準備だけなら早く済む

 家に帰ってすぐに朝食を済ませ、今度は町の中心、市場から少し離れたところに来た。

 ちなみに、朝食はサラダとパンと目玉焼きだった。

 結論から言うと、おじいちゃんが特に楽しそうだったのは、最後に行った文房具屋さんだった。

 まずは新品の道具を慣れた様子で手早く購入する。もちろん、僕もルーレットもおじいちゃんには遠く及ばないから、任せっぱなし。たまに大きさを見るために手伝うくらいで、後は二人して綺麗なガラス細工で作られたランプを見ていた。

 次に杖のお店に行った。ここでは、流石魔法に精通しているだけあって、ルーレットに言われたものを使って僕が杖を振る。一本一本試していって、結局、ニワトコと楡の木でできた杖を買うことになった。特に飾り気があるわけじゃないけど、僕自身、他の杖とは違って、スッと手に馴染むような感触をくれたその杖を気に入っていた。

 そして、最後に文房具のお店に来た。

 いや、まあ、最初は普通だった。こっちの世界の技術で作られたノートを数冊、インクと羽根ペン、それと、それらを入れるための腰巻きポーチ的なものを買った。問題はここからだった、おじいちゃんはこれが目当てだと言わんばかりに、僕に似合うブックバンドを探し始めた。ブックバンドって言うと、昔あるテレビでやっていたパズルのアニメの主人公が使っているような教科書を束ねるあれしか思いつかない。それが目当てだったらしくて、金属有無から始まり、色み、革の種類など、もろもろをこだわっていた。そして、終わる頃にはすでにお昼を過ぎていた。砂時計によると残り時間は一時間らしい。

 まあ、もちろんおじいちゃんの家に戻るわけで、早速増えた持ち物を自身の部屋に片付けていく。流石に、これをあっちの世界に持ち込んで誤魔化せる自信がなかった。

 そして、後二十分であっちの世界に戻ると言う時間に、ルーレットが部屋に来ていった。明日はできれば薄着できてください。そう言われた。まあ、夏だし、薄い分には何も問題ないけど。明日は何があるのだろうかと思い返してみて、すぐに納得した。なぜなら、明日は制服を買いに行くからだった。縫うのに時間がかかるのではなく、サイズ調整に時間がかかるそうだ。だから、明日行っても特に変わりはない。その点、今日行った文房具店は明日は定休日らしい。

 地球に戻ってからは特に変わったこともなく、最近の習慣通り、おじいちゃんの店を手伝った。ちなみに、朝早くから手伝った甲斐あって、途中で暇な時間ができ、その時間で小説を読んでいた。久しぶりに教科書じゃない、まともなお話を読んだ気がした。


 次の日はいつもの時間帯に起きて、ゆっくりと準備をしながら、web小説の更新がきているのを見つけて、それを読んだりしていた。

 そして、八時ぐらいにあっちの世界へ行った。

 制服というくらいだし、魔法使いだから裾の長いローブでも着るのかと思っていたら、そうでもなかった。確かに、裾が長いローブは定番中の定番で、好んで着る人も多いという。それに、魔法使いが裾の長いローブを着るのは、後ろに裾が長い服が魔術師の正装だかららしい。

 だけど、最近では魔法を使えるだけの魔法使いより、体を動かすことのできる魔法使いが重宝されているのか。新目のモデルとして、裾が短く、体にフィットしたもの、とりわけ、伸縮性の高いものが置かれていた。確かに、そっちの方が断然動きやすそうだ。もちろん、邪魔にならない程度に後ろの裾が長くしてあるのはいうまでもない。

 その中から、僕の好みとルーレットの見立てで決まったのは、マントを羽織るタイプのもので、これなら、ローブなどでなくとも良いらしい。中は白シャツと藍色のズボン。これだけだと、自分が大人の人と同じような格好をしているようで恥ずかしかった。うん。だって、おじいちゃんにもルーレットにもサラリーマンだねって言われるんだもん。そう思うじゃん。

 そんなことは思いつつ、動きやすさとデザインは全体的に気に入ってるし、そんな服だけでうだうだと噛んだえていても仕方がない。

 サイズの微調整をお願いして、その制服店を去った。


 それも終わってしまうと、流石に暇になった。まだ時刻は十一時。お昼にするには少し早すぎる。

 じゃあ、どうしようかということになって、どうしようかと悩んでいる。そして今は部屋のベッドの上で両腕を広げ、仰向けになっている。

 書店に行って本を買いたいところだけど、まずは自分でお金を稼ぎたい。かといって、今から行くにしても時間が足りないらしい。

「克人、ちょっと良いか?」

 おじいちゃんがきたから体を起こす。

「何?」

「いや、何、暇そうだなと思ってな。せっかくだし、少しは見習い〈アプレンティス〉らしく俺の指導を受けてみるっていうのはどうだ?」

「あ、そっか。それがあったか」

 盲点だった。そういえば、最近までずっと試験の勉強ばかりしていたから、自分の職業のことを忘れていた。

「まあ、明日からギルドで仕事を受けるなら、今日の残りの時間ぐらい、分けてくれ」

「あ、うん。そうだね。じゃあ、お願い」

 そう言って、唐突に見習いとしての修行が始まった。

 おじいちゃんについて一階に行くと、テーブルの上にはすでにいくつかの食材と水、コップや調理器具が揃えられていた。

「まあ、教えるって言っても、正直なところ、説明するより、体感した方がわかりやすい。だから、今から俺がお手本として作るから、それを真似てくれ。そうだな、最初だし、初級のポーションから行くか」

 なんだろう、うん。わかっていたけど、おじいちゃんって人に物を教えるのが下手くそだよね。うん。知ってた。ていうか、基本的に根性論の人だよね。と、半ば呆れた目でおじいちゃんをみていた。そのみられている側のおじいちゃんは意に解さないのか、特に気にすることもなく準備をしはじめた。

 ちなみに、ポーションには二つの種類がある。一つは今からおじいちゃんがやろうとしているように、食材から作り出す方法。この方法で作られたのが魔法飲料と呼ばれる。もう一つは生命魔法の延長線で、水に触れた生物の体調を改善させる魔法を聖水に付与するう方法。魔法飲料はあくまでカフェのマスターという職業についていないとできない。それに引き換え、もう一つの方法は生命魔法が使えれば、後は聖水に付与するだけだから、作ろうと思えば誰でも作れる。

 しかしその分、品質が安定するのはおじいちゃんのようなやり方。だからこそ、高くなるし、作れる量も多くない。安くて、品質が安定しない分、大量生産できるのとどちらを取るかと言われれば、まあ、安い方になるよね。そういうわけで、世の中に出回っているポーションのほとんどが聖水に付与するやり方になっている。

「まずは包丁で食材を半分に切る。この時に、できるだけ薄く魔力をナイフに沿わせる。これで、食材の効能を断ち切ることなく、切ることができる。それで、後は、魔力を食材に浸透させながら細かく切り、こういう板で押しつぶす。出てきた汁がポーションになる。この方法なら全て天然由来だし、甘い果実を使っているから飲みやすい」

 そう言いながら、絞ったカスを網で受け取りつつ、汁だけコップに注ぎ入れた。慣れているだけあって、手際良い。あと、ナイフに魔力を沿わせるとき、本当に薄く魔力が伸びていた。自分ができるかどうかわからないけど、おじいちゃんにできるんだから、僕にもできるはず。そう思って、早速自分もやってみることにした。

「最初は食材に魔力を浸透させること。浸透させる意味は、魔力によって食材の持つ魔力を活性化させ、効能を伸ばすため。だから、食事全体に満遍なく魔力をいきとどかせることを意識すると良い」

 言われた通り、魔力を目の前の食材に浸透させてみる。

 使うのはさっきの実演で余った林檎らしい木の実。表面の赤は一緒で、なぜか中が緑色で、グミのような種がぎっしりと入っていた。パッションフルーツが一番近いのかもしれない。パッションフルーツの種は食べると苦かったり酸っぱかったりするけど、こっちの種は、その中身こそがりんごと同じような味わいで、食感もしゃりしゃりとしている。

 その林檎に集中する。言われた通り、にしていると、徐々に林檎の持つ魔力がわかってきた。それを元に、自分の魔力を張り巡らす。そして、全体に馴染ませて、浸透させる。

「克人、もう十分だぞ。ていうか、それ以上やると種が飛ぶからやめろ」

「え?」

 言われた通りにやったんだけどなと思って手元を見ると、林檎の中身が溢れ出そうになっていた。

「え、あ。こんなことになっていたんだ」

「活性化させすぎると腐敗はしないが、熟し過ぎた状態になる。だから、全体に浸透したと思ったら、そこでやめた方が良い。ちょっと変わってくれ」

 そう言って、おじいちゃんは僕に横へずれるよう示した。

「それじゃあ、いくぞ」

 そう言っておじいちゃんは林檎の周りに結界を張って、りんごに魔力を流し込み始めた。すると、ものの五秒で、結界の壁に林檎が飛び散った。思わずビクッとしてしまう。

「まあ、こうなる。もちろん食べれなくないが、ものすごく甘いから、食べるなら注意だ」

「あ、そうなんだ」

 こういうってことは、実際におじいちゃんは食べたことがあるみたいだ。

 魔力を活性化させ過ぎた。

 それなら、最低限の魔力で、林檎の持つ本来の魔力が増幅すれば良いんじゃないか。

 そう考えて、新しい林檎を出す。

 集中してその林檎の魔力の魔力を視る。それに対して、少しずつ魔力を流していって、林檎の魔力が動いたように視えたところで浸透させるのをやめる。

「ほーう。二回目で一流の技を習得するとは大したものだな。しかし、そのやり方なら、ナイフの練習もいらないな。うん。よし、克人、ナイフに魔力を沿わせて切ってみろ」

 上手く行ったみたいでよかった。おじいちゃんの言った通りにしてみる。イメージはさっきと同じ。薄く魔力を伸ばして、触れているものに沿わせる。そして、切る。

「あーっと、一回それを食べてみろ」

 食べてみると、前に食べた時よりも甘くなっている気がする。でも、シャキシャキ感はずっと強い気がする。

「うん。美味しいけど、これがどうかしたの?」

「そうだな。実は、同じよな生育度合いだったのがここにあるんだが、これも食べてみてくれ」

 なんだろうと思って、おじいちゃんが普通にナイフで割ったそれを食べてみる。

「え?」

 まずは驚いた。

 だって、さっきまで感じた甘さがほとんどないから。

 確かに林檎だけど、まだ熟れていない気がする。気のせいか、種の食感もさっきより固い。

「今食べ比べてわかった通り、魔力を流すと活性化して、その影響で生育が進む。他の食材も、基本的には生育途中のものを使う。もちろん、この生育途中の食材の状態で使う場合もあるから一概にはいえないが、生育途中の食材を使うのは魔力を浸透させて活性化させることで食材を最適な状態にするため。熟れ過ぎても未熟過ぎてもダメな最適な状態。だから、カフェのマスターには繊細な魔力の調整、食材の状態の認知、細かい感覚。その辺りが重要になってくる」

 そうなんだ。それじゃあ、職業につける人が少ないわけだ。

「つまり、食材の状態を知ることができ、それを最も最適な状態にまで高めることができれば良いってわけだ。まあ、だから、こっちで食材そのものを食べるときは少し注意してみると良い」

「うん。わかった」

 その後、お昼も食べずに食材の状態を知る練習と、おじいちゃんが最適に活性化させた食材の魔力を視る練習をした。

 その中で知ったこととして、ナイフに魔力を沿わせる理由がある。最初におじいちゃんも言っていたけど、普通に切ると食材の魔力の流れをただ断ち切るだけで終わってしまう。切る前までは基本的に食材は魔力の流れを持っているらしい。だけど、切ることでその魔力の流れを切って、結果的に流れを止める。要は本当の意味で食材の命を絶っていることになるそうだ。

 それを防ぐために、魔力の流れを切るだけじゃなくて、切っている人の魔力を通して繋ぎ直すことで流れを止めないでいるらしい。

 そこまで意識したことはなかったけど、特に野菜なんかは、生物として重要な部分を切っているわけだから、納得できた。

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