第18話 三人衆

龍興たつおきが退室していった。利三は平伏したまま、ひと月半前の雷鳴の夜に争闘した相手・稲葉良通いなばよしみちが目の前にいること、そして自分にとってその男がしゅうととなるとわかったことから受けた衝撃の波動がまだ頭の中でうごめいているような気に襲われていた。


 その後、龍興から「飛騨ひだ」と呼ばれた重臣、長井道利みちとし日根野弘就ひねのひろなりの3人も退室していった。


 稲葉良通が、利三、父・利賢としかたの方へ声を掛けた。

「お二人とも、平伏はもうやめて、おもてを上げられては。我らには、そこまでの気遣いは無用ですぞ。利三殿は、この良通の義理の息子となる身でもあるゆえ。」

 良通がほほえみながら、こちらを見ている。口元のしわが波打っているように見える。


 利三も父も顔を上げた。


 良通が、大広間に残った2人の重臣について、利三たちに紹介した。

 良通の隣に座っているのが安藤伊賀守守就いがのかみもりなりであり、その安藤の隣に座っているのが氏家直元うじいえなおもとだという。この3人は、やはり、西美濃三人衆だったのだ。


「殿は、今、ご覧になったように年少であり、まだ国主としての自覚もない。我らが支えていかなければならん現状です。」

 良通が苦笑いをしながら言った。


「まったくだ。この謁見えっけんの前にも女性にょしょうしゃくをさせ、んでから来られたようだ。義龍よしたつ様がおられた頃は、叱責しっせきされるのを恐れて、しおらしくされていたが、自分が国主になったとたんに酒に女にと好き放題されておる。あの若さでな。」

 氏家直元が、憂慮する表情で利三たちを見ながら言った。


「飛騨守が殿を骨抜きにしておるのよ。先ほど、お主らから見て一番奥に座っておった斎藤飛騨守ひだのかみだ。奴が自分の娘を殿に献上した。殿は、その娘に惚れ込み、あのような醜態しゅうたいをさらしておられる。美濃の将来が思いやられるわ。」

 安藤守就が、飛騨守の座っていたところをにらむようにして見つめながら言った。


 利三が、龍興に謁見して感じたことも、この西美濃三人衆と同じだった。

(あれが、美濃一国の国主か・・・。)ということである。


 美濃は、木曽三川きそさんせんと呼ばれる長良川ながらがわ木曽川きそがわ揖斐川いびがわが貫流し、地味豊沃じみほうよくにして、交通の便もよく、人も集まりやすい国だ。農業的な条件も商業的な条件もそろっている良国りょうこくといってよい。

 しかし、この国の国主を務め、武士をまとめるのは、決して楽ではない。よほどの器量がいるだろう。道三には、美濃をさらに富ませていく国主としての器量がそなわっていたと言える。龍興の父・義龍も、旧時代的な思考の持ち主ではあったので、国を成長させることは難しくとも、維持していく器量はあっただろう。

 だが、先ほどの龍興の姿を見る限り、そういう器量があるなどとは思えない。まだ少年だからというところを考慮しても、将来、大器となるような可能性を感じられなかった。


 西美濃三人衆は、普段から龍興を見ているので、利三よりも、そういうことを痛いほど感じているのだろう。


「・・・我らのやったことは、正しかったのだろうか?」

 安藤守就は、良通や氏家直元の方を見て、ぼそっと言った。


「伊賀殿!つつしめ!このような場所で!」

 良通が、安藤を厳しい目つきでにらんだ。


 安藤は、はっとして「すまぬ。」と一言言うと、口をつぐんだ。


 利三には、安藤の言葉の意味も、良通の言葉の意味もよく分からなかったが、安藤が触れてはいけないことに触れようとしたことは分かった。


「とにかく我らは、殿をお助けし、お支えせねばならん。朝倉や織田は、虎視眈々こしたんたんとこの美濃を狙っているからな。まあ、そのためには気乗りはせんが、斎藤飛騨守や長井、日根野とも、うまくやっていかねばならん。」

 良通が安藤や氏家をさとすように言った。


「わかっておる。殿は、飛騨守の娘に骨抜きにされているとはいえ、完全に飛騨守の傀儡くぐつ(※)になっているわけではない。稲葉殿や安藤殿、わしの言葉も聞いてくださるからな。」(※ 操り人形)

 氏家直元が安藤の方に顔を向け、言った。


「まあな。だが、奸臣かんしん・斎藤飛騨守は、いずれ殿を言いなりにし、我らを除こうと動くかもしれん。そのときは、我らも考えねばならん。」

 安藤守就が一番、飛騨守をよく思っていないらしい。


「確かに飛騨守は、殿に甘い言葉はかけても諫言かんげんは絶対にしない型の人間ではある。飛騨守には、自分の立身のことではなく、美濃の将来のことを考えてもらわなくてはならんな。」

 良通はそう言って、2人が頷くのを見てから、腰を浮かして立ち上がった。良通にならって、安藤も氏家も立ち上がった。3人が退室していく。


 良通は、利三と利賢の横を過ぎるときに、

「では、このあと、それがしの控えの間までお越しくだされ。」

と言った。


 ほほえむ口元の皺は、やはり波打っている。利三は、それを不気味に感じながら、良通に礼をした。

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