第11話

 突然、バタンッと大きな物が倒れた音がして、慌ててそちらに振り向くと部屋の扉と一緒にシロニャさんも倒れていた。


「あらあら、大変。せっかく二人とも良い雰囲気だったのにごめんなさいね。直ぐに扉、直しちゃうから、二人はそのまま続けてて良いわよ。うふふ」


 呆気に取られて思考停止中の僕たちを他所にテキパキと扉を直していくシロニャさんをただ見ているだけしか出来なかった。


「ふぅ……それじゃお母さん、孫の名前を考えておくから、二人は元気な赤ちゃんをお願いね」


 華麗な手捌きで扉を直し終わるとシロニャさんはそそくさと部屋から退散して行った。

 というか、孫って……それで良いんですか、シロニャさん……


「……じゃあ、なせるくん。続きしよっか」


「え、なんだって?」


 あれ、おかしいな、聞こえてたはずなのに理解出来なかったぞ。


「ん、この状況ならお母さんの邪魔も入らないからチャンスだよ」


「いやいやいや、冷静過ぎだよ!? 普通、親にエッチなところを見られたらもっとあたふたするでしょ!?」


「大丈夫! むしろ、さっきよりも興奮してる!」


 あー、見られると興奮するタイプだったかぁ……


 とりあえず落ち着かせないと。


「そ、そうだクロニャ、ご飯で呼びに来たんだろ? 冷めないうちに「そんなのどうでもいい! 一緒に気持ち良くなろう?」食べに……」


 ダメでした。


 押しに弱いのは僕の悪い癖。


 なんて考えてる場合じゃない。

 とにかくこの場から逃げなければ。


「と、とりあえず、降りてくれない? このままだと動け無いしさ」


「このままで大丈夫。私がなせるくんを気持ち良くさせてあげるから」


 ダメだこいつ……早くなんとかしないと……


 無理矢理どかそうとクロニャの肩を掴もうとすると、クロニャが謎パワーで僕の両手を僕の頭の上に片手だけで押さえつけて見せた。


「え? え? どうなってるの? 動けないんだけど!?」


「これね、お母さんに教えてもらった護身術なんだ。本当に使う日が来るとは思わなかったよ。えへへ」


 そう言いながら僕のズボンの紐を残った片手だけで器用に解いていく。


「やめろクロニャ、これ以上は本当に洒落にならない」


「大丈夫だよ、なせるくん。誰だって最初は怖いものなんだよ。だから天井のシミを数えてると良いってカップルのお客さんが言ってたよ」


 クロニャの前でなんてこと言ってやがるんだ!


 そのカップル許さない。

 絶対に許さない。


 ってヤバイヤバイヤバイ。


「本当、ヤバイって! ズボンを脱がそうとするな! あー!パンツはダメだから!やめてー!」


「なせるくん大人しくしてよ! 元居た世界じゃ大人なんでしょ! 足バタバタされると脱がせゴフッ!」


 パンツに手を掛けようとした瞬間、丸い物体が飛んで来てクロニャの顔にぶつかった。


「えっ?」


 飛んで来た丸い物体を確認するとスライムがベッドの上でプルプルしていた。


 どこか誇らし気に見えなくも無い。


 そんなことよりもクロニャ!


「クロニャ! 大丈夫……みたいだな」


「大丈夫だけど……痛い」


 クロニャがスライムがぶつかった所をさすって確かめている。赤くはなってないので大丈夫だろう。


 スライムの方を見て人差し指でツンツン突いて襲って来ないか確かめてみる。


 ぷるんぷるんするだけで大人しいものだ。


 クロニャもスライムを触って、襲って来ないか確かめるがプルプルするだけだった。


「何だったんだろう?」


「虫でも飛んでたのかな?」


 とりあえずズボンを履き直して、机に置いていたタライにスライムを戻し、クロニャの方へ振り返ると顔を真っ赤にして俯いていた。


「どうかした?」


「あっ、う、うん。少し冷静になったら凄く恥ずかしくなって来ちゃった……」


「あぁ……うん……」


「……」

「……」


 気まずい。


「えーっと、お腹空いたし、ご飯食べに行こうか?」


「そ、そうだね! そうしよう! 私も、お腹ぺこぺこだよ!」


 部屋から出るとシロニャさんが逃げようとあたふたしていた。


 まったく、好奇心旺盛な所とか本当に良く似た親娘である。


「どうしても気になっちゃって。ごめんなさい……」


 しゅんとしてるシロニャさんも本当可愛いなぁもう。


 見惚れているとクロニャに背中を小突かれた。


「お母さんのこと好きになっても良いけどなせるくんの初めては全部、私が貰うからね」


 ボソッとそんなことを呟くのでビクッとした。


 クロニャってかなりの肉食系女子だったのか……


 というか自分の母親を好きになっても良い宣言もどうなの……?

 もしかしてこっちの世界だと普通なことなのかな?


 いや、この母娘が少しズレてると思いたい。

 もし、そういう世界だった場合、僕のメンタルが持たないよ……


 ◇


 ご飯を食べ終わるとお風呂に入って来なさいと言われた。

 異世界にもお風呂文化はあるんだね。


 どうやら一週間に一、ニ度入るみたいでそれ以外の日はタオルで拭くだけらしい。


 着替えとお風呂代の300ダルクを持たされてクロニャと一緒に入りに行くことになった。


 風呂屋の外観は日本の銭湯とあまり変わらなかった。


 違いは瓦屋根じゃ無かったり煙突が無かったりするぐらいだろうか。


 人がお湯に浸かっている風呂の絵が描かれた暖簾(のれん)をくぐると古き良き時代の銭湯の内装そのものだった。


 番頭のお婆ちゃんにお金を渡すとお風呂セット(風呂桶の中にタオルなどが入っている)を渡され、男女で脱衣所が別れているのでクロニャにあれこれと銭湯の使い方を教えられたけど元居た世界と変わらない様なので途中から聴き流して脱衣所に向かった。


 脱衣所も想像通りだったので逆さに置いてある籠に脱いだ服を入れてお風呂セットを持ち、風呂場へと向かう。


 曇りガラスの引き戸を開けると、かなり広い風呂場だったのでテンションが上がった。


 色々な種類のお風呂にサウナ室っぽい所もあって風呂嫌いの僕でも気分が高揚してくる。


 他に利用者も居なさそうなので泳ぐのもありだな。


 とりあえずシャワーを浴びて汚れを落とそうと思い椅子に座る。


 違和感。


 鏡はある。

 正確には金属板、反射率はそれなりである。

 それはいい。


 石鹸もシャンプーもリンスも備え付けてある。

 科学力は昭和中期ぐらいはありそうだ。

 それもいいだろう。


 シャワーが問題だ。


 まずホースが付いて無い。

 シャワーヘッドだけだ。


 手に持ってみた。何も起きない。

 振ってみた。何も起きない。

 捻ってみた。何も起きない。


 うーん? どうしたら良いものか。


 まあ、最悪、掛け湯で流せば良いかと諦めかけた時、ガラガラガラと引き戸が開く音がして他の客が来たかなと思い自分が入って来た引き戸を見ると開いていなかった。


 おかしいなと辺りを見回すと右側にも引き戸があり、そこには真っ裸のクロニャが居た。

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