第4話 青島京子②

「少輔、テスト期間中なのに寄り道なんてしてていいの? まあ不良のあんたにはテストなんて関係ないかもしれないけど……あんたのお母さんに『京子ちゃん、少輔の勉強見てやって!』って言われるこっちの身にもなってよね。まったく小学生のときから変わってないんだから」


 そして厄介なことに――京子は現在、俺の高校で風紀委員を務めている。正確には“務めている”などという生易しいものではなく、彼女は中学校時代から「全国学生風紀委員選抜大会」において全国大会足掛け三連覇を成し遂げているという筋金入りのナチュラルボーン風紀委員なのだ。歩く校則、風紀の鬼、法の番人、教育委員会の狗、潜入捜査官アンダーカヴァー、などなどその異名をあげれば枚挙にいとまがない。彼女の前ではメジャーリーガーの変化球ですら曲がることを許されないともっぱらの噂だ。


 京子は俺の前方に回り込むと、腕組みをしたまま正面の椅子にどっかと腰をおろした。少々きつめではあるが十分美人の域に入る顔は微かな怒りを湛えており、意志の強そうな双眸が俺を見据えてくる。思わず視線を逸らすと、彼女の左腕につけられた腕章が目に入った。豪奢な飾り紐に彩られた腕章、そこにいかめしい書体で刻まれた文字は「風紀委員」や「生徒会」ではなく――「正義」。おいおい、平穏な高校生活にわざわざ“正義”が必要かよ。仮に必要だとしたら我が母校はどんだけ世紀末修羅の国だよ。

「『全国学生風紀委員選抜大会』なんて『全日本発毛コンテスト』なみに実体不明な大会だよな」

「だからそういうのは地の文でやりなさい」

 形の良い唇から八重歯がのぞく。京子はやれやれと首を横に振ると、俺の手からおひやを奪い取ってぐびりと飲んだ。

「少輔。言っとくけど、私たちの高校で“不良”なんてあんたぐらいのものよ。あんたが我が校最後の不良。不良の生き残り。レッドデータ・アニマル。ガラパゴスヤンキーのショースケ」

「人をゾウガメのジョージみたいに言うんじゃない」

「私の名誉と学園生活にかけて、必ず卒業までにあんたを更生してみせるわ。まずは校則違反の赤ジャージ、弐剛高校校則の第三条三項違反よね。その南米の鳥みたいな色した靴は第三条五項抵触」

「このスパイクはお前がプレゼントしてくれたんだろ」

「話をすりかえないで、部活動以外の着用なんて違反に決まってるでしょ。それにまだまだ言いたいことはあるわよ、髪型でしょ、髪の色、ピアス、買い食い、寄り道、素行不良――あれ?」

 京子の細められた瞳がきらりと光った。

「おまけにあんた、なんか目の横が腫れてるけど、まさかケンカなんてしてないわよね?」

「……してません」

「まあいいわ。それに、サッカー部のみんなも待ってるって言ってるよ。大体、あんな事件のひとつやふたつ――」

「そんなの関係ねえよ。第一、一匹狼で“フリョー”の俺にスポーツやクラブ活動なんて向いてなかったのさ」

 俺はへらへらと笑って京子からおひやを取り返し、ひと息に飲み干す。

「ごまかすのはやめて。だいたいあんた、もうケガなんかとっくに治ってるのに――」

「うっせえな! それもお袋に言えって言われたのかよ」

 つい語気を荒くした俺に、京子が一瞬怯んだような表情を見せる。なんだこいつ、いっつも鬼教師や超高校級DQNにも果敢に立ち向かっている癖して……。


「そういや」ふと俺の頭に別の疑問がよぎった。


「そういうお前こそ、どうしてこんなところにいるんだ? 下校中の寄り道は校則違反のはずだろ」

 ゲーセンやカラオケ店への出入りはもちろん、寄り道買い食い制服の改造などもってのほか。上履きのカカト踏みすら目ざとく見つける京子の行動としてはかなりの違和感がある。

「それは……その」京子が一瞬返答に詰まった。

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