魔法学院ー1日目 長い1日だった ②

「それじゃあリタ、克人と俺はそろそろ帰るな」

「そうね。そろそろ時間が来そうだものね」

 結局、エインスさんと理事長からおじいちゃんの逸話を聞いた。半分、いや、九割は理事長の口から聞いたけど。

「そうでしたね。克人くんは時間制限がありましたね。ああ、そうだ。すみません、克人くん、耳をお貸し願いますかな?」

「あ、はい」

 エインスさんが何かを思い出したようで、僕にだけ聞こえるように耳打ちする。

「図書館に行く前に話そうと思っていたことなのですが、私が書いた小説のようなものを読んでいただけますか?」

「良いですけど……あんまり難しいのは理解できないかもしれないですよ?」

「それで良いのです。あなたの率直な感想をお聞きたいだけですから」

「あ、分かりました」

 エインスさんが小説を書いているのは話してくれたけど、まさか、読ませてくれるとは。

「話はもう終わったか?」

「ええ。それでは克人くん、オールドマスター、またお会いできる日を楽しみにしています」

「クハハハハ。その名で呼ばれるのは久しいな」

「そうでしょうか? あなたの功績は色々なところに残っていますから。そうでなくとも、今の子供達であなたの存在を知らないものはおりませんよ」

 おじいちゃんは豪快に笑っていたけど、オールドマスター。ってなんだろ。後でおじいちゃんに聞かなきゃ。

「それじゃあ理事長、これで失礼します」

「ああ、そうそう、克人くん、私のことはリタで良いわ。このバカと親しい人はみんな私をリタって呼ぶし。それに、あなたはこのバカの身内だから良いわ。うん。むしろ、このバカに呼ばれるよりも気持ちが良いわ」

 なんだか、リタさんの心のうちがダダ漏れているけど。そういうことなら、遠慮せずにいこうかな。

「わかりました。それじゃあ、リタさんって呼ばせてもらいますね」

「うん。それで良いわ。それじゃあ、八日後に会いましょう」

 色々と余計なことを考えながら、理事長の部屋を出て、学院の敷地を抜けて、そして来た道を歩く。

 いつもはおじいちゃんのこっちでの家にいるだけだけだから、こういう街並みを見ることはあまりない。それに、一度だけ、こっちの世界に来た初日に街を見たけど、行きといい帰りといい急いでいたからゆっくり見れなかった。

 だから新しい発見もあった。

 いつもは朝早くに朝市が開かれていること。昼間は朝市ほどではないにせよ、お店が営業していること。そして、夜には食べ物を売る店を中心にした夜市が開かれること。

 今はちょうどお昼を過ぎたぐらい。

 通りにはお昼を出す店のテーブルがはみ出していたりと、そこらじゅうから食欲をそそる良い匂いが飛び込んできた。

 そして、少し行くと、街を抜けて道の両側が小麦畑になっているところにでる。もうすでに穂の先には小麦の粒がついていた。

 そして、もう少し行くとおじいちゃんの家が見えてきた。

 一軒家にしては大きくて、かといって部屋数はそこまで多くない。そして、玄関から入ってすぐのスペースが広い。前に教えてもらった時、元々はここでカフェをやっていたらしい。そういえば、街ではとカフェと書かれた店は一件も見なかったけどなんでだろ。

 疑問が重なっていく。

 あと数歩で玄関というところで、人間のような格好になったセロ、もとい、ルーレットが扉を開けた。

「克人様、おかえりなさい。ご主人様も。それで、結果はどうでした?」

 ものすごく食い気味にルーレットが聞いてくる。

「ルー、まずは落ち着け。俺も克人もまだ一息ついてない。座れなくとも、せめて家の中には入らせてくれ」

「あら、そうでしたね。起きたらこちらに来ていて、克人様の姿も見えなかったので取り乱してしまいましたわ」

 ルーレットはドアを後ろ手に押さえながら、横にスッとずれた。

 中に入ると、おじいちゃんがタンタンと手を打ち合わせた。すると、壁際に積み寄せられていたテーブルと椅子が飛んできた。椅子が三脚だから、ここに座れば良いのかなと思っていたら、おじいちゃんが颯爽と座った。いつの間にか、ルーレットは紅茶を入れて持ってきていた。そういえば、珈琲はおじいちゃんの方がうまく入れているけど、紅茶に関してはルーレットの方が美味しく入れている気がする。本人はそんなことありませんって、否定しているけど。

「さて、結果の方だが、俺もまだ知らされていない。ちなみに、リタの見立てでは間違いなく飛び級できるらしい。まあ、最近魔法局からのお達しで実技の飛び級は認定調査官の試験でしか認められないらしいがな」

「まあ、そんなことが」

「仕方ないだろ。魔法局も半端な魔法使いが成績優秀としてくるより、魔法が使えるやつを迎え入れたいんだろう。あいつの考えることだ。考えることはしっかりしてるんだろうよ」

 話から推測するに、魔法局にいる『あいつ』なる人はおじいちゃんと親しい関係なのかな?

「そう、まあ、それなら良いわ」

 あ、そう言えば、オールドマスターってなんだったんだろう。

 唐突に、聞きたかったことを思い出してしまった。

「あの、オールドマスターって何? リタさんの秘書のエインスさんが言っていたんだけど」

 そういうと、二人ともあれのことね、というかのようにゆっくりとうなづいていた。

「エインス様ですね。私も久しくお会いしてませんね……、今度会いにいこうかしら。で、ご主人様の異名についてですね。簡単にいうと、賢者、つまり、マスターと呼ばれる称号がりまして。その称号を全て得たことからオールドマスターと呼ばれるようになりました」

「え、じゃあ、カフェのマスターは職業名じゃないの?」

「そっちのマスターは店主の意味ですね。カフェで出されるものは魔力を含み、摂取した人の身体的能力を向上させたり、精神を安定させたりします。魔法に精通していなきゃいけないので、賢者のマスターと同レベルでないと職業として成り立たないので、そういう意味では同じような意味になるかもしれませんね」

「そうなんだ……(おじいちゃんって本当にすごいんだな)」

「克人、流石の俺も傷つくぞ」

 おじいちゃんが悲しそうな顔をしたのに気がついて、居住まいを正して誤魔化す。

「それで、今日はもうこれと言ってできることはないな。時間もそこまである訳じゃない」

「そうですね。それなら、こちらの食材を使った料理でも作りますか?」

「そうだな。そうするか……。それじゃあ、ルー、俺が作っている間にあの時計と行き来の条件を教えてやってくれ」

「わかりました。それじゃあ克人様、克人様の部屋でお話しします。私はとってくるものがあるので、先に行っって待っていてください」

 それだけ言ってルーレットは二階へと上がっていった。

 この家の中には部屋が九部屋ある。

 そのうち、一階にあるのは家主のおじいちゃんの部屋、食糧庫、キッチン、手洗いとお風呂場、トイレ。2階にあるのが僕の部屋、ルーレットの部屋、武器庫、書庫だった。

 僕の部屋にもベットはあるけど、基本的には荷物を置くための部屋。その荷物も、大体がマジックバッグにしまえるから、こっちで着る服ぐらいしか私物はない。

 ベッドの端に座っていると、ルーレットが小箱と筒に丸めた紙を抱えてやってきた。

「それではまず、強制転移の魔法について話しておこうと思います。この紙を見てください」

 筒に丸めた紙を広げると、そこには中心に大きく魔法陣が描かれていた。上には魔法の名前、強制転移と書かれ、その特徴がかかれていた。下には何か見たことのない文字が書かれている。

「これが強制転移に時間の制限付きで転移元の世界の時間を止める効果を付け加えた魔法陣です。前にもお話しした通り、この魔法には十時間しか元の世界の時間を止められないという制限があります。その制限を守らないから何が起きるわけでもないですが、あなたの生活に少なからず影響が出ます。また、そもそもとして、この魔法が使えるのは空間魔法を使える魔法使いのみです。それと、私やご主人様がいない時でも強制転移ができるように、この魔法を覚えておいてもらいたいのです。ここまでで質問はありますか?」

 特に疑問点はない。

 そもそも、十時間向こうの世界の時間を止めるのは、こっちの1日が三十四時間だから。向こうよりも十時間多いからそうするだけで、基本的には変わらない。例えば、今がこっちでいう十五時で、この席のお昼は十四時ぐらいになる。朝は大体七時ぐらい。夕ご飯時は二十四時ぐらいと割とゆったりしている。まあ、この世界の人は間食が多いみたいで、さっきみたいに朝からケーキをガッツリと食べたりしている。

「それじゃあ、魔法の練習は後ほどするとして、こちらの時計をお渡ししておきます」

 そう言って差し出されたのは、案の定小箱の方だった。中を開けると、銀色の玉のようなものが鎖に通されていた。手に取るとスッとリボンが解けるように銀の玉の表面がリング状になった。中では砂時計が浮いていた。すなは白色で、銀色と相まって雪のように見えた。その粒をもっとよく見たいなと思って目を凝らすと、脳の中に『残り三時間二十四分』という情報が流れ込んできた。驚いて顔を離すと、さっきとは逆にリングから銀庵のリボンがで、砂時計を覆った。

「体験してもらった通り、この砂時計はあなたの脳内に十時間のうちのどのぐらい時間が残っているのかを知らせてくれます。また、十時間を過ぎた場合はどのぐらい過ぎているかを知らせます」

「それじゃあ、これは首から下げて、必要な時に見れば良いんだね」

「はい。それと、この家に入るための鍵としての機能も合るので、失くさないようお願いします」

 今の内からつけておこう。そう思って、小箱の中からその砂時計を取り出して首にかける。ピッタリと僕のサイズに合っていた。小箱の中には、この砂時計を支えていた名残で、紫色のクッション材が少し凹んでいた。

「それでは、そろそろご主人様がお昼を作り終えたところでしょうし、一回に戻りますか」

「そうだね」

 空になった小箱はなんか綺麗だったからゴミにせず、一先ず備え付けの机に置くことにした。

 部屋のドアを開けると、一階から良い匂いが漂ってきた。

「おじいちゃん、何か手伝うことある?」

「説明も終わったみたいだな。それじゃあ克人、テーブルの上をそこの布巾で拭いて、ランチョンマットとフォークを並べてくれ。ルーはこっちのフライパンの中が焦げないように適当に混ぜておいてくれ」

「わかりました」

「分かった」

 二人の声が重なったことに笑う。そして、すぐに言われたことに取り掛かる。

 ランチョンマットとフォークはすぐに見つかった。もともとカフェということは、要は食べ物を出していたということ。なら、取り出しやすい場所によく使うものは置かれている。

 よく絞った布巾でテーブルの上を拭いた後、ランチョンマットを敷いてフォークを置いていく。

 置き終わったのを見計らってルーレットがお皿に盛り付けて持ってくる。おじいちゃんは、どうやら珈琲を入れているみたいだった。

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