第7話 遺児
もうかなり夜は更けていたが、光秀は
利三は、途中まで送ろうと申し出たが、光秀が断った。休んだ方がよいと勧めてくれた。光秀との対話に心が
光秀が去った後、利三は、ずっと奥の間で起きていてくれた
どれほど眠っただろうか。利三は目覚めた時、もうかなり太陽は高くなっていた。太陽の位置から考えて
利三は、裏庭に出て井戸の水で
声の方へ行くと、厩の中で縄をかけられた男が
厩から2
「庄左殿。昨日の襲撃は義龍の命で行われたことは明らかだ。襲ってきた刺客の
「こやつが何者か、その
庄左衛門の返答には、
また、
(昨夜の
利三の頭の中では、昨夜この男が
(このままでは死ぬかもしれん。もしかしたら殺すには惜しい男なのかもしれん。)
だが、庄左衛門の決意も分かる。庄左衛門とて本心とは別に、自分の家のためにやらなければならないのだろう。
利三は、止めるべきか見守るべきか迷った。思案していると、庄左衛門が一つの
「これは昨夜、こやつが持っていたもの。あとは大小(※)があるだけで他に手がかりはない。こうやって吐かせるしかないのです。」(※ 太刀と脇差のこと)
「見せてください。」
利三は、庄左衛門からその手燭を受け取ると、丹念に調べた。手燭の
(
なにゆえ、この男が二頭波の家紋の入った手燭を持っているのか。二頭波は、道三自ら図柄を考案した、道三系斎藤氏を表す家紋だ。利三の属する美濃斎藤氏の家紋は、
この者が道三系斎藤氏の者ではなくて、道三の縁者から、この家紋入りの手燭を借りたとは考えにくい。戦において自家の家紋入りの
二頭波に気づいたとき、利三は即座に庄左衛門に声をかけていた。
「
利三は、手燭の裏を庄左衛門に見せながら言った。
「これは、二頭波。…わかりました。利三殿にお任せします。」
庄左衛門にとっても、道三という人物の名は、重みのあるものだったのだ。庄左衛門は、
目の前の男が、道三の縁者ということならば、これ以上の打擲は続けられないのだろう。また、利三は、これでだいたいの素性も分かったので、自分に任せてくれるだろうと思った。
利三は、男を
「やめてくれ。おれは、この家にとって、ただの厄介者だ。そんなことをされるいわれはない。なあ、ちょっとでいい。この場はおれに任せてくれんか。」
言って、利三は一番近くにいた庄左衛門の家臣の肩を軽くたたいた。
家臣は、庄左衛門に指示を仰ぐようにして眼を向けたが、庄左衛門がうなずいたようで、
「わかりました。この男、お預け致します。おい、行くぞ。」
と言うと、もう一人の家臣と共に利三に一礼し、連れだって母屋の方へ歩き去った。
家臣が去った後、平伏していた小者2人は顔を上げ、利三を見上げた。両人とも顔から汗が滴り落ちた。だが、拷問を行うという立場から解放された安堵感が顔に出ている。武士でもなく、この刺客とは何の関係もない、この小者たちにとって、やはり打擲を続けることは心が痛んでいたのだろう。この川辺郷の
小者たちも去った。
その場に残っていた庄左衛門が利三の耳元へ小声で声をかけた。
「それがしも、もう行きます。しかし、利三殿。」
急に険しい顔になった。
「道三公に連なる者であり、確かに何らかの事情があって昨晩の刺客の一人として、ここへ来たことはわかります。しかし、義龍が放った刺客の一人であることに間違いはありません。もし、不穏な動きを見せたり、逃げようとすることがあれば、やはりやむをえません。容赦なく成敗を。」
「わかった。そのときは、おれの手で。」
利三は、腰の
厩に足を踏み入れた利三は、先ほどまでの拷問でまだ息の荒いこの年若の刺客の目の前で、手燭を裏返しにして二頭波の家紋を見せながら言った。
「お前は、二頭波の斎藤家の者だろう。道三公とどういう関係がある?」
「・・・!」
若者は、一瞬はっとしたが、途端に笑い出した。
「ははは。さすがは、美濃で
「暗殺というのは、足がつかないようにするものだ。抜けた奴だ。暗殺に来る前に調べておけ。」
「暗殺に来た刺客が、命を狙われた者に暗殺の心構えを教えられるとは、聞いたことがありません。」
言って、若者は、笑い続けた。
利三も、なんだかおかしくなってきた。この若者の笑顔を見ていると、世の中の若者特有の、自分の前途に起こると考えられるどんなことも悲観的に観ることはしない一種の図太さのようなものが感じられた。利三は、27歳だが、自分よりかなり年下のこの男の若さがうらやましかった。
利三は、若者の背中に回ると、後ろ手に縛られた縄を解いてやった。
「縄を解いたら、逃げるかもしれませんよ。」
若者は、後ろにいる利三の方へ顔をふり向けながら言った。まだ、口元に
「いや、お前は逃げない。おれには分かる。」
利三は、ゆっくりと藁の上に
「それで、お前は、道三公の何なんだ?」
「・・・息子。
「やはりな。道三公の遺児だったか。二頭波を見たときから、薄々そう思っていた。」
何もかも見透かされていることに驚いているのかもしれない。若者は、利三に
利三は、道三との接点は直接にはなかったが、かつて
今、目の前に座っている若者。似ている。道三に。
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