第3話

「勇者さまのお家ってどこにあるの?」


 そういえば、そうか……

 この世界に帰る家なんてどこにも無いぞ……?

 ど、どうしよう? お金も持ってないし、元の世界のお金を持ってたとしても使えないだろうし、ここは正直に話して良い案が無いか聞いてみるか。


「うーん、この世界には無いからどうしようか困ってるんだ……お金も無いし……」


 「何か良い案が無いか?」と言おうとしてクロニャが先に提案してくれた。


「じゃあ、うちに来なよ! うち宿屋だから部屋いーっぱいあるし一緒に住めるようにお願いしてあげる!」

「本当か? いや、でも……」


 いたいけな少女の実家でひも生活……

 はたから見たら結構、情けないんじゃなかろうか?

 元の世界では引きニートだったこともあり、ひも生活には若干の憧れを抱いてはいたけども、実際になれそうになった今、真面目に考えてみると情けなさ過ぎて気分が落ち込む……


 が、そんな気分なんかより、この世界で野宿することを考えると、またあの犬のようなものに襲われる可能性もあるので、今はプライドなんかよりも安全を優先したほうが身のためだと思う。

 見えを張って殺されるかもしれないという恐怖に耐えるよりも、くだらないプライドなんかをその辺の犬に食わせてやって安心安全を得る方が何百倍もマシだ。


 ……怖いものは怖いんだ。もう二度とあの恐怖は味わいたくは無い。

 なので丁寧ていねいにお願いした。


「それではよろしくお願い致します」


「やったー!」


 少女に深々と頭を下げる成人男性がそこには居た。


 僕だった。


 ◇


 夕方頃に宿屋に着いた。


 昼寝をしている最中にこちらに来たのでたぶん5〜6時間は経っていると思う。

 診療所で何日も寝ていた感じでは無かったし、たぶんそのぐらいだろう。

 よく分からんけども。


「お母さん、ただいまー!」


「あら、クロニャ、お帰りなさい。もう大丈夫そうね」


「うん! それでね、勇者さまをうちで暮らさせて欲しいんだけど……良いよね? お金も帰る家も無くて困ってるんだって!」


 クロニャのお母さんはかなりの美人さんだった。

 それよりもクロニャ、そこまではっきり言われると心に刺さるものがある。

 事実だけども! 事実だけどもっ!


「そうねえ……どうしようかしら?」


 こちらをちらりと見たので「ど、どうも」と少しどもりながらも会釈えしゃくをした。


 こういう場面で気の利いた挨拶でも出来たら良かったのだけど、長年の引きこもりニート生活のおかげで人見知りスキルとコミュニケーション障害スキルをカウンターストップさせているのでどうしようも出来ない。


 辛うじて、引きつっていたであろう、笑顔を作れたのは良かったと思う。


「ちゃんと面倒を見るからお願いー! お願いー!」


 捨て猫を拾って来て、親に飼っても良いかおねだりする子供みたいだな……

 捨て猫は僕のようだけど……


「うふふ、冗談よ。勇者様だもの、こちらからお願いしたいくらいだわ」


「やったー!」


「こんなボロ宿ですが、よろしくお願いしますね。勇者様」


 母親にまで勇者認定されている……そこまで勇者に似てるのか?

 だけどここできっちり訂正ていせいしておかないと後々、魔王討伐なんてものに駆り出され兼ねない。

 そんなことにでもなったら命がいくつあっても足りはしないだろう。

 というか死ぬ。確実に殺される。


 とりあえず魔王が居ない世界であることを祈ろう。


 どっちにしても、はっきりと勇者ではないことは伝えておこう。

 それで泊まれなくなったとしても誠心誠意お願いして、馬小屋ぐらいには泊めさせてもらおう。

 クロニャの母親は見た感じ「あらあら、うふふ」な、17才ぐらいで年齢がストップしてるお姉さん系の優しそうな感じの人なのできっと大丈夫だろう。


「あ、あのう、僕は、勇者ではないのですが、それでも良かったら馬小屋にでも泊めさせてもらえると嬉しいです……」


「あらあら? でも勇者様で無くても、娘を助けてくれた恩人に馬小屋ではあんまりだわ」


「そうだよ! それに魔物から私を守ってくれた勇者さまは、勇者さまじゃなかったとしても、私だけの勇者さまなの!」


「うふふ、そうね。部屋も余っていることだし、なんだったらうちの子になってもらっても良いわね」


「もう、お母さんったら誘うの早過ぎだよ」


「あら、私がお父さんと出会った瞬間にはもう結婚の約束までしたものよ」


「私が頑張るからお母さんは見守っててよ!」


「えー、お母さんも頑張りたい〜!」


 えーと、これは一体どういう状況なんだろう?


「あの~、とりあえず僕はどうすれば良いでしょうか……?」


 僕の声に気付いて二人が恥ずかしそうにあたふたしている。


「そ、そうね。とりあえず部屋に案内するわ。クロニャはその間、店番をお願いね」


「えー、私が案内する〜!」


「クロニャが出来ないこともあるから、もう少し大きくなってからね」


「ブーブー!」


「うふふ。じゃあ、お願いね」


 ふて腐れたクロニャを置いて部屋へ向かう途中、クロニャのお母さんが足を止めた。


「あら、そういえば自己紹介がまだだったわね。私はこのシロネコ亭を営んでおります、シロニャと言います。この度は娘、クロニャを助けていただき本当にありがとうございました」


 そう言って深々とお辞儀をすると白くて綺麗な長髪がサラサラと垂れてそれがまた綺麗で顔を上げると素敵な笑顔を見せてくれた。


 それに見惚れてしまっていた僕も慌ててお辞儀をして自己紹介をする。


「ど、どうも、八肝ヤキモなせると言います! この度はクロニャさんをご無事に守らさせて頂きまして、ありがとうございました! しばらくの間、こちらに住まわせて頂きたいのですが、その間、ご迷惑をお掛けすることもあるかと思われますので、僕にお手伝い出来ることがあれば何でも言ってください! よろしくお願い致します!」


 緊張と焦りでしどろもどろになりながらも何とか挨拶を済ませる。

 変なことを口走っていないことを祈ろう。


 「あらあら、そんなに気を使わなくても自分の家だと思ってくれて良いのよ。それといつまでもここに住んでもらって良いからね」


 そこには全てを癒してくれそうな微笑みを浮かべる女神が居た。


 ◇


 この世界に来て初めての朝を迎えた。


 もしかしたら、寝て起きたら現実に戻るのではないか、と少しだけ思ってはいたが目が覚めて最初に見た天井は知らない天井だった。


 昨日は部屋に案内された後、ボロボロになった服を脱がされて、体に巻かれた包帯を解いてもらい、背中の傷が完全に塞がっていることを確認した後、お湯に浸したタオルで全身を隈無くまなく拭き取られてしまった。


 拒否権は無かった。

 緊張で立たなかったのは不幸中の幸いだったのだろうか……?

 我が分身よ、不甲斐無し。


 その後は、着替えや消化に良さそうな軽い夕食を渡されて、シロニャさんが部屋を出た後、クロニャが様子を見に来て一緒に夕飯を食べた。


 それから少しクロニャと話しをした後、自分の部屋へと戻って行ったので、手持ち無沙汰になった僕は、とりあえず部屋に何があるのか、タンスや机の引き出しを開けてみると、金属を磨いて作ったのだろう、手鏡を見つけた。


 その手鏡には絶世の美少年、ともすれば美少女、が映っていたのでビックリして、後ろを振り向いたが誰も居らず、もう一度、手鏡を見つめて、それが自分自身だということに気付くまで10分くらい掛かった気がする。

 実際には10秒も掛かってはいないが。

 見た感じは14、15才ぐらいだと思う。クロニャと同い年か少し上だろうか。


 何故シロニャさんが僕の事を子供扱いしていたのか? それは正しく、僕自身が子供になっていたからだった。

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