第3話 青島京子①

「『カレーショップ・チンパンイエロー』? こんな店、商店街にあったっけな」


 商店街をぶらつきながら息を整えていた俺の足は、最奥エリアの一角に位置する小さなカレー屋の前で止まっていた。

 ホコリだらけの食品サンプルが並んだガラスケース、剥げかけた壁のペンキ、ところどころ破損した立て看板――どうみても築十年はたっていそうな年季の入った店構えだ。しかしそれ自体は別段珍しいことではない。俺は多少混乱しはじめた頭で思案した。

「いや、俺今朝ここで『窯出しとろけるプリン』買ったんだけど……ここ、サンクスだったはずじゃ?」

 そう。ここは俺の行きつけのコンビニ、サークルKサンクスだったのだ。

 つい数時間前までは。

「今朝まであったコンビニが昼には建て替わってるなんて、そんなことあるのかな……」

 古びたドアに近づくと、明らかに昨日今日ついたものではない修繕の跡が目に入る。記憶違いだっただろうか、と逡巡するも、店の右には見慣れた自転車修理店、左にはクリーング店。間違いない、ここは俺が今朝、そして2年間ほぼ毎日通ったコンビニ(跡地)だ。

 俺が辺りを見回していると、ドアの隙間から胃袋を刺激するスパイスの香りが鼻をつく。先ほど運動(喧嘩)を終えた俺はお腹ペコちゃんなわけで、好奇心も手伝って気がつくとカレーショップのドアを開けていた。


「あれ? ――いらっしゃい」


 遠慮がちにドアベルが鳴った。こぢんまりとした店内は薄暗く、カウンター奥に店主と思しきぐっちゃぐちゃの白髪頭の老人の姿が見える。客は誰もいないが、このさびれた商店街の店舗では珍しいことではなかった。俺はテーブル席に腰を降ろすと、カウンターに向かって「キーマカレーください」と告げた。

 俺以外無人の店内には、穏やかな午後の日差しがうっすらと差し込み、ときおり商店街を行き交う人々がガラス越しに影を落とす。当たり前だが店内は“ただのカレー屋”で、元コンビニの気配など微塵もない。まるで狐につままれたような、時空の狭間に迷い込んだような――ともあれつかのまの休息だ。店内のテレビから流れる音声だけが響いている。


『先日都内で発生した大規模テロ事件では――なお現場からはサイバネティクス海産のかずのこ三百箱が盗まれ――警察では、先月起きた七件のテロ事件との関連を捜査しているとのことです――』


「物騒な世の中になったもんだな」俺は独りごち、店主が運んできたおひやをこめかみに当てた。先ほどの喧嘩で、不意をつかれて殴られた箇所だ。まったく今日は運が悪い……俺がため息を吐いたとき。

「少ー輔!」背後から聞き覚えがある――否、聞き覚えがありすぎる声が響いた。

「やべえ、青島あおしま風紀委員長だ。こいつ融通きかないし下校中に飲食店に寄ったなんて知れたらただじゃすまないぞ。さーてどうしたもんかな面倒くさい」

「漏れてる漏れてる! そういうのは地の文でやりなさいよ!」

 振り返らなくても大方の予想はつく。俺の背後で睨みをきかせているのは、幼稚園から今に至るまで同じ学校に通う幼なじみにしてクラスメイト、青島京子。藍色の髪をポニーテールにまとめ、ミリ単位の違反もない制服に包まれたボディは程よくメリハリが効いて健康そのものだ。微かに漂うデオドラントスプレーの香りも、快活な彼女によく似合っている。

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