第2話 強引な人

 帰り道、柚瑠は家の最寄り駅に無事着いた。学校の最寄りから十数分電車に揺られたところが柚瑠の生活区域だ。学校の立地地域が都心とは少し離れているため、今のアパートもそれにあわせて決めた。

 大学の最寄り駅には若者が好きそうな場所はあるが、数駅離れると景色は全く変わり、周辺は住宅や学生用アパートが道の脇に連なっている。


 本来はこのあと加藤2人でゆっくりする予定だったが。しかしいざ近くのカフェに入ったとき、今日は家を手伝ってほしいと加藤の親から連絡が入り帰ることになったため、今、柚瑠は結局一人である。久々に会えたのでゆっくりできたら嬉しかったが今回は仕方ない。


 自身のアパートへ向かっている時、ふと家の洗剤が切れかかっているのを思い出し立ち止まった。朝使った時に容器が空気のように軽かったのを覚えている。

 この近くは住宅街ではあるが、全く何もないというわけではない。歩いていける距離にちゃんとスーパーは存在するのだ。しかも一つの商品でも色んなメーカーや種類があり、なかなか重宝するのだ。

 どうせなら帰る前に買い物をしようと思い立ち、身を翻す。ここからすぐの角を曲がるとちょうど近道なので、曲がろうとそこを差し掛かった。

 その時。


 目の前に迫るのは、真正面から向かってくる一台の自転車。



「わぁッ」

「うわっと、!?」


 驚きながらも避けようとしてバランスを崩し、勢いよく尻餅をつく。手をついてどうにか受け身を取り、持ちこたえたところで安堵の息が漏れた。

 幸い、自転車がギリギリで方向転換したため最悪の自体にはならなかった。相手側も特に大事には至らなかったようで、運転手が自転車をとめ、こちらへ駆けてくる足音がする。


「大丈夫ですか!?」

「あ、はい、なんとか。」


 すぐ近くで声がして見上げると、上半身を屈め、焦った様子でこちらを覗き込む顔があった。

 実際大したことはなかったので、大丈夫だという意思表示に立ち上がろうと手をつく。その瞬間、電気のような刺激が走り短く唸り声を上げた。


「もしかして、痛めてる?」


 顔を上げると、運転手と思われる男性が中腰になり不安と困惑が混ざった瞳でこちらを伺っていた。


「あー……少し痛めたくらいなので大丈夫です、利き手じゃないし。」


 本当は割と痛みを感じているのだが、こちらも不注意の責任があるし、見知らぬ相手に心配をかけるのは申し訳ない。鈍痛の走る手を隠し、平気だと笑ってみせた。

 左は痛くて力が入れづらいので反対の手だけで立ち上がろうとすると、すぐに前方から手が伸ばされる。


「……あ、」


 その手を拒むのは気まずさを感じ、伸ばされたそれに甘えることにした。自身の利き手を重ね、引っ張りあげられる形で立ち上がる。地面に投げ出された手荷物を拾い、ちゃんとお礼を言おうとすると、あっという間に逆の腕を強引にとられた。つまり痛めた左側だ。


「やっぱり腫れてるな……」

「っ……」


 掴まれた瞬間、再びぴりっとした痛みが走り抜け、眉をひそめた。見ると、言われた通り、炎症が起きているのか手首が少し腫れはじめている。

 男は怪我の様子を睨むように見つめていたと思えば、突如口を開いた。


「俺についてきて。」

「えっ?」


 投げられた言葉に呆気にとられていると、有無を言わせない圧で真っ直ぐ見つめられた。


「怪我させたままじゃ帰せない。とりあえず来て、そんなに遠くないから。」

「!?」


 ぶっきらぼうに言ったと思えば、自然な動作で持っていた手提げを奪われ、自転車へ向いそれをカゴに納める。そして自転車の支えを足で払いハンドルを握ると、また顔をこちらへ向けた。しかしすぐ顔を背け自転車を引きながら歩いて行ってしまう。


 得体の知れない相手から、ついて来いと言われるこの状況。良い人なのかと思いつつも怪しさは拭いきれない。しかし相手は柚瑠がついて来てないのを察し、前方で振り向き立ち止まっている。今から断るのも断りづらく、結局待たせている男の方へ駆けていくのだった。

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