第4話 指先から伝わる不器用な優しさ
「さっきは危ない目にあわせて本当に悪かった。」
「あ、いえ、大丈夫です、大した怪我というほどじゃないので気にしないでください。」
いきなりのことに戸惑っていると、顔を上げた男と目が合った。
「大した怪我だよ、手首は大事なところだろ。」
ストレートな言葉をストレートに言われ、柚瑠は何も言えなくなってしまう。
「あと、俺怪しい人じゃないから安心して。」
「あ……はい、すみません。」
「別に気にしてない。」
警戒していたことがすっかりバレていたようだ。恥じらいと疑っていた申し訳なさで、顔を見るのが気まずくなり若干俯いてしまう。
「とりあえず、腫れてるし万が一もあるから応急処置だけするな。……手、出して。」
明らかに気遣ってくれている声音で差し出された手。出会い頭は無粋で強引なイメージがあったが、案外悪い人じゃないのかもしれない。少々ぶっきらぼうさは見られるも、こちらを気遣っているの伝わってくる。その様子に絆されたのか、気づいたら素直に頷き怪我した部分を差し出していた。
男はその手を包むように取ると、腫れている手首にもう片手を這わせ具合を確かめる。そして救急箱から取り出した湿布を一枚手に取り、丁寧に巻き付け上から包帯を巻いていく。その指の触れ方が思っていたよりも優しい。
心臓が小さく跳ねた気がした。
「……はい、できた。」
綺麗に処置された手首に、柚瑠の頬は自然と緩んだ。
「ありがとうございます。」
素直に礼を述べると、それを見た相手もつられるように微笑む。
「あくまで応急処置だから、病院にはちゃんと行けよ。」
「はい。」
言われたことに大人しく頷いていると、横からひょいと氷の入った袋を差し出される。
「これでできるだけ冷やしとくといいよ。」
「あ…、ありがとうございます。」
「いいや。こちらこそ今回は本当にごめんね?何があったかわからないけどこいつが迷惑かけたんでしょ?」
柚瑠の正面にいる男の肩に手を置きながら、気前の良さそうな笑顔で申し訳なさそうに謝ってくる。そんなことはないと柚瑠は首を横に振った。
「そんな、大丈夫です。これは私の不注意でもあって、そちらの方も運が悪ければ危なかったかもしれません。」
「それでもやっぱり怪我させちゃったから、申し訳ないよ。病院にかかった代金も請求してもらっていいからさ。」
「いえ、そこまでしてもらうわけには――」
「いいから気にせず請求してくれ。責任はちゃんと取らせてもらう。」
病院のことまで世話になるのが気が引けたので遠慮しようとしたが、口にする前に別の男の言葉が被さるようにして遮られた。
「ほら、本人であるこの店の店長がそう言ってるんだし、遠慮しないでよ。」
「店長……?」
耳に入ってきた別のワードに思わず聞き返すと、店長だと言われた男が頷いてみせた。
「そう。……俺はここの店長やってる上條類。一応、ここは俺が経営してるカフェなんだ。」
カフェ……店先にあった「Ciel」という文字がこのカフェの名前だろうか。
ぼんやり考えていると、続いて隣の男が名乗りを上げた。
「俺は遠藤和海、さっきまでパシられてた可哀想な類クンのご主人様だよー。」
「おい、嘘を吹き込むな。」
上條から脇腹を軽く(といえるのだろうか)小突かれ、遠藤は一瞬顔を歪めたがすぐに笑顔を取り戻す。
「っていうのは冗談で、本当はここのパティシエとして働いてる。今は休憩中だけど。」
ご主人様、と聞いてどういうことだと戸惑ったが、ただの軽い冗談らしい。この人はきっとユニークな人なのだろう。
一方店長のほうか表情があまり動かない、落ち着いている人物に見えた。全く動かないわけではないので感情はなんとなく読み取れるが、元気に笑うタイプではないことが察せられる。
「その休憩もそろそろ終わりだろ、ほら時間。」
「あ、ほんとだ。」
遠藤は部屋に設置された時計を見上げ、ゆっくりながらも準備を始めた。
だがその手を止め、不意にこちらへ振り向く。
「そういえば、君の名前聞いてないなぁ。」
名乗ってないと気付き、はっとして居住まいを但せば自らの名を口にした。
「申し遅れてすみません、私は鈴宮柚瑠といいます。」
「鈴宮さん、ね。覚えておくよ。」
名を聞いた遠藤が甘いマスクで微笑んだ。
そのタイミングに合わせたかのように、突如奥のほうから「何なのよあんた!」という叫び声が聞こえた。
「……ちょっと行ってくるよ。」
「ああ。」
上條と遠藤は微妙な表情で目を合わせると、遠藤が声の聞こえた方へ駆けていった。
先ほどからずっと喋っていた遠藤が駆けて行ってしまい、残されたのは柚瑠と上條の二人だけ。
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