第11話 濃姫
「愉快。愉快。今日は、我らにとって忘れられぬ日じゃ。」
この男は酒に強い。一体、どれくらい
光秀は、たまに口元へ
「利三殿は、
玄蕃は、利三に視線を向けて言う。
「この新吾も入れて5名。ただ、新吾は、初めから加わるつもりはなかったので、襲ってきたのは、4名です。」
「光秀殿から、一人取り逃がしたとお聞きしたが。残りの3名は返り討ちにされたのか?」
「そうです。逃げた一人は、相当の遣い手でした。光秀殿や
「3人も討ち果たすとは、利三殿も相当の腕じゃな。だが、逃げた一人が気になりますな。どのような男です?」
玄蕃は、利三に「相当の遣い手」と評された男に興味をもったようだ。
「もう50近いような人相の男でした。だが、おれは一度も見たことがない男だった。新吾も、よく分からぬようです。」
「なぜ、分からんのだ?お前は、刺客の一人だったのにか?新吾。」
光秀が口元に猪口を持って行く手を止めて、言った。
「いやあ、義龍に利三殿暗殺の命を受け、
「そうか。おれが撃った男は、分からずじまいか。」
光秀は、猪口を置きながら言った。
「なんにしろ、今後も身辺には気をつけられるとよい。利三殿も、新吾殿も。この肥田家中は、盟友であるお二人をお守り致す。」
「かたじけなく存ずる。だが、玄蕃殿やそのご家中ばかりに頼っていてはいかん。おれたちも稽古に稽古を重ね、剣の腕を高めなければならんぞ。新吾。」
利三が言うと、新吾は深く頷いた。
「ところで、光秀殿。」
と、利三は、
「玄蕃殿のように、義龍を見限り、織田に心を寄せ始めている者は多いのですか?」
「そこまで多いわけではない。美濃の中でも稲葉山城を中心とした一帯や西美濃では、義龍を支持する者は、ほぼすべてと言っていい。そして、それらの者たちは、みな実力者たちばかりだ。だが、この川辺郷を含む
光秀は、東美濃の
こうした美濃の東で進む動きの中、肥田玄蕃のもとを訪れた光秀は、信長と義龍を比較しながら語ることで、玄蕃の心を動かした。それに、玄蕃には、織田家との接点が前々からわずかながらあった。玄蕃の父・
光秀は、岩村遠山氏や肥田氏の例を挙げながら、徐々に自分の運動が進んでいることを利三に伝えた。
「福島様には、父上の代にお世話になった。だが、尾張にお移りになってから、なかなか羽振りも悪いらしく、武士でありながら、
玄蕃がしんみりした口調で言った。
利三には、光秀の説明や今の玄蕃の言葉を聞いて、光秀にぶつけてみたい質問が出てきた。
「玄蕃殿の肥田家中と福島殿につながりがあることは分かりましたが、織田家中にとって福島殿は、新参者。その新参の家、しかも玄蕃殿の話では凋落している家。その家を通して、織田家中の深いところの事情を知り得たり、信長殿の指示を受けたりすることなど無理だと存じます。光秀殿は、織田家中の重きを成すところと深いつながりがあるはず。それは?」
光秀は、にやりと笑った。
「それは、これよ。」
そして、
「この書状の送り主こそ、おれと織田とをつなげる方だ。美濃と織田とをつなげると言い換えてもよいな。
「
「姉上!」
利三と新吾は、同時に言っていた。
「そうだ。帰蝶様は、道三公と、おれの叔母上・
利三は、光秀が、今はどうか分からないが、かすかながら嫁ぐ前の帰蝶に
「帰蝶様を通じているならば、織田家中や信長殿とやりとりがしやすいですな。合点がいきました。それにしても、この香りは何ですか?」
「これは、帰蝶様が
光秀の表情は明るい。帰蝶の顔を思い出しているのだろうか。
「まるで、想い人に送る恋文のようじゃな。光秀殿。」
玄蕃が、からかった。
「じょ、冗談は、やめよ、玄蕃殿。尾張一国の主の正室が、一介の
顔を赤らめながら、動揺を隠すように
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