第2話

「っ!? ハァ! ハァッ! ゴホッゲッホ!」


 あ……れ? ここは……?


 知らない天井が見える……確かでっかい犬に襲われて、それから……それから……あの子は!?


「タスケ……なきゃ!」


 あの子、あの女の子、たしかクロニャと言ったあの女の子を助けなきゃ!


 身を起こそうとして胸の辺りが重く感じ、見てみると、そこには黒髪が綺麗な女の子、クロニャが僕の胸を枕にして眠っていた。


「おや、起きたかい」


 声のした方向へ顔を向けると、そこには魔女のような、医者のような出で立ちの、一見すると老けてるようで、よく見ると若い女性が座っていた。


「ここは……?」


 少し冷静になって辺りをキョロキョロと見渡してみる。


 草やキノコ、あとは謎の物体Xが部屋中にぶら下がってる。

 大きな棚や机などには大小様々な薬品と思われる瓶などが置かれていて、部屋はそれほど広くないみたいだ。


 独特な匂いがただよってはいるが、いでいると心が落ち着いていく気がする。


 クロニャは相変わらず僕の体を枕にして眠っていた。


「ここは村で唯一の診療所さね。そして、あんたは記念すべき私の初めての患者さ」


 「ケヒヒ」なんて笑うから、ねりにねられて美味しくいただかれそうだ。


「あの、僕はどうなって……いや、それよりもこの子は無事、なんですか?」


「ああ、無事なんてもんじゃない。傷一つない健康優良体さね。新薬の被験体にしたいぐらいさ」


 僕がいぶかしんだ目を向けると「冗談さ」と言ってはみたものの「惜しいねえ」と小さく呟いていたのを聞き逃さなかった。


 彼女はたぶんマッドサイエンティストに違いない。


「それで、あんたはどうして村の入り口でズタボロになってその子を抱えていたんだい?」


「それは……この子を庇って犬に襲われたところまでは覚えているんですけど、その後の記憶が無い、みたいですね……」


「……そうかい」


 顎に手を当てて何かを考えている様子だ。


 嘘は言ってないんだけどな……


「まあ、その辺は置いておくとして、あんた、金は持ってるかい? 荷物なんかは何も持っていないようだけど、治療費はしっかりいただくからね」


 治療費……


 たしかにあんな酷い目にあったというのに、今じゃ全快したみたいに調子が良いし、むしろ、前よりも体が軽い気がする。


 正直なところ、命の恩人に不義理はしたく無いので治療費は払いたい。

 払いたいが、モンスターが跳梁跋扈ちょうりょうばっこするようなファンタジー世界に来たばかりなので所持金は無い。


 どう言いつくろっても無い袖は振れないので、ここは正直に話そう。


「すみません……お金、持ってません……」


 お金が無いことを正直に言うと、命の恩人様は悪そうな表情でニヤつき始めた。


「いやー、困った、困った。これは困ったね。そうかい。そうかい。無一文じゃあ、仕方ないね。仕方ないからあんたの体で払って貰おうか!」


 命の恩人様はすっごいドヤ顔でそう言った。


「か、体って……え、えっちな――」


「エッチなことでは無い!」


 最後まで言い終わる前に否定されてしまったよ……

 ちょっと残念だ。


「いや、まあ、私好みの顔ではあるが今回は違う」


 今回は、ということは次があるんですか!? その辺を詳しくっ!


「君には、私の作った新薬を試させてもらう! というかもう試した! ちゃんと成功したので何も問題は無いはずだ。副作用も無いはずだ。……たぶん」


「な、なんだってー!?」


「ん……んぅ……?」


 話しは全て聞かせてもらったとばかりにクロニャが目を覚ましたようだ。


 二人して大声を出していたので起こしてしまったな。


 ちなみに今は膝枕をしてあげている。


「ゆぅ、しゃさま……ぅぅん……んっ……勇者さま!」

「ぐふっ!」


 目覚めている僕に気が付くと、心配していたのか強く抱き締められて首が締まった。

 嬉しいけど苦しいです。


「勇者さま! 勇者さま! 勇者さま!」


 余程心配だったのか更に力強く抱き締められてしまい、このままだと首が折れそうなので一旦落ち着かせねば。


「も、もう大丈夫だから、は、離して」

「あ! ご、ごめんなさい……」


 危うく落ちるところだった。

 恋には落ちている気がするが……いや、落ち着け、落ち着け。

 僕はロリコンではないはずだ……


「良かったー、本当に治ったんだね」


「だから言ったでしょ~、私に掛かればお茶の子さいさいよ!」


 二人が笑い合う。

 それに釣られて僕も笑う。

 これが俗に言う幸せスパイラルという奴ではなかろうか?


「じゃあ、とりあえず、残りの治療費は、どこかで働いて返してちょうだいね」


「え、新薬を使ったので治療費はそれでチャラなのでは?」


「バッカねえ、そんなに甘く無いわよ。割と貴重なアイテム使ってんだから、新薬のテストぐらいじゃ全然足りないわよ」


 さっきとは口調や雰囲気が全然違うがこっちが素なのだろうか?


「それとも、もっとヤバいヤツ試してみる? あんたの身体、文字通り心身共にどうなってもいいならチャラにしてあげてもいいけど……?」


「全力でお断りします!」


「あら、そう。残念ね」


 「なんだったら夜の……」という呟きが聞こえた気がしたが、これは僕の妄想だろう。

 溜まってるってやつなのかな? それじゃあしょうがないな、うん、良くない、良くないぞ、自分!


「それじゃあ、そろそろ仕事に戻るから、あんたたちも家に帰んな。親御さんも心配してるだろうしね」


 そう言って薬の調合をし始めた恩人、そういえばまだ、名前も知らなかったこと思い出し「名前? 私はラケルだよ。八肝なせるとクロニャか、まあ覚えておくよ」と自己紹介とお礼を言って診療所を後にした。

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