魔法学院ー1日目 図書館
金木犀の匂いがした中庭から歩くこと五分。
窓とは反対側、さっきまでなら教室のあった側には、木製の扉があった。こじんまりとしているけれど、綺麗に丁寧に掃除がされている。ドアノブは金属製なのか、背後の窓から差し込む光で輝いて見えた。
「失礼します」
エインスさんがドアを開けながらそう言った。
続いて僕も入る。
中は、まさに本の森だった。
見上げるほどに高い天井、そこまで伸びる本棚。パッと見た感じだと、今いる階を一階として十階まであり、壁に沿うように本棚が聳え立っている。二階から上は本棚と同じように並ぶ歩道が階段でつながっているだけで、あとは吹き抜けだった。ただし、その吹き抜けの一階から三階あたりまでは何かしらの構造物があった。ぱっと見だけで分からないからなんとも言えない。
本棚は見渡す限り、どこにも空白がなく、その多さが窺い知れる。
「克人くん、あちらの女性に渡してください」
「え? ああ、これのことか」
図書館の規模の大きさに圧倒して、理事長から渡された紙をすっかり忘れていた。
エインスさんの示す先にいたのは細く綺麗な女性の方だった。眼鏡と目元のせいか厳しそうに感じたが、少なくとも、容姿は綺麗だった。
「あの、すみません」
その女性がいたのは入り口から見て左側の壁際。そこだけは本棚に並ぶ本当は少し作りが違っていた。
「どうされましたか?」
その女性は読んでいた本を閉じ、僕に向き直った。
「あの、理事長に、この図書館へ行くならこレを渡してくれって頼まれたんですけど」
「拝見します」
その女性に理事長から託された紙筒を渡すと、慣れた動作で紐をほどき、読み始めた。
そういえば、この女性はなんて名前なんだろうかと思って何かないかと探す。すると、すぐ右横に「図書館長 オートノエル・ルズヴィヒカ 女史』と書かれたネームプレートがあるのを確認した。
「はぁー……」
ルズヴィヒカ女史がため息をついたのを聞いて、何があったんだろうと見る。僕の視線に気づいたのか、すぐに居住まいを正して咳払いをした。
「理事長からの伝言、確かに承りました。エインスさんが案内してきたあなたはカツトくんであっていますね?」
「はい」
「理事長があなたに見せたい面白いものは、あいにく今すぐにできません。ですので、少し手伝ってください」
「あ、はい……?」
ルズヴィヒカ女史に言われたことは一つ。色々な階の本をいくつか持ってきてほしいと言うことだった。僕の後ろで聞いていたエインスさんも手伝ってくれるらしい。
言われた通りに集め終わる頃には、すでに三十分近く経っていた。
「それで、集めてきた本を使って何をするんですか?」
「カツトくん、図書館業務は大きく分けて三つありますがご存知ですか?」
ルズヴィヒカ女史が聞いてきた。
「そうですね……、本の貸し出しと返却とかですか?」
「確かに、それも正しいです。正確には蔵書の記録ですが。あとは蔵書の保存と保管、そして図書館内の整理です」
「要はどんな蔵書がどこにあるか、蔵書を保存して管理する、そして、本の並びの乱れを直す。と言うことであっていますね、女史」
「ええ、エインスさんの言った通りです」
言われてみたら納得だった。あっちの世界の図書館でも、よく図書館の職員の人が棚の本を抜き差ししていた。それに、本にバーコードがついているのだって、要は誰が持っているかを管理するものだ。
「今からやるのは……、まあ、とりあえず見ていてください」
そう言って、ルズヴィヒカ女史は席を離れて、集めた本を置いた台の前に立った。
さっきまで座っていたから分からなかったけど、かなり身長が高い。その上、後ろ髪も長かった。それを後ろで一つにまとめて垂らしている。いかにも魔法使いらしい裾の長いローブもあいまって、細身に見える。まあ、実際に細いんだろうけど。
ルズヴィヒカ女史は袖から杖を取り出して何かを呟いた。そして、勢いよく杖を天井に振り上げた。するとどうだろう、さっきまで台に置かれていた本たちが一斉に空中に浮かび上がって本棚目掛けて飛んでいった。ある本は真ん中のページで左右に分かれて飛ぶように、またある本はそのままの形で。ある本は一度天井ギリギリまで登ってから落ちていくように。千差万別、十人十色に飛んでいった。
「どうです? この魔法を作るのには少し苦労しましたが、このお陰で蔵書整理が早く済むんです」
ルズヴィヒカ女史は楽しそうに言っていた。
確かに、この魔法を見たら楽しく思えるだろう。でも、一つ気になることがある。胸の内にしまっておくか迷ったけど、なんとなく聞いてみることにした。
「あの、どうして本によって飛び方が違うんですか?」
「克人くん、やめておいたほうが……」
「いい質問ね」
そう言って、得意げにルズヴィヒカ女史は得意げに話し始めた。なぜだか、嫌な予感がしたけど。
「そもそも、本は一冊一冊に思念があるの。それこそ、人が各々の人格を持つみたいにね。簡単に言えばそれが原因。もう少し詳しく説明すると、本の作者とか内容によって思念が変わってくるんだけど……(省略)……例えば冒険譚だと勇ましい感じになったり……(省略)……でも、この作家の本の場合は一冊一冊違って……(省略)……さらに言えば、書き写した人のその時の気分にも寄って変わって……(省略)……ちょっと待っていて、あの本とかは分かりやすいから」
分かりやすく嫌な予感が的中した。
「克人くん、そろそろ理事長の部屋に戻りますか?」
流石のエインスさんも疲れたみたいだ。僕は考えるまでもなく、首を縦に振った。
ちなみに、女史は二階から三階部分に登る階段をスキップしながら上がっている。
どうやら、ルズヴィヒカ女史は多くの研究者の例に漏れず、自分の好きなことになると話が止まらない、もしくは話が長い人らしい。さっきまでは割とクールだったから違うと思っていたけど、人の本性を計るには早すぎたみたい。
「そういえば、僕はルズヴィヒカ女史のことをなんて呼べば良いんですかね。やっぱり、ルズヴィヒカさんとかが無難なんですかね」
「私は女史と呼んでいますが、どうでしょう。よく耳にするのはやはり、女史ですかね。教授の方々だと呼び捨てだったりするみたいですが」
「じゃあ、無難に女史て呼んでおきます」
「それが良いでしょう。そういえば、克人くんも知っておいたほうが良いことがありますね」
まだ何かあるのだろうか? エインスさんの言葉を聞いて、まだ何かあるという嬉しさを抱きながら、エインスさんに注目する。
「そこまで嬉しかったですか? まあ、良いでしょう。図書館真ん中、吹き抜けの一階から三階部分を見て下さい。そこに四角い建物が見えますね。あの中は一階部分が珈琲店、二階部分がスイーツショップ、三階部分が飲食スペースになっています」
えーっと、スイーツショップと珈琲店か。つまり、休憩所的な感じなのかな?
「もう少し詳しく言うと、図書館内の本を持ち込みながら三階部分でケーキを食べたり珈琲を飲んで読書をしても良い場所ですね。もちろん、純粋にケーキを食べることを楽しんでも良いですが」
「すごい」
「私も偶に利用させてもらっています。ここは図書館内と言うこともあって、私語は控えることになっていますから。まあ、この辺りなら邪魔にはなりませんし、今は新学年への移行期間とあって、学生はきていないのでしゃべっても問題はありませんが」
それはかなり羨ましい。
一人で楽しめるスイーツショップと珈琲店。それを聞くだけでも、利用したいと思わせてくれる。しかも、図書館の本を持ち込んでも良いのなら、尚良い。
「それでも、本を汚したりすると大変なことになるので、あそこで読書をなされる際はご注意を」
「あ、はい」
まあ、普通に考えてそうだよね。
「女史に代わって他についても説明しておきましょうかね」
「そう……ですね」
なんとなく言葉が途切れたのは、視界の端で女史がスキップをしながら通路を移動していたからだ。あ、くるっと一回転した。
「そうしておきましょうか」
結局、ルズヴィヒカ女史が戻ってきてから、また今度ゆっくりと時間が取れる時に話を聞きたいことを伝えた。最初、少しだけ残念そうにしていた女史も大人だけあって、すぐに了承してくれた。
図書館の天井から日が差していたから時間の経過は体感できたけど、エインスさんによると予想よりも時間を取られたらしい。急いで理事長の部屋に戻ることにした。
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