第6話

 掃除を終わらせて一息ついた後、僕がどうやってこの世界に来たのか、元の世界ははどんなところだったのか、などなど色々と話をした。


「うーん、にわかには信じられないけど、勇者召喚……召喚魔法? それとも転移魔法かしら? でも異世界に行けるような魔法でも無いし、そもそも勇者物語の中にしか出てこない魔法のはずだからありえないのよね」


 お手上げのポーズをとって首を横に振るラケルさん。


 というか召喚魔法とか転移魔法って……やっぱりこの世界には魔法があるんですか!? あるんですね! 期待しちゃうなぁ、もう!


「ま、私は魔法についてそれほど詳しい訳でもないし、王都にでも行く機会があったら大図書館に行って調べてみなさいな。もしかしたら何か手掛かりでも見つけられるかもしれないわね」


 魔女っぽい見た目とは裏腹に魔法には詳しくないのか……ちょっと残念。


「わ、私はなせるくんが勇者さまだと思う。いつも遊びに行ってる森の中で、気付いたらなせるくんが宙に浮いていたのを見たもん。それに魔物に襲われた時なせるくんが守ってくれて、気付いたら村の入り口に居たからなせるくんには特別な力があると思う。だからなせるくんは勇者さまだと思う!」


 クロニャが目をキラキラ輝かせながら興奮気味に語る。

 確かに襲われた後、どうやって逃げ出せたのかさっぱり覚えていないので特別な力はあるのかもしれない。まあ、もう一度、あのような危機的状況になってまで確認したいとは思わないけどね。


「シロニャさんはどう思います?」


 真剣な面持ちで話しを聞いてくれていたシロニャさんにも問いかけてみた。


「私はなせる君が勇者でも異世界の人でもそれ以外だったとしてもクロニャを助けてくれた恩人だし、それにもう実の息子のように感じているからどこにも行ってほしくないわ」


 うう、シロニャさん……

 まだ出会って間もないというのにそこまで思ってくれているのか……

 

 ただ、一瞬、シロニャさんの目つきがおかしい感じがしたけどたぶん気のせいだろう。


「とりあえず、なせる君の元居た世界のお話しはこれ以上考えても答えは出ないのでこれからの話しをしましょうか」


 ラケルさんの言うとおり、これ以上は考えてても仕方無いのでこれからは先のことを考えた方が良いだろう。

 この先ずっと、シロニャさんに迷惑を掛ける訳にもいかないしね。


「それで、まあ、なせる君には二つの道があります」


「二つの道ですか?」


「そう。まず一つ目は、冒険者となって色々なクエストを受けて日銭を稼ぐこと。色んなクエストを受けていく中で自分に合った仕事も見つかると思うからそのまま定職に着くのも良いわね」


「で、二つ目は私のじょしゅ――」


「一つ目の冒険者になります」


「まだ途中までしか言ってないじゃない! 最後までちゃんと聞きなさいよ!」


「いえ、聞かずとも分かりますので」


 このマッドサイエンティストの助手にでもなろうものなら命がいくつあっても足りやしないだろう。

 君子、危うきに近寄らずなのである。


「そっか……」


 急に表情が暗くなり、物凄くガッカリした様子のラケルさんに少しだけ罪悪感みたいな気持ちが芽生える。


 いや、でも、ここで断っておかないと後々、大変なことになりかねない。

 自分の身は自分で守らないと……


「せっかく私とイイコトさせてあげようと思っていたのに残念だなぁ。でも、しょうがないわよね。なせる君は私にイイコトされるのが怖いんだものね? あ~ぁ、男の子の体の一部が硬くなる薬とか、女の子のアレがトロトロになる薬とか、気持ち良くなれること色々考えてたのになあ。それに、イケナイコトだってさせてあげるつもりだったのになぁ……はぁ、本当に残念だわ……」


 くっ、卑怯だぞ……!


 イイコトとかイケナイコトとか体の一部が硬くなる薬? 女の子のアレがトロトロになる薬? ナニをする気だったのかすごく気になるじゃないか!

 くそぅ、くそぅ、そんなこと言われたら、言われたら……!


「あれ!? お母さん! なせるくんのアソコが大っきくなってる! なせるくん今、女の子なのに!」

「あらあら、まあまあ、どんな姿になってもなせる君は男の子ってことなのかしら。うふふ」


 クロニャとシロニャさんがひそひそと、僕の股間部辺りを見つめながら聞こえないように喋っているみたいだけど全部丸聞こえだった。

 さり気なく手で股間を隠しながら、赤くなっているであろう顔をあさっての方向へと向けた。

 そんなに見られると、恥ずかしいです……


「おや~、なせる君、急に前屈みになってもじもじしちゃって、どうしちゃったのかにゃ~? お姉さんに聞かせて欲しいな~? ほらほら~」


 ラケルさんがニヤニヤといやらしい顔で僕の股間部を覗き見ようとしてくる。


 この人はデリカシーというものが一切、無いらしい。


 というか、そんなに顔を近づけられるとヤバイです。色んな意味で。


「フフフ、まぁいいわ。それよりもなせる君、見た目がだんだん男の子になってきてるわよ。やっぱり私の唾液が原因っぽいわね」


 手鏡でもう一度自分の顔を見てみると髪が短くなって元の世界の中学生時代の自分になっていた。


「おー! 女の子の体は違和感があったけどやっぱり自分の体だとしっくりくる。若返っているから余計に調子がいいや」


 手をグーパーしてみたり立ち上がってストレッチして自分の体の感触を確かめてみた。


「ふーむふむ。それがなせる君、本来の姿なのね。勇者の姿と比べたらなんだけど、こっちも可愛い顔ね」


 ラケルさんが品定めするように僕の全身を見てくる。この人はいちいち距離が近いのでその度にドキドキさせられる。


「うーん、私は勇者さまの姿の方が良いなぁ。今のなせるくんは何だか弟って感じがしていじめたくなっちゃう」


 何それ怖い。クロニャの目が獲物を狩る目になってるんだけど! Sっ気出ちゃってるんだけど! というか見た目的に年上のはずなんだけど弟って……というかクロニャっていくつぐらいなの?


「こーら、なせる君をいじめるなんてダメよ。それにどんな姿になってもなせる君はなせる君なんだから。見た目よりも中身が大事よ?」


 シロニャさん……

 シロニャさんに出会えて本当に良かった。


「まー、とりあえず晩御飯の前にギルド登録してきちゃいなさいな」


「ギルド登録……」


 ギルド登録するには冒険者ギルドに行く。

 ということは外に行く。


 外。


 億劫だなあ……


 しょげた顔をしていると「私も付いて行ってあげるから」とラケルさんが言うのでお願いするとクロニャも「私も付いて行く」と言うのでそちらもお願いした。


 シロニャさんも行きたそうにしているので誘ってみたが「うー、行きたいけど晩御飯の用意が~」とのことなのでラケルさんとクロニャと三人で冒険者ギルドに行く事にした。


 ◇


 外に出るとちらほらと勇者探しをしている人達がまだ残っているようだった。


 勇者探しをしている人達とすれ違いざまに目線が合い、ビクッっと反応してしまう。

 目線の合ったいかにも冒険者、なおじさんは何も反応が無いまま通り過ぎていったのでラケルさんの作った人体偽装薬さまさまである。

 まだ、ちょっと怖いけど。


 そういえば薬の効果っていつまで続くのだろうか? ラケルさんに質問してみた。


「薬の効果っていつまで続くんですか?」


「そーねぇ……いつまでかしら?」


「なん……だと!?」


 素っ頓狂な表情で適当な返事が返ってきた。


 この人、本当に医者なのか?

 医者の皮をかぶったマッドサイエンティストなんじゃないのか?


「まあ、良いじゃない。その体が元の世界の体なんでしょ? もし戻れなかったとしても何も問題は無いわよね?」


「それは、そうですけど……」


 ぐぬぬ……何も言えねぇ。


「えー! なせるくん、もう勇者さまの姿に戻れないの!?」


「しー! しー! 声が大きいよ!」


「あ、ごめん……」


 勇者という単語で周りに居た人達が血走った目でこちらを向いた……怖いわ!

 そそくさとその場から離れて足早に冒険者ギルドへと向かった。

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