんです! 僕にはどうしようもないんです!


 幸い、危害を加える事は無かったが、シロニャさんをガン無視して泣かせてしまった。


 罪悪感が半端ないです。


 自室に戻ると、スライムが入ったタライが置いてある机の前で体が止まった。


「何をする気ですか恩人様? スライム……? ……はっ! ま、まさか!? 恩人様! スライムだけは! スライムだけはダメなのです! スライムなんかに食べられるぐらいなら干からびた方がまだマシなのですよ!」


 聞く耳持たず。


 鷲掴みにしていたアルラウネの妖精を、タライの中で大人しく眠っている、ように見える、真ん丸で透き通った水色のスライムの体に、右腕みぎうでの中でジタバタと暴れ狂うアルラウネの妖精を容赦無く突っ込んで食べさせた。


 って何してるの!?


「ひぃ! や、やめ、ああああ! んん…………ごぽっ! ……ズバビブごぼびび食べばべぶぼば……ぶべん……ごぽぽぽ……」


 スライムごときに食べられるとは無念、かな?


 にしてもむごい。


 徐々に溶かされ、消えて行くアルラウネの妖精を、体の自由を奪われている僕は目をそらすことも出来ずにまじまじと見せ付けられた。


 一生もののトラウマになったよ。


「ああ、そんな、なせる君が鬼畜外道に落ちてしまったわ……ああ、神様、私はどうしたら良いのでしょう……うぅ……」


 どう見てもサイコパスな行動の一部始終を見ていたシロニャさんに有らぬ誤解を与えてしまった。


 違います! 体が勝手にやっているんです! 僕の意思じゃ無いんですよ!


 そんな事を必死に思っていると次は果物ナイフを自分の手首に当て、切り裂いた。


「――っ!? なせる君ダメッ!」


 痛ッ! くない。


 痛覚も操られているのね。


 あー……ドバドバとスライムに垂らしてどうする気なのやら……


「うそ……いやぁ……嫌よ……どうしてこんな……こんなの、悪い夢だわ……」


 ドタっと倒れる音がしたのであまりのショックにシロニャさんが気絶したのだろう。


 僕にはどうしようも無いんです……


 透き通った水色の綺麗だったスライムが僕の血を大量に吸い取って真っ赤になってしまった。

 血を吸い取って体積も徐々に増えていき、タライから溢れ出そうなぐらいに大きくなっていた。


 僕の体のどこにこの量の血液があったのかは謎だ。


 失血死するとかそういうのは最早もはや、どうでも良くなっている。


 それよりもどんどんでかくなるスライムと、ドバドバと流れ出る血を見ているのが楽しくなってきてそっちに気が取られる。


 ランナーズハイとかそんな感じだな。


 スライムがバランスボールぐらいの大きさになると手首の傷が勝手に塞がり、血が止まった。


 ナイフを持ったまま体がシロニャさんの方へと向かう。


 まさか、シロニャさんにもあんなことさせる気か!?

 

 ま、待ってくれ! 僕はどうなっても良いからシロニャさんには――!


 気絶したままのシロニャさんの白くて細い指先を、針で刺す程度に切ると一滴分ぐらいの血を刃先に乗せ、血を取り終わると同時に傷が塞がった。


 シロニャさんの方へ向かった時は冷っとしたがこの程度で済んで良かったよ……


 体の自由が効かないというのはこれほど、もどかしい事なのかと痛感した。


 シロニャさんから取った血をスライムに垂らすと、グニャグニャとうごめき出して、徐々に人型になっていき、その途中、自分の体から何かがスーッと抜けていくような感じがした。


 それを切っ掛けに体の自由が戻ってきたようだ。


「うー……ダルい」


 立っているのも辛い、凄い倦怠感を感じてへなへなとその場にへたり込んだ。


 人型のスライムは段々と色白になっていき、容姿ようしもどこかで見たような感じになってきていた。


「神様……?」


 そう問い掛けた瞬間、目が見開きゴホゴホと咳き込むと、口からアルラウネの妖精とスライムを吐き出した。


「うへ~、気持ち悪ぅ~」


「神様……ですよね?」


 顔を伏せたまま、ニヤリと邪悪な笑みを浮かべると、思ってもみなかったことを喋り始めた。


「はーははっ! 我が神などと、よくも思えたものよな。我は魔王ぞ。良くぞ我を復活させてくれたな! 褒美をくれてやる。喜べ! 世界の半分を貴様にくれてやる! 有り難く思えよ?」


 魔王……だと!?


 嘘だ、こんな、こんな可愛い魔王が居てたまるか!


「ん~? どうした人間、世界の半分では不服か? はーはっはっ! 良し、ならば世界の全てを貴様にくれてやろう! 喜べ! 貴様も今日から魔王だ!」


 嘘だ、嘘だ嘘だ。

 それじゃあ、あの誓いは? 結婚の誓いも無かったことになるのか? 僕は騙されたのか……?


「ククク、クークックック、ふはーはっはっは! ウッソでーす! やーい、引っかかった、引っかかった! また騙されてやんの! ぷぷぷー、魔王な訳無いじゃない。神ジョークよ。赦しなさい。私は赦す。神だから」


 こいつ……もう許さん!


「お、お、やるか? 夫婦喧嘩なんて初めてだけど手加減しないわよ! シュッシュッ!」


 神様がシャドーボクシングを始めて僕を威嚇してくる。


 とりあえず話をしよう。


「そうだ、神様。夫婦喧嘩には作法があるんですよ? 先ず握手を交わして……」


「え? そうなの? なんか怪しいわね……」


「アニメで見た知識だけど夫婦円満の知恵らしいです」


「ふーん、そうなの。まあいいわ。握手握手」


「はい、握手」


 神様と握手を交わした僕がこらえ切れず、ニヤっと笑うと、僕がこれからしようとしていることに気づいたのかハッっとする神様。


 だがもう遅い。

 

 次の瞬間、神様の体を引き寄せてズキュゥゥゥンという効果音と共にキスを交わした。


 効果音を出したのは神様だけど。


「んっむ……はあー……さすがなせるん、私には想像もつかない事を平然とやってのけるんだから……」


 キスを終えると緊張が溶けたのか心臓がはち切れんばかりにバクバクと鳴り出した。


「いや、うん。平然では無かったけど、まだ誓いのキスをしていなかったなぁと思ってね」


「ふふふ、そうね。これでちゃんと夫婦になれたわね」


 神様も少し、顔が赤くなっているようだ。


 神様でも恥ずかしいとか思うことがあるのかな?


「でも効果音を出すのはやめて欲しいな……」


「え? ああいう場面ではズキュゥゥゥンって効果音を出すんじゃ無いの? なせるんが見てたアニメや漫画の知識で取り入れてみたんだけど」


「いや、まぁ、ああいう場面ではそうなんでしょうけどね」


 少し、天然が入っている神様には追々、空気の読み方というものを勉強してもらおう。


「ま、こっちでもよろしくね! 私の旦那様」


「あはは、こちらこそよろしくお願いします。神様」


 ◇


 シロニャさんが目を覚ましたので何が起きていたのか説明した。


 ちなみに神様が吐き出したスライムとアルラウネの妖精は水を張ったタライに寝かせてある。


「ごめんなさい。あなた達が何を言っているのか私には理解出来そうに無いわ」


「僕も理解出来てないことばかりなので大丈夫ですよ」


「もう、しょうがないわね」


 神様が手を叩くとシロニャさんが「あら?」っと言って机に倒れこむ。


「シロニャさん!? 何をしたんです神様!?」


「脳に直接、情報をぶっ込んでみただけよ」


「ぶっ込んでって、そんなことして大丈夫なんですか?」


「ダメだったら少し頭がパーになるだけよ。心配要らないわ」


「いや、パーになっちゃダメでしょ!」


「まあ、見てなさいよ」


「……ぅうん、あらあら、私ったらいつの間に寝てしまったのかしら?」


 数秒もしないうちにシロニャさんが起きた。

 良かったぁ……


 けど頭の方は無事だろうか?


「大丈夫、ですか?」


「うふふ、大丈夫よ。全て理解しました。神様、なせる君のことをよろしくお願いしますね。それにクロニャのことも」


「ええ、この神に全て任せなさい!」


 どうやらシロニャさんがパーになることは無かったみたいだけど僕だけ置いてきぼり感あってやだなぁ。


「大丈夫よ。すぐに分かるわ」


 神様だからだろうか、その表情は自信に満ちあふれていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る