ギルドのお仕事 1日目 ②

 ギルドの掲示板は入り口脇にある壁にあった。そこには数々の依頼があるようで、紙がところ狭しと貼られていた。ここに来るまでの間に、ルーレットがやりたい依頼の書かれた紙をカウンターに持っていくと依頼を受けたことになると教えてくれた。

 十級の依頼は一番入り口から遠いところに貼られていた。

 薬草採取の依頼を探していると、十件あることがわかった。そこまでは良いけど、どれを選べば良いかがわからずルーレットに聞くことにした。

「十件ぐらいあったんだけど、どれを受ければ良いかな?」

「そうですね。えっと……、この十件なら生えている場所は決まっていますし、どれを受けても問題ないですね。克人様、残り何時間になっていますか?」

 どうやら、時間との勝負らしい。砂時計を取り出して視る。

「えっと、残りは八時間と四十分」

「そう。それなら、少し急足になりますが、全部受けれますね。克人様、紙を全部取っていただけますか?」

 言われた通り、全部とる。流石に上の方にある依頼は取れなかったから、ルーレットにとってもらった。その足で受付に向かう。まだカイトは戻ってきていないのか、姿が見当たらなかった。

「あの、依頼を受けたいんですけど」

「はい。どの依頼でしょうか?」

 手の空いていた職員の人に声をかける。

「えっと、この十個の依頼なんですけど……」

「申し訳ないですが、ランクをお伺いしても?」

「あの、今日が初めてで、十級です」

「そうですか。申し訳ありません。私達ギルドも責任問題が発生するので、失礼かもしれませんが、初心者のあなたに十件の依頼を同時にこなせるとは思えません。せめて二つに絞っていただけますか?」

「え。ああ、そうですよね」

 まあ、そうだよね、そりゃ、実績がない人を無条件に信用していたら成り立たないよね。

「えっと、少しよろしいですか? 私が同行して教えながら依頼をこなすので、大丈夫だと思います」

 ルーレットがルーレットの会員証を差し出しながら言った。訝しげな目でぼくとルーレット、ルーレットの会員証を見比べながら受け取った。それを手元に置いていじり始めた。

「え……⁉︎ こほん。そう言うことでしたら。わかりました。依頼をお任せします。では、こちらの会員証はお返しします。えっと、あなたの会員証を貸してもらえますか?」

 そう言って、ぼくの方に向き直った。それを受け取って、さっきと同じように何かの操作をし始めた。

「では、初めてと言うことで、注意事項を説明させていただきます。まず、ギルドから受けた依頼は依頼書に書かれた日数でこなしてもらわなければなりません。もちろん、自然災害などで帰還が困難な場合は致し方ありませんが。その日数を過ぎるとペナルティとして、報酬の減額、場合によってはランクを下げることになるのでご注意ください。他の注意事項としては、ギルドの恥となる行為だけお控えいただければ、特にありません」

 なるほど、だからこの人はぼくを止めたんだ。納得がいった。

「ちなみに、採取の際に何かカゴなどは必要ですか? ギルドの方で用意することもできますが」

「いえ、大丈夫です。空間魔法を使えますから」

「それならいらないですね。わかりました。お気をつけて」

 そういって、ぼくの会員証と依頼書をぼくに返した。

 時間も惜しいから、早速、採取に出かけることになった。

「克人様、今回の十種類のうち、群生地が決まっているものは六つです。一回でできるだけ覚えてください」

 そういって教えられたのは、それぞれの植物の名前と特徴、効能、そして、生えやすい場所だった。

 それらをルーレットが話終わる頃には、森の中に入っていた。

「と言うわけで、早速ですが、この辺りで二種類は見つけてください」

 さっき言われた特徴を持つ薬草はないかと目を凝らす。すると、一つ目を発見した。それは分厚いプニプニとした葉を持つラビットイヤーという薬草だった。暑いプニプニとした葉は干して煎じると胃腸に効く薬となるらしい。依頼では二十枚あれば良いことになっていた。それをマジックバッグの中に入れる前に、空間魔法で一つの袋状の結界を作り、まとめて入れた。

 二つ目はないかと探していると、ルーレットがぼくを呼んだ。

「この岩陰を見てください」

「えーっと、これはラキトルイェンダーかな?」

「はい。こうした岩陰の方が天敵にみつかりにくいからですね」

 ラキトルイェンダーはあるツル植物の名前で、ツルにつける花は精神安定剤として重宝されるらしい。ルーレットによると、使い過ぎると麻薬と似たような効果をもたらすことから、多用は禁物らしい。ただ、少し匂いを嗅いだくらいで何かあるわけではないから十級が引き受ける薬草になっているらしい。

 さっきと同じように、採取したラキトルイェンダーの花はまとめてマジックバックに入れた。

 ぼくがバックに入れ終わるのを確認して、ルーレットは歩き出す。そして、そのまま東に進んでいた。ルーレットによると、もう少し進めばひらけた草原に出るらしい。そこに依頼の中の四種類が群生しているらしい。

 確かに、森の先には明るい光が見えた。ということは開けた場所なのは間違いない。

 そのまま進むと、一面植物の草原に出た。ざっと見ただけで、すでにレッドポップとパープルポップという二種類を見つけた。どちらもよくある花のように花びらを咲かせているけど、最大の特徴はアニメから出てきたかのような大きく丸い柱頭。どちらも近いところに群生している。この二種類は柱頭の中に詰まっている液体が湿布のように筋肉の痛みや痺れに効くそうだ。色による違いは特にないらしい。

 必要な分だけ切り取ってマジックバックに入れる。

 すると、すぐ近くに特徴的な形の実を見つけた。そう、柘榴ザクロ。なぜか柘榴は日本で見た姿と同じ色味形だった。味は食べたことがないからわからないけど、おじいちゃんもルーレットも同じことを言っているんだから、間違いない。

「ルーレットお、柘榴の実見つけたよ。この近くにあるんじゃない?」

「そうですね。おそらあく、克人様の背後にある木がそうかと思われます」

 自分の背後にある木を見上げると、確かに黄色が買ったオレンジ色の実をつけた気があった。これは薬草というよりは、この実をとってくることが目的だった。ルーレットが『鎌鼬かまいたち』という大気属性の基本魔法で実と枝を切り離してくれた。それを同じようにバックにしまう。

「それと、先ほど、こちらをあのあたりで見つけました。実物を覚えておいてくださいね」

 そう言われて見せられたのは、日の陰草だった。日の当たらないところにさく花で、外側が青色、内側に行くにつれて白色になっている小さな花だ。効能は……

「これは睡眠薬に使われますね。他のよりも丁重に扱ってください」

 そうだった。この花の匂いを大量に嗅ぐと一瞬で眠りに落ちるらしい。

 これで六つ、残りの四つはまた別の場所にあり、そのうちの一つはさらに別の場所にあるらしい。

 砂時計で残りの時間を確認するとちょうど六時間と表示されたのが視えた。

 ここまでだいぶ歩いたけど、もう二時間たっているとは。

「森の中は時間感覚が分かりにくいので、できるだけこまめに時間を確認してください。時には、いつの間にか夕方になっていて、森を抜け出す前に夜になって、魔獣に襲われたという話はよくありますしね」

 そうなんだ。多分、夜にこの森に来ることはないだろうけど、一応心に留めておこうと思った。


「さて、残りの四種類ですが、このまま北に進んだ先の窪地に三種類と、もう一つは、その窪地にある崖から上った先にあるもう一つの草原に群生しています」

「そうなんだ。ていうか、ルーレットって群生地の場所に詳しいね」

 さっきから思っていたことだけど、確かこの辺りのはず、みたいな迷いはなく、ここからこれだけ行けばある、っていう自信が感じられた。

「そうですね。私も十級だった頃は植物採集を中心にしていましたからね。魔獣討伐が依頼としてくるのは九級からなんですよ」

「へぇ〜。そうだったんだ」

 確かに、植物の育つ場所なんて、そうそう変わることもない。それに、昔から植物採取を得意としていたなら、変わっていても、すぐに見つけられるだろう。

「それでは、サクサクと取っていきますよ」

 そうして北向きに進路を変えて、その先にある窪地でお目当ての三種類を見つけた。ハプニングが起きているのは確かだけど、それよりもまずは、取れるものをとっておかなくては。

 窪地にあったのは三種類。イラクサ、苦ヨモギ、トリカブトの三つだ。それぞれ、鼻炎の解消、扁桃腺の腫れの鎮静、そして、血行増進。どれも漢方薬やハーブで見かける名前だったけど、こっちでは普通の薬として扱われているらしい。まあ、確かに、阿知に比べて、こっちは魔法を使えるから、より安全に成分の抽出ができるのだろう。そして、これらも個別にまとめてマジックバックに入れた。

 それで、最後に残ったのが陽華ようかだった。太陽の当たる高い場所に群生するらしく、効能というよりも、儀式に使われる供物としての意味合いが強いらしい。なんの儀式いあろうかと思ったけど、まあ、何も詮索せずにいよう。

 そんなことよりも、問題なのは陽華があるのは確かに崖の上だった。そこまではあっているんだけど、この辺りはあまり人が来ないのか、崖の上に登るためのロープは朽ち果てていた。それだけならまだ良いけど、ルーレットによると、前に来た時よりも位置が高くなっているらしい。自然の規模の大きさに圧巻しつつも、どうやって登ろうか困っていた。

「克人様、帰りは転移の魔法を使うとして、今魔力を温存するためにも、登っていただけますか?」

「あ、うん。多分大丈夫だけど、ぼく一人で大丈夫かな?」

「そこは安心してください。特に注意すべきこともありませんから。根元付近からできるだけ長く切り取っていただければ構いません。それに、私には使えない、土属性の魔法も使えるじゃありませんか。土壁を階段上に重ねて、それで登れば大丈夫かと」

「あ、確かに」

 そうだよ。よく考えたら、そのための魔法じゃん。と、日頃は魔法をつかうことがないということが露呈していた。まあ、この世界にいるのは十時間だけだし、まだきてから一ヶ月たってないんだから仕方ないと言えば仕方ない。そう思いたい。

 いや、だめか。うん。直そう。便利な物を使えるなら、きちんと使おう。

 で、まずは階段を作れば良いんだっけ。てことは、土壁的なやつを段々にして行けば良いか。

 そう思って、まずは崖と向かい合うようにたつ。そして、幅をぼくの足1個半分の大きさにして、小さな土壁を作る。土属性の魔法のイメージは土を増殖させること。使ったら使った分だけ増やすことを考える。そうすれば脆くなりにくいだろうし、環境にもあまり影響を与えないと思う。

 そして、作った土壁が崖に付くように縦に伸ばす。同じものを横にずれて作っていく。その時に上がりやすい高さまで段差を調節して上に伸ばす。

 それをしているうちに、段々とコツを掴んできた。コツを掴んで仕舞えば少しイメージをいじるだけで済むから、ほとんど流れ作業みたいになっていた。

 途中、朽ちたロープを回収したりもしながら崖の上までたどり着いた。途中から面白くなってきて、具体的な数値をイメージしながら作ってい宝こそわかったのは、下の草原と今いる崖の上は十メートルの差があること。ビルなら四階から五階の高さに相当すると思う。流石にこれは崖をよじ登るのはきついよね。

 そう思いながら、振り返って、ルーレットに向かって手を振る。するとルーレットは手を振りかえしてきてくれた。

 ルーレットの背後にはついさっきまでいた森があって、西っ側には街が見えた。

 風が気持ち良いなと思いながら振り返ると、あたり一面オレンジ色の鮮やかな花が咲いていた。彼岸花が近い気がする。それが見渡す限りずっと広がっていた。

 まだお昼時なのに、夕日を見ているような気分になった。

 依頼は三十本。だけど、もう一本ぐらい取っていこうかなと思った。それはルーっレットに渡そうかと思ったからだった。だって、すごく綺麗なんだもん。

 依頼の分は他の九種類と同じようにしてしまい、一本だけ剥き身で持ち、少しなゴリ惜しいけど、後にすることにした。

「ルーレット、陽華を取ってきたよ。で、はいこれはルーレットに。綺麗だから、一本だけ余計に取ってきちゃった」

「あら、綺麗ね。後でじっくり眺めることにするわ。さて、それじゃあ、急いでギルド会館に戻るとしましょう」

 そう言って、どこからかルーレットは箒を取り出した。

「さあ、私の腰に捕まってくださいね」

 後ろに祈ったぼくに声をかける。一瞬迷って、それからしっかりと腕を腰に回すことにした。

「それじゃあいきますわ」

 タタっという足音が聞こえたかと思うと、浮遊しているような感覚とともに、多少の風の圧を感じた。

 数秒たってだいぶ感覚になれたなと思って目を開けた。すると、足元には森の木々があり、遠くの山が見え、さっきまでいた崖と草原が見えた。徐々に近づいてくる街。その街の中でも中心に近いところにあるギルド会館の屋上にルーレットは着陸させた。

「楽しかったかしら?」

「うん。楽しかった。綺麗だったし、ぼくも箒に乗れるかな?」

「そうね。克人様なら乗れるかもしれません。魔力も多いですし」

 そんな会話をしていると、屋上のドアがばっと開いた。

「あ。ルーねーか。なら良かった………あ、克人もお疲れ様、依頼を受けたんだってね。まあ、その様子だときちんと終わらせてきた上でルーねーの箒に乗って楽しかったんだね」

 そんなにわかりやすいかな? ドアから出てきたのはカイトで、どうやら地方から依頼されてきた速達の郵便だと思ったらしい。

「それじゃあ、このままぼくについてきて。依頼が達成されたかどうか見るから」

 そう言ってカイトが連れてきたのは数時間前に来た部屋だった。

「それじゃあ、依頼書とモノを出してね」

 言われた通り、全部出す。念のため、依頼書と採取した植物を一緒に出す。

 それを一つずつ確認するカイト。ルーレットはわからないけど、ぼくは内心どきどきとしていた。

 十種類全部を確認し終わると、少しだけ待っていてねと全て持っていってしまった。

 鑑定しているのかな?

 そう思って待っていると、すぐに戻ってきた。手には小袋と依頼書を持っていた。

「はい、それで、克人くんの受けた依頼はきちんとクリアできていたよ。まあ、ルーレットが手伝ったみたいだからクリアできるはずなんだけどね。それで、鑑定してもらったんだけど、どれも状態と鮮度が良いから最良品扱い。しめて、千レウンだ! よくやったな!」

 えっと、千レウンてことは、百倍だから十万円かな?

 あ、そう聞くとすごい大金に思えてくる。

「あれ? なんんか今日、克人くんのは脳が良くない気がする……気のせいかな? うん。気のせいだよね」

「あ、すみません。なんか、こっちのものの価値観というか金銭感覚に慣れてなくて」

「ああ、そうだよね。うん。克人はあっちの世界の人だもんね」

 あ、なんか悲しませたっぽい。

 うん。でも、実際のところ、一という数字を聞いて百倍した数字がすぐ出てこないもんなぁ。海外でも端数が二桁まであるからかろうじて分かり易いけど、こっちの世界は端数もないみたいだからわかりにくい。だけど物価が高いことはなく、おじいちゃんによると日本の野菜の価格とあまり変わらないそう。

「で、小袋の中に百レウン銀貨が十枚入ってるから確かめてほしい」

「えっと、一、二、三、四、……九、十っと。確かにちゃんとありましたよ」

「それなら、依頼書の担当冒険者のところに克人くんの名前を書いてくれ。担当職員としてアドバイスしておくと、この欄があるお陰で指名依頼が来るようになった人はたくさんいる。それに、何か問題が発覚した時にスムーズにことが運ぶからね」

 確かに、その欄の下には受領確認欄というのが設けられているから、必然的に依頼主の人が担当したギルド会員、冒険者の名前を見ることになる。これはギルドという場所があるからこそ、あったほうが良いシステムかもしれない。

「克人様、そろそろ戻りましょうか」

「え、もうそんな時間?」

 驚いて砂時計を確認すると、確かに残りは一時間になっていた。そろそろ戻り始めた方が良い時間帯だ。

「そういうことだから、カイト、早く会員証に情報を入れてくれないかしら?」

「わかってるよ。克人くん、会員証を貸して」

 カイトに会員証を渡すと、机の下から何かガラスの板を取り出した。その上にぼくの会員証を置いて、操作し始めた。

「はい、今日受けた依頼と完遂できたか、依頼の成果に対する評価を打ち込んでおいたよ」

 てことは、あれかな? ICカードみたいな機能なのかな、このカードは。

「それじゃあ、また明日。くるのを待っているね。あ、そうそう、おじさんなら先に帰っていると思うよ」

「それじゃあカイト、また今度ね」

「はいはーい」

 そう言ってぼくとルーレットは家に戻った。

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