第12話

 お風呂セットの桶を胸元に抱えて、下半身丸出しのクロニャが入って来た。


 アニメや漫画ならここで謎の光や濃い湯気で見えなくなるところだろうけども、魔法が存在するこの異世界でも、そのような都合の良い物は現れてはくれなかった。


 慌てて目を逸らした。


 息子がムクムクと起き上がるのを織田信長のスカートを捲り上げているコラージュ画像を思い出して必死に耐える。


 八肝なせるはクールにシャワーを浴びるぜ。

 あ、使い方が分からないんだった。


「あ、なせるくん見っけ。やっぱりシャワーの使い方聞いて無かったんだね」


 と言いながらクロニャが近寄って来たのでタオルで下半身を隠した。


「どうしたの? なせるくん」


「いや、どうしたもこうしたも……ここ、混浴だったんだね」


「混浴?って何?」


 混浴という意味を分かっていない様子で首を傾げるクロニャ。


 異世界では混浴が常識なのだろうか?

 だとすると、脱衣所が男女別なのが謎だ。


 着替えを見られるのは恥ずかしいのかもしれないな。

 異世界の文化はまだまだ分からないことばかりだ。


「えっと、男女一緒に入ることを混浴って言うんだけど、僕の居た国では混浴はあるんだけど、普通は男女で別々のお風呂に入るんだよ」


「へー、そうなんだ」


「こっちの世界ではそういうの無いの?」


「聞いたこと無いよ。お風呂はみんなで一緒に入る場所だもん」


「そ、そっか」


 やっぱり混浴が普通だったか。


 クロニャはまだしもシロニャさんやラケルさんと一緒に入ることになったら理性が保ちそうにないな。


 一緒に入った時のことを想像してしまい、息子がタオルを持ち上げようと頑張り出した。


 いかん、いかん。信長、信長っと。


「じゃあ、シャワーの使い方教えるね」


 シャワーヘッドのホースを繋ぐ所に風呂桶に入っていた水色の石、てっきりかかとの角質を削るための石だと思っていた魔石を嵌め込むことで水が流れるみたいだ。


 これだと水しか出て来ないんじゃ、と思ったけど丁度良いお湯が流れ出てきた。


 何故お湯が出て来るのか聞いてみたらシャワーヘッドの中に赤い魔石が入っているらしく、それでお湯が出るみたいだ。


 他にも色々な工夫がされているみたいだけどクロニャもそれほど詳しい訳では無いのでシャワーヘッドの仕組みの質問責めはそこで終わった。


「なせるくんって細かいことが気になるタイプ?」


「いや、珍しかったから、つい」


「なせるくんの元居た世界にシャワーは無かったの?」


「あるにはあるけど、魔石とか、魔法がそもそも存在しない、物語とかにしか出てこない世界だったから、こういう魔道具とか見ると興奮しちゃうんだ」


「ほへー、じゃあ、他にも分からないことがあったら聞いてよ。知ってることならなんでも教えてあげるから」


「ありがとう。そうするよ」



 体を洗っているとクロニャが背中を流そうとしてきたので断ったら「じゃあ私の背中を洗ってよ」と言うのでそれも断ったら「ぶーぶー! なせるくんの恥ずかしがり屋!」と罵倒なのかなんなのか分からない文句を頬を膨らませて言われた。


 母娘そろって怒り方が可愛いのはきっと遺伝だろうな。


 頭を洗っている最中、目を瞑っているのでその隙に断った腹いせなのか脇腹をくすぐってきた。


 そのどさくさに僕の股間辺りを触ろうとして来たけどすべて阻止した。


 体を寄せて来たクロニャが僕の背中に二つの柔らかい物体をくっ付けてきた気がするけど気にしないように信長コラを想像し続けた。


 体を洗い終わったのでお風呂に向かう。


 クロニャは僕にちょっかいを掛けてた分、遅れて体を洗い出したので僕だけだ。


 色々な種類の風呂に期待して行ってみるとどう考えてもこの風呂を作った奴は狂っていると思われる風呂の数々に落胆した。


「何なんだ、この風呂屋は……」


 まず目に付いたのはマグマの様に煮えたぎる風呂。

 入ったら死ぬだろ。

 唐辛子風呂だったとしても酷い目にあうのは想像に難くない。


 次に電気風呂。

 正確には電気どじょう風呂。


 その名の通り、風呂の中でどじょうがひしめき合って時折バチバチと青白い光がほとばしっていた。

 入る勇気は無いよ。


 その他にもヤバそうな風呂ばかりで入れそうなお風呂が薬草風呂とスライム風呂の二択だった。

 この銭湯は普通にお湯を沸かすだけじゃダメだったの?


 薬草風呂はドロドロの青汁でカメムシの臭いを凝縮したかのような臭いがしている。


 健康には良さそうだけど色と臭いが体に着きそうで嫌だな。


 スライム風呂はスライムだらけの風呂だ。

 お湯は無色透明なのでここが一番風呂らしい風呂だった。


 シャワーだけ浴びて出て行くことも出来たけどスライムがぷにぷにしてて気持ち良さそうだったのでスライム風呂に入ることにした。


 スライム達を踏まないように気を付けて入る。


「あ~、生き返る~」


 お湯の温度は丁度良いし、スライムはぷにぷにしてて気持ち良いし、これはハマりそうだな。


「ふぅ~、気持ち良いね、なせるくん」


「あ~、そうだね」


 目を瞑ってスライム風呂を堪能しているとクロニャが隣に入って来た。

 目は瞑ったままなので見てないよ。


「ねえ、なせるくん。私、なせるくんの事が好きだよ……」


 唐突に告られたので内心ビックリした。


 目を開けてクロニャの顔を見る。


 水に濡れた黒髪が顔に張り付いていつもより艶かしい。


「なせるくんは私のこと好き?」


 少し震えた声でそう聞いて来た。


「……好きだよ」


 人生で初めて女の子に告白して、自分の心臓がドキドキと早鐘を打ち出し始めた。


「そっか。ならいいや」


 何か納得した感じで目を瞑るクロニャ。


 うれしい! とか、良かった~っとかそういう感じを想像していたけど、素っ気無い態度だったので何かミスったかと心配してしまう。


 ならいいや、とはどういうことなんだろうか?


 クロニャに聞こうと声をかけようとした瞬間、引き戸がガラガラと開けられる音がしたのでその音に釣られて見てみると複数の女性陣達がガヤガヤと入って来た。


「な、なせるくん。顔が、顔が勇者に戻って来てるよ!」


「え!?」


 お湯に映った自分の顔を見ると波立っていて見辛いが確かに戻って来ている感じがした。


「ど、どうしよう!?」


「えっと、えっと、うーん。諦める?」


「そんな~!」


 こんなことになるならタオルか風呂桶を持って来れば良かったよ……


「おや、今日は先客が居るみたいだね」


「ありゃシロニャんとこの娘かね」


「ほうじゃほうじゃ」


「隣に居るんは……勇者様!?」


 ああ、バレた……


 くぅ~、しょうがないし潔く諦めるか。


「勇者様じゃ! ほんに勇者様じゃ!」


「キャー! 勇者様〜! こっち向いて~!」


「勇者様と一緒にお風呂に入れるなんて感動だわ」


「ゆうしゃしゃま! ゆうしゃしゃま! キャッキャッ」


「勇者様と一緒にお風呂なんて、うー、恥ずかしい……」


 騒ぎを聞いて脱衣所から更にぞろぞろと人が溢れて来る。


 やっぱり怖いです。

 早く逃げなければ。


 というか女性しか入って来ない。

 男性は風呂嫌いなのか? 今、来られても困るけどさ。


「なせるくん、出るよ!」


「あ、ああ。出よう!」


 と思って立ち上がると全裸だった事を忘れていた。


 慌てて股間を手で隠す。


「恥ずかしいよ、クロニャ……」


「そんなこと言ってる場合じゃないでしょ! 私の後ろに隠れてれば大丈夫だから!」


 うー、クロニャがすごくカッコ良く見えて惚れ直しそうだ。


 クロニャのお嫁さんになるのも悪くないかもな。

 とかナヨナヨしたことを考えているとクロニャに手を引かれた。


「行くよ!」


「ちょっまっ」


 中央突破で進軍して行くクロニャに手を引かれながら脱衣所へと向かう。


 まあ、このまま見逃してくれる訳も無いと思うんだけど。


「待って勇者様! もう少し入りましょうよ」


「そうよそうよ! クロニャちゃんだけずるいよ!」


「ほうじゃのう。わたしゃも勇者殿と風呂に浸かりたいのう」


「あ~ん、勇者さま~ん。お背中お流し致しますわ~!」


「勇者様……カワイイ……」


「ああ、これが勇者様の裸体なのね……素晴らしいわ」


「あの、あの、お身体触っても良いですか?」


「あ、ずるい私も!」


「うちも! うちも!」


 キャーキャーと大騒ぎになり揉みくちゃにされる。


 幼女から老女まであらゆる世代に押し潰されて息苦しい。


 もちろん風呂場なのでみんな裸だ。


 天国と地獄とはまさにこのことだろう。


 あらゆる大きさ、柔らかさの山を顔に押し付けられ、そのどさくさに紛れて身体中を触られて頂点に達してしまう。


「むーむー! っ!? んっー!」


 うー、やってしまった……

 こっちの世界に来てからは一度もして無かったので耐えられ無かったよ……

 ごめんクロニャ、もうお嫁に行けないよ……


「きゃっ」


「おやまあ、若いねぇ」


「ああ、これが勇者様の……ぺろ」


「わ、私も勇者様の欲しい!」


「ゆうしゃさまおふろでおしっこしちゃダメだよ?」


「こらっ!まだ見ちゃダメよ!」


「んっんっ……勇者様勇者様っ!」


「おい! こんなとこで始めんな!」


 僕が致してしまったせいか女性陣達もにわかに色めき立っていた。


「むー! なせるくんこっち!」


 惚けているとクロニャが女性陣の隙間から手を伸ばしていた。

 その手を取ると引きずり出されて脱衣所へと逃げ出した。


「あーん、待ってー! 勇者様ー!」


「勇者様行かないでー!」


「勇者様お待ちになってくださいまし!」


「勇者様勇者様勇者様っ!」


「あたしももう少し若けりゃ勇者の子供を産めたんだけどねぇ」


「ほほほっ。ほうじゃのう。わしも若けりゃのぅ……」


「勇者様の子供! 産みたいですわ!」


「勇者様の子供……欲しい」


「ゆうしゃさまのこどもわたしもほしい」


「もう少し大きくなってからね」



 脱衣所に着くと濡れた体も拭かずに急いで服を着た。


 バスタオルを顔に巻き付き隠して脱衣所を出て行く。


 そのまま店を出ようとすると番頭のお婆ちゃんに止められた。


 そのすぐ後に表側から脱衣所に向かったクロニャが事情を説明してくれたので納得してくれた。


「勇者に似てるというのも大変じゃのう。わしも勇者様似の顔を見てみたいがしょうがないしのう。ほれ、さっさとお逃げ。後はわしが騒がんよう皆をちゃあんと躾けておくけぇ、また来てらっしゃいねえ?」


「お婆ちゃんありがとう!」


「ありがとうございます! 必ずまた来ます!」


 お辞儀をして手を振りながら風呂屋を後にした。

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