第5話 ボーイミーツガール、ガールミーツ……?
残された2人の間には何とも言えない空気が漂う。何があったのかはわからないが、おそらく店内で揉め事があったのだろう。
更に今の体制が怪我の手当をしてもらったときに向き合ったままの状態であり、何となく気まずさを感じて自分の膝を見つめる。
「みっともないところ見せて悪かったな。」
しばしの沈黙を破ったのは上條だった。自然な動作で立ち上がり、すぐ側の壁に腕を組んでもたれかかる。
「多分バイト同士のくだらない喧嘩だ。」
「バイト同士……?」
言われた状況が想像できなくて首を貸しける。客からのクレームならまだわかるが、バイト同士とはどういうことだろうか。
上條の顔が明らか面倒臭さを感じさせるものに変わった。
「あー……なんつーか、女同士の僻み合いってところだな。」
「え……?」
「とにかく本当に面倒なやつ。時々あるんだよ、ウチは。」
「……大変ですね。」
詳しくはわからないが、上條が心から嫌がっているのは何となく理解した。時々あるとは、店として大丈夫なのだろうか。
内心人事のように心配していると、廊下を駆けてくる足音がして一人の男性が顔を出した。服装からここのスタッフのようだ。見慣れない柚瑠に気づいたが、一瞬見ただけですぐ上條に向き直った。
「店長、バイト2人がやらかしました。」
「知ってる。俺か遠藤絡みか?」
「はい、遠藤さんですね。……どうします?連れてきますか?」
「今、店内混んでるか?」
「それなりに、って感じですね。」
「ならまだ連れてこなくていい。時間見つけて俺が声かける。」
「わかりました。」
きっとその2人は後でお叱りを受けるのだろう。
報告してきた人物はそのまま立ち去るかに思われたが、その素振りは見せず再び私に視線を移した。
「ところで店長、その子は新しいバイトですか?」
「いや、個人的な用事でここにいるだけだ。」
「違うんですか?どうせなら入ってもらえばいいのに。」
「できるならもうやってる。さっさと戻れバカ。」
どうやら柚瑠を、新しくきたスタッフだと勘違いしたらしい。
バカと言われへらりと笑えば、男性ははいはいと適当な返事をしながら去っていった。軽口を言い合うほどには上條と親しいようだ。
一方、上條は疲れた様子で溜息をついている。今回の出来事にうんざりしているのだろう。
にしても、と柚瑠は思考を戻す。新しいスタッフだと勘違いされたということは、ここはバイトを募集しているのだろうか。
バイトを探している身としては気になるところだ。カフェなら悪くないと柚瑠は考えている。それにここは自宅から然程遠くないので無理なく通えそうだ。ただ、初めて来た場所なので店がどういう雰囲気なのかいまいちわからない。時給や職場環境も知りたいところだ。
とりあえず聞いてみようと、上條に呼びかけた。
「あの、上條さん。」
「なんだ?」
「その……ここは今、バイト募集してたりするんですか?」
「まあな。でも、さっきのやつの言葉は間に受けなくていいぞ。確かに欲しいけど無理やり入れたいわけじゃない。それに……」
言葉の続きを待って見つめていると、彼は再び溜息をついた。
「まあとにかく無理強いはしない。……今の状況を見て入りたいとは思わないだろうけどな。」
言葉に自嘲めいた響きを持って聞こえた。
揉め事はやはり問題とは思うが、柚瑠はそこまで重要視していない。
思いきって切り出してみるか。そう決めたら行動は早いほうがいい。柚瑠はぱっと顔を上げた。
「実は私、今バイト探しているんですが、詳しくお話聞いてもいいですか?」
上條の目が柚瑠を捉え一瞬目が見開かれた。
「お前本気なのか?」
「割と本気です。」
合わせた目を逸らさず見つめ返す。
しばしの思案の後、上條は再び口を開いた。
「本当にいいならウチとしては助かる。ちょうど人手不足なんだ。ただ履歴書は一応書いてもらうのが決まりだから今すぐってわけにはいかない。それに厳しくないが条件もあるしな。」
それは覚悟していたことだ。バイトとして雇ってもらえる可能性があるなら願ってもないことである。柚瑠の目は一気に輝いた。
「それは大丈夫です。でも確定するのは色々伺ってらでもいいでしょうか。」
「それはもちろんだ。今から簡単に説明するぞ。……病院、行かないとだろ?」
「あ。」
今まで話に夢中で、怪我のことをすっかり忘れていた柚瑠であった。
その後、連絡先を交換して別れたあとすぐ病院へ行き、ただの捻挫という診断を貰い上條へ報告した。2日後、履歴書とともに再び「Ciel」へお邪魔し、怪我が治ってからという話で無事に初バイトが決まったのである。
後々、出会い方がまさにボーイミーツガールのようでベタだと思ったが、結果的にガールミーツワークとなり功を奏したのだった。
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