第13話

 勇者の姿に戻ってしまい、慌てて風呂屋を後にした僕たちは、急いでシロネコ亭へと向かった。


「よく考えたらクロニャと一緒のところを見られたから宿に押し掛けてくるんじゃない?」


「あ……でもお婆ちゃんが止めてくれると思うから……いや、うーん……それでも来る人は来るだろうなあ……」


「そうだよなぁ……」


 どうしようかと思ったけどすぐに閃いた。


「クロニャは先に戻っててよ。僕はラケルさんの所に向かおうと思うんだ」


「え、じゃあ私も一緒に……って私も一緒じゃなせるくんの正体がバレちゃうか」


「そういうこと」


 何を言わなくても察してくれたクロニャは最初に出会った頃よりも大人びて見えた。


 女の子は恋をすると変わると聞くがクロニャもそうなのだろうか?


 成長するのは良いことだけど、クロニャにはゆっくりと成長して行って欲しいな。


 脱線した。


 それよりも今は自分の体だ。


 とりあえず、ラケルさんに人体偽装薬を貰ってその後、勇者の見た目でも普通に村の人達と接する方法を考えないと。


 いつまでもラケルさんに頼ってられないし薬代としてマッドサイエンスな要求をされたりするかもしれないし、まだ借金も返せてない。


「じゃ、行って来るよ」


「気をつけてね。またキスされたら嫌だよ?」


「キスって……気をつけます」


 僕のガードがゆるゆるなのは認めるけど、そう何度もされないでしょ。


 手を振ってクロニャと別れた僕はラケルさんが居るはずの診療所へと向かった。


 ◇


「ラケルさんいますか?」


 扉を叩いてラケルさんを呼ぶ。


 しばらく待つとラケルさんが出て来て、バスタオルぐるぐる巻きの僕の格好を見てビックリしたようだ。


「うわっ!? なせる君かい!? 何だい、その格好は?」


「薬の効果が切れちゃいまして」


「あー、それでか。とりあえず中入りな」


「お邪魔します」


 中に入ると何だかよく分からないピンク色の煙やらゴポゴポと泡が吹き出しているフラスコやらが見えた。


 マッドサイエンス中らしい。


「それで、顔を見せてくれるかな?」


「あ、はい」


 巻き付けてあったバスタオルを取るとラケルさんがまじまじと僕の顔を覗き込む。


「ふむふむ。完璧に元に戻ってるね」


「はい……それでもう一度、薬を貰おうと思いましてここに来ました」


「なるほど、なるほど」


 顎に手を当て、何か良からぬ事を考えているようで、ニヤニヤとラケルさんが悪い笑顔を見せた。


「あー、薬を持って来るのでベッドに座って待っててよ」


「はい……」


 とりあえず薬は貰えるようだけどあの笑顔にどんな思惑があるのか考えると気が重くなるな。


 変な事をされそうになったらすぐに逃げよう。

 そうしよう。


「はい、どうぞ」


 と手渡された薬は前回、口移しされた物とは明らかに色が違っていた。


 ショッキングピンクな液体が小瓶の中でグニャグニャと渦巻いていた。


「あの、これは?」


「改良してみたんだけど、どうかな?」


 どうかなって……どう見てもヤバイ奴やん……


「何故にピンク?」


「可愛いかなって」


 さすがマッドサイエンティスト。

 僕には考え付かないような所に手を加えて来たね。


 というか薬に可愛さを求めてどうするんだ……?


「えっと……副作用とかは?」


「無いよ」


 あからさまに目を逸らされたんですけど!?


「飲んでも死にませんよね?」


「ああ、そういうのじゃ無いから大丈夫よ。グイッと行っちゃってね」


「グイッて……」


 飲む人の事も考えてくださいよ……もう。


「あの、前回の薬は?」


「無いよ。良いから飲んで」


 即答……


 絶対あるはずだけど、何が何でもこの毒薬にしか見えない薬を飲ませたいらしい。


「でも……」


「あ、口移しが良いの? なら「結構です」」


 クロニャにも釘を刺されているので口移しは二度としない。


「ブーブー! 少しぐらい良いじゃない」


 ブーブー言いながらほっぺたを膨らませる怒り方はこの世界では習慣みたいになっているのかもしれないな。


 いや、この村限定なのかもしれないが。


 とりあえず不意打ちで口移ししてくる可能性もあるので警戒しておこう……


「とにかくこれは飲めま「ああ?」……す」


 ラケルさんはたまに怖いんだよ。


 ドスのきいた声を出されるとせっかくの美人が台無しなんだよなぁ。


 もう、飲みますよ。

 飲めば良いんでしょ、飲めば。


「ふー……行きます!」


 覚悟を決めてグイッと一気に飲み干した。


 味は特に甘くも苦くも無かった。


「なせる君やるぅー!」


「これで死んだら化けて出ますからね」


「大丈夫! 大丈夫! 死んだりはしないって言ったでしょ?」


「どうだか……」


 薬が効くまで数分待っていると視界がぼんやりとして来た。


 それに何だか顔が、いや、身体中が火照って来てる。


「ラケルさん、お酒、入れましたか?」


「お酒は入れて無いわよ」


「でも、何だか、酔っぱらっている、みたい、です……」


 頭がぼーっとしてきて、世界がピンク色に見えてきた。


「ムフフ、効いて来たみたいね」


 ムフフって……でも、まあ、いいか……


 それよりも、ラケルさんって、凄く可愛いなぁ……


「なせる君は私の事どう思ってる?」


「どうって……凄く美人で可愛いと思います」


「うんうん! そうかそうか。完璧にキマったわね!」


 決まった……? 頭がぼんやりする。


 ラケルさんが可愛い。


 ラケルさんともっと仲良くなりたい。


「なせる君って本当、無防備よね。まあ、そこが可愛いとこでもあるんだけどね」


 ラケルさんが喋っている姿は可愛いなあ。


 ラケルさんに抱き着きたい。


「ん? どうしたのなせる君? きゃ!? 急に抱き着くなんて、もう、甘えん坊さんなんだから……えへ、えへ、ぐへへへへ」


 ラケルさんが笑っている。


 可愛い。


 もっとラケルさんに近付きたい。


 キスしたい。


「キスしたいの? 良いよ。なせる君のしたい事、全部、お姉さんが受け止めてあげる……ムチュー」


「ちょっと待ったー!」


 大きな音を立てて扉を開けて入って来たのは黒髪のよく似合う凄く可愛い女の子だった。


 可愛い子……

 そうだ、クロニャだ。


「あ、あら~、クロニャちゃんじゃない、急にどうしたの?」


「どうしたもこうしたも! 心配になって来てみれば案の定なせるくんに変な事をして!」


「変な事って何よ! 私は少し惚れ易くするお薬を飲ませただけで後は全部なせる君の意思よ!」


「な、な、なんて物を飲ませて!? なせるくんしっかりして!」


「ふふーん! しっかりしても何も、これはなせる君の本心から思ってる事をしているだけだからどうにも、ってあれ? なせる君どこに行くの?」


 クロニャ可愛い。


 クロニャが好き。


 クロニャが大好き。


 クロニャが欲しい。


 クロニャクロニャクロニャクロニャクロニャクロニャクロニャクロニャクロニャクロニャッ!


「キャ!? なせるくん急に抱き着くなんて、んむっ!? んーんー! ぷはっ! なせるくん落ちついてよ! 嬉しいけど、こんなのなせるくんじゃ無いよ! いやっ! 服を引っ張らないで!」


「ありゃー、暴走してるわ。こーらなせる君、嫌がる子に無理矢理は良く無いぞ」


 誰だ、僕の邪魔をするのは?


 羽交い締めされたらクロニャの服が脱がせないじゃないか。


 離せ!


「なせる君少し落ち着こうか。ってちょっと暴れないで、キャ! 痛! お尻ぶつけちゃったじゃないよー!」


 ん? ラケルさんじゃないか。


 可愛い。


 欲しい。


 いただきます。


「あ、なせる君? 目が怖いよ? ちょ、ちょっと落ち着こうよ! ね? あ、ダメ、顔を近付けないで!んむっ!?」


 ラケルさんラケルさんラケルさん!


「なせるくん落ちついて! あうっ……」


 邪魔をするな。


「ぷはっ! あへっあへへっ……ごめんねクロニャちゃん、薬、効きすぎたみたい。クロニャちゃんは逃げて……んむっ!? んー!? んー!?」


「ラケルさん! うー、なせるくんどうして……」


 もっとだ! もっと欲しい! ラケルさんの全てが欲しい!


「はぁ、はぁ……あん! お姉さんをひん剥いてどうする気って、まあ、そういう事よね……お姉さん、実は初めてだったりするから優しくしてね?」


 ラケルさんの綺麗な形に整った大きな胸に手が吸い込まれて行く。


 あともう少しで触れられるというところでまたしても邪魔が入る。


「この手を離せ、僕は今からラケルさんと一つになるんだ」


 自分の腕を掴んだ者の顔を見ると、凄く悲しい顔をして泣いている女の子がそこには居た。


「なせるくん……こんなの嫌だよ……」


「クロニャ……」


「私はなせるくんの事が大好きです。だけど今のなせるくんはすごく怖くて嫌だけど、どうしてもと言うのなら私の全てをなせるくんに捧げます」


 クロニャが自ら服を脱ぎ捨て一糸纏わぬ姿になる。


「こんな形になっちゃったけど、なせるくんの初めては全部、私が貰う約束だったからね」


 自分のすべてを差し出すように、両手を前に広げて、涙を流しながらクロニャが微笑んだ。


「来て、なせるくん」


「う、ぐ、うああああ!」

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