準備の前に朝市へ
ぱっちりと目が覚めた。
胸元に輝く銀色の玉を見て、今日やることを思い出す。
時計を見ると朝の五時。
父さんと母さんには、朝からおじいちゃんの店を手伝ってくると言ってあった。だから、今から急いで着替えて、その足で行くつもりだった。
さっと着替えて外に出ると、まだ日が低い位置にあるからか、いつもより涼しい。
そんなことを考えながら、走って喫茶店マキネッタまで向かう。
裏口についてノックすると、おじいちゃんが出迎えてくれた。ちなみに、セロはマジックバックに入っている。
「それじゃあ、行くとするか。朝市に」
そもそもは昨日、強制転移の魔法を練習しながらルーレットとおじいちゃんと話していた時だった。
「そうそう。その調子。まずはその木片を部屋の隅に移動させるところからです」
強制転移はもともと、転移という同じ世界の中にある物や生物を別の場所に移動させる魔法から派生してできた物らしい。そもそもとして、世界の法則を少し捻じ曲げて転移させることから強制転移と名付けられたらしい。最初は強制的に人を転移させるからだと思っていたけど、どうやら違ったみたいだ。
「そういえば、朝市って、行ったことないな」
「あら、そうですの?」
「あ、うん。よく、海外の人の朝食を紹介する十分ぐらいの番組で見るんだけどね。日本だとやってるところはないから」
「あら、そうでした。ブルガリアやギリシャ、イタリアにいたときは、よく行ったんですけどね」
「あれは、俺が運んだだけだろ」
おじいちゃんとルーレットが昔していた修行兼旅では世界各地を巡っていたらしい。たまに、聞いたこともない国名が出てくるから地図帳で調べたりするけど、今でもあるところから、国が合併したり、分離したりしていて、今は国名が残っていないものもあった。
「それで、どんな感じなの? 朝市って。『転移』」
「晴れている日の朝市は気持ち良いですよ。みずみずしい野菜が売られていたり、朝ごはんがわりになる軽食が売られていたり。楽しいですよ。ああ、惜しいです。部屋のすみピッタリに転移できたら、次はねずみを転移させましょう」
「へぇー、そうなんだ。『転移』ちなみに、特に美味しかったのって何かあるの?」
「もう木片は卒業だな。ねずみを取ってくるから待っていてくれ」
本当になずみを使うんだ……。あんまり、自分の魔法の練習のために生き物を殺したくないなぁ。
「そうですね、メキシコで食べたタコスは美味しかったですね。後は、やはり、ヨーロッパはどこもサンドイッチが美味しいですよ。ああ、克人様、安心してください。ねずみは生きている物でなく罠にかかって死んだものを使うので」
「そうなんだね。うん。あ、こっちの朝市は何か、軽食のお店ってやってるの?」
どうやら、顔に出ていたらしい。あまり追求されたくないから、別の話題に変えることにした。
「そうですね。……もし、克人様さへよろしければ、一度朝市に行ってみますか?」
「え? あ、うん。行ってみたいけど……」
「それでしたら、まずは隆様と奥様の許可を取らないといけませんね」
「あ、うん…そうだね」
まあ、あの二人ならすぐに許してくれると思うけど。どうなんだろ?
そんなことを思いながら、もちろん、転移の魔法を習得して、帰りはおじいちゃんと一緒に強制転移の魔法を構築、発動させた。
家に帰ってから確認すると、なんの躊躇いもなく二人は許可を出してくれた。まあ、何をやるかについては、朝早くからおじいちゃんのお店の店を手伝うと伝えてあるから、若干申し訳ないというか、そんな気持ちになった。
それで、今に至るという具合だった。
昨日と同じようにおじいちゃんと一緒に強制転移の魔法を構築して発動させる。そのまま、先に僕とセロで向こうの世界に行って、後からおじいちゃんがきた。
「それじゃあ、行くか。朝市に」
こうして、僕の初朝市の日は始まった。
こっちの世界での朝六時はまだまだ陽が低かった。ちなみに、裏口につくころには太陽がここよりも高いところに昇っていた。
「通りが近くなると、人が多く歩いているのがみれた。とは言っても、それなりの広さがあるせいか、そこまで圧迫感はなかった。朝早くに開いているせいか、客引きでうるさくしているわけではなかった。
一先ず、一通り見ようと思っていると、前を歩くルーレットはたまに足を止めていた。半分近くは買うこともなかったけど、たまに買っていた。おじいちゃんは野菜が安く売られていたり、肉が安かったりすると、いくつかかっていた。調味料関係は割と買っていた気がする。
そんこんなで歩いていると、魔法学院につくまでの間あたりの広場で一息つくことになった。
広場は通りの中でも休憩スポットらしく、中心にある噴水のヘリに腰掛けている人も多かった。そのせいか、売られているのは軽食が多かった。
「何かか買ってきたほうが良い?」
「いや、この後食べるから俺はいらない。食べたいなら、これで買ってこい」
「私も、ご主人様と同じく」
「じゃあ、買ってくるね」
おじいちゃんから渡されたのは、この世界の通貨が入った袋。どれも銀貨で、表面に描かれた数字と大きさで見分けるらしい。種類は五種類。単位はレウン。つまり、一レウンから始まり、五レウン、十レウン、百レウン、五百レウン。一レウンで一円換算で、大体あっているらしい。
どの出店に並ぶものも美味しそうだなと思って、一先ず、一通り見てみることにした。
フランクフルト、ホットドッグ、クレープにナゲット。そして、あの黒いジャガイモを油で揚げたフライドポテトらしきものや茹でただけのものもあった。うん。なんか、お祭り感満載なんだけど、アメリカ九割、ドイツ一割みたいな感じだな……。
どうしようか少し迷って、そういえば、こっちは日本に比べて少し肌寒いな。そう思って、なんとなく、茹でたじゃがいものを頼もうかと思った。
そのお店の店主は厳つい四十代ぐらいの筋肉むきむきな男の人だった。若干怖いなと思いつつ、足を止めるわけにもいかない絶妙な距離にいたから、思い切って話しかけてみた。
「あの、茹でじゃがいもで、塩とニシンをつけてもらえますか?」
「ああ、わかった。八十五レウンだ」
そう言って、テキパキと茹でてじゃがいもを取り出して、小さなカップに入れ、上から塩を振り、ニシンの酢漬けをぶつ切りにして上に乗せた。そのカップの端に紙のフォークをつけてくれる。見た目からは想像つかない丁寧さだった。
「代金はちょうどだな。ほら、落とすなよ」
「はい。ありがとうございます」
そう言って、テクテクと歩いておじいちゃんたちのいるところに戻る。
「あら、ジャガイモにしたのね。私も好きだわ」
「確かに、素朴で美味しいな。うん。米がない時はパンよりも安いじゃがいもを食べていたな」
そうなんだー、と思いつつ、食べてみることにした。まあ、味は普通のじゃがいもを蒸して、そこに塩をかけてニシンの酢漬けを乗せただけだから想像しやすいけど。昨日食べて思ったことは、やっぱり、じゃがいもの色は黒くても、味は全く変わらないこと、それどころか、いつも食べているじゃがいもよりも甘い気さえした。
じゃがいもを食べ終える頃には太陽が街で一番高いであろう、南東にある大きな時計台の頭上にあった。
「克人、何か買いたいものはなかったか?」
「特にないかな? というか、味の想像がつかないものが多くて、簡単に手が出せそうにない」
「そうか。それなら、仕方ないか。一先ず買ったものを置いてから、早速買い物に行くか」
「そうだね。うん」
なんだか、おじいちゃんが燃えているけど、なんで燃えているのかわからない。なんか楽しいことでもあるのかな?
そう、あくまでさっきまで味わった朝市はついでで、本当の目的は魔法学院の入学にあたって必要な物品の購入だった。お店の都合とかも相待って、とりあえずの今日は魔法薬学に関する物品を買いに行くらしかった。その後に杖の購入。そして、文房具など、こちらの世界で標準的とされている日用品の購入だそうだ。魔法薬学の物品はおじいちゃんが盛り上がるかもしれないけど、他はどうなんだろうか。そんなことを思いながら、三人で一旦帰路についた。
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