第1話

「もしかして……勇者さま?」


 そうか、ここはまだ夢なのか、明晰夢(めいせきむ)ってやつだ。


 夢を夢として認識出来て、体も自由に動かせる状態。前に一度だけ超リアルな夢を見たことがあるし、間違いないな。


 一人で納得していると黒髪の紅い瞳をした少女が、もう一度話しかけてきた。


「あの……勇者さま……」


 先程よりも声がか細くなっていて、もごもごと自信なさげに話す様子を見ていると、なんだか物凄く愛おしくなってきてしまった。


 ロリコンじゃないよ。本当だよ。


 とか考えながら少女の頭を撫でてみたりしてみた。

 夢だし良いよね? 本当、ちょっとだけだから……


「……本当に勇者さまなんだ」


 少し俯(うつむ)いて照れ笑いしている少女の、はにかんだ顔を見て、さらに抱き付きたくなる衝動が湧き上がり、それを必死に抑えて僕は、少女に抱き付いていた。


 な、何を言っているのか分からないと思うが、僕も何をしているのか分からなかった。

 欲望とか煩悩とかじゃ断じて無い。

 もっと本能的な根源的ものを感じたぜ。


「ゆ、ゆうしゃ、さま、く、くるし」

「うわあっ! ご、ごめん! 可愛かったからつい……」


 直ぐに少女から体を離して土下座しました。


「だ、大丈夫です! 勇者さまに頭を撫でてもらえて、さらに抱き着いてもらえるなんてすごく嬉しいです!」


 少女は顔を赤くして、天使の笑顔でそう言ってくれた。

 ああ、夢なら覚めないでくれ。


「えーっと、そうだ! 君の名前は?」


「クロニャと言います」


「クロニャちゃんか、僕は八肝なせる。よろしくね」


 自然な感じの笑顔で自己紹介出来たはず。


 長年の引きこもり生活でぎこちなくなってたりしないよね?


 夢の中ならコミュ障は発揮されないはず。

 たぶん。


「やきも、なせる……?」


 あれ、やっぱり顔、変だったかな?


「あ、あの……勇者さまのお名前はシュテルンダルクさまではないのですか?」


 シュテルンダルク? 誰だそれ? それにさっきからこの子、僕のこと勇者って呼んでるけど僕が勇者だったら外に行って働いている人たちは勇者以上の勇者、英雄じゃなかろうか?


「いや、違うよ。それに僕は勇者じゃないよ」


 そう言うと少女は悲しそうな、ガッカリしたような表情になって、俯(うつむ)きながら、もごもごと「だって」とか「でも」とか小さく呟き出してしまった。


 何か期待させてしまったようで申し訳なくなってくる……


 ああ、そんな暗い顔をしないでおくれよ……


「でも! でもでも! 物語や絵本に出てくる勇者さまとそっくりだもん! 絶対勇者さまだもん!」


 吹っ切れた様子でそう言いながらも、だんだんと目に涙が溜まっていき、今にも泣き出しそうだ。


 少女を泣かせている自分は極悪人なのではなかろうか? そんな気がしてきた。


 「いや……でも……」となんと言ったら良いか分からず、あたふたしていると、いつの間にか犬のようなものに囲まれていたことに気が付いた。


「……犬?」

「ひっ!? 何で、こんなところに……ぅぅっ」


 まあ、犬だったとしても野犬は怖いし、やけに図体もでかいし、これって結構ヤバイ状況なんじゃなかろうか?


 犬といえば親戚が飼っていたシベリアン・ハスキーがすごくモフモフしてたっけ、モフモフは良いよね。

 うちの猫も割とモフモフしてるけど、大きさ的に枕に出来ないから、やっぱり大型犬のモフモフした犬が欲しかったな。

 枕といえば今使ってる低反発枕が潰れてきていて、そろそろ新しいのに変えようかなっと思ってたんだけど、なかなか良いのが見つからなくて――


「助けて勇者さまっ! 死にたくないっ!」


 現実逃避で走馬灯に流されていて、気が付いた時には犬たちが一斉に襲いかかって来ていた。


 僕は考えるよりも先に身体が動いていて、少女を庇うように抱き締めていた。


 次の瞬間、背中に衝撃が襲った。


 熱した鉄パイプで殴られるような、押し付けられるような、そんな感触を背中全体で感じた。

 けど、まぁ、あまり痛みは感じな――


「イギッ!?」


 痛ってぇぇぇ!?


 どうして痛いの!? これ、夢じゃな、イタイいたい痛い痛い痛い! あああああ! 痛い死ぬしぬ、イキが、息ができな、痛いイタイ、苦しいクルシイくるし――


 そこで僕の意識は途絶えた。

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