魔法学院ー1日目 試験
あれから階段を登ったり廊下を渡ったりしながら数分歩くと、理事長が足を止めた。
「さて、今から試験をするけど、用意はいいかしら?」
「大丈夫です」
若干緊張しているのか、声が少し上ずった。
「そんなに緊張しなくても大丈夫だよ。筆記試験だけなんだから」
「わかりました……」
「さて、それじゃあ、中に入って。試験問題は全部机の上に置いてあるから」
「筆記用具は自分のを使うんですか?」
これは純粋な疑問だった。理事長がいた部屋を出た時にひっつかんできた
「う〜ん。君はまだ鉛筆を使っているかな?」
「はい」
「それなら、その鉛筆を使ってもいいけど、多分途中から役に立たなくなると思うよ」
そう言われて、今日の試験の科目には
魔力回路を描くには、線の細さがほとんどブレないペンが必要だった。
魔力回路は出来るだけ一定の太さーーというよりも細さと言ったほうが正しいかもしれないがーーで描く必要があった。それはマナが回路を通るときに拡散しすぎないようするためだ。例えば、川なんかだと分かりやすいかもしれない。同じ水量が流れる川の細い所と太い所とでは、水の拡散具合が違う。それは同時に、川の細いところを満たすためには少ない水で済むが、太い所では大量の水が必要なことも表している。
つまり、回路の太さが均一であればあるほどいいのは、その回路を使う術者の負担を抑えるともに、魔力量の減りを少なくしてくれるから。
なので、たとえテストとは言っても、魔力回路を描く上で大切なことは守らなければならない。
「そうですね。鉛筆を使うのはやめておきます。その代わりと言ってはなんですけど、ペンを貸してもらえますか?」
「確かにそうね。そもそも、何を持ってくるべきも案内してなかったんだから。いいわ。私の一存で付与を認めます」
そう言った後、声を潜めて、いたずらっぽく言った。
「本来なら受験者に物の貸し出しとかはしちゃダメなんだけどね」
目で下を見るよう訴えて来たので、その通りにする。すると、理事長の手の上には、さっきまでは無かった羽ペンとインクの瓶が乗っていた。
それに対して、「ありがとうございます」と、お礼を言った。
「使い方はわかるわよね?」
「はい。ルーレットに教えてもらいました」
受け取ったインクの入った瓶を空け、羽ペンの先をインクに入れる。そして、少しの間待つ。だいたい十秒ぐらいしてから羽ペンの先をビンの蓋のふちに当てて、余計なインクを落とす。
それを見届けてから、理事長が「始め」と合図を出した。
解答用紙に名前を書き、まずは問題のレベルや自分との相性を見定めるために一通り目を通す。
問題用紙を一通り見ると、それぞれの科目の基礎的な問題が並んでいた。
でも、基礎的な問題でも、きちんと理解していないと分からない、解けない。そんな類の問題だった。
それをひとつずつ丁寧に、それでいて早く解いていく。
最初は魔力回路に関する穴埋め問題。基礎的な事から重箱の隅をつつくような細かい事を聞いてくる。
それ以降もえげつないような問題を出してきた。
でも、なぜだかわからないけれど、僕にはスラスラ解けた。中学受験の塾に一時期とは言え通っていたからだろうか。
知らない人もいるかもしれないけど、中学受験はかなり厳しい試験だ。問題自体は簡単かもしれない。その代わり、普通は思い付かないような方法で解くしかない。難しい学校はとことん難しい。ただ、試験だから解けないというわけじゃない。解く前の段階の糸口を見出すのが難しいのだ。
それに比べたら、何が問題で、何をどうすれば良いかが明確になっているだけ、この試験の方が解きやすい。
「そこまで」
最後の問題を解き終わったところで、ちょうど終了の合図がなされた。
「お疲れ様。後は教授たちに採点してもらうとして、私の部屋に戻りましょうか。そろそろあっちも退屈している頃だし」
そう言うと、教授はコツコツと靴を鳴らしながら扉の方に向かっていった。僕も慌てて立ち上がり、理事長の後を追う。
来た道と同じところを歩く。
歩いている間、特にこれといったことは話さなかった。僕は沈黙が気まずくて何か話していたかったけど、どんな話題を振って良いか分からなかったし、何よりも、理事長が凛としているせいか、話しかけづらかった。多分、おじいちゃんが何をやらかしただとか、魔法学院で何を学べるだとか、そう言うことを聞けば良かったんだと思う。
でも、とっさにそれが出てこないのは普段友達のいない僕にとっては普通だった。
理事長の部屋の前に来ると、理事長が開けてくれた。
「あ、ありがとうございます」
緊張しているのか、声が裏返った。
そんな僕を見て、理事長はクスッと笑った。口元に手の甲をあてがって笑うその姿は、さっきまでの誰も近づけないような姿とは似ても似つかなかった。多分、素はこっちなんだろう。
「ごめんなさい。あまりにも初心な感じでかわいかったからつい、ね?」
「いえいえ、そんなお気になさらず」
そんなやりとりをしつつ部屋に入ると、おじいちゃんがぐったりとしていた。
「どうしたの……?」
「ああ、それは多分」
「理事長、書類は全て用意できています。お確かめください」
僕と一緒に入ってきた理事長は何があったのか察したようで、少し楽しそうな顔をしていた。ん? 楽しそうな顔? どうしてだろ。ちなみにエインスさんは満面の笑顔だった。ちなみに、尻尾がゆっさ、ヒュ、ゆっさ、とよくわからないリズムを刻んでいた。嬉しいのかな?
「さて、そこのバカは放っておくとして、入学手続きは完了したから、今日はもうやることが残っていない。もう帰っても良いし、近くを散策するでも良い。なんなら、ここの図書館を見ていくのも良いだろう」
「やっぱり、図書館があるんですか」
「ああ、そうだ。ここの図書館はこの辺りだと最も多くの本を収めている。よくある御伽噺然り、魔導書、専門書もある。中には持ち出し禁、閲覧禁の蔵書もあるから全てが読めるわけではないんだがな」
「そうなんですね」
魔法学院にある図書館。その響きは僕に取ってものすごく魅力的だった。
ファンタジーの世界に登場する図書館というものに憧れていた。前々から、もしファンタジーな世界に行けたら行ってみたいと思っていたのだから、行きたいと思うのは当然のことあろう。
「そうだな。ちょっと待っていろ」
そう言うと理事長は机の上に紙を広げ、席について何かを書き始めた。そこに何を書いているかは見えなかったけど、二、三行の文章を書いて、判子を押し、最後に紐で筒状に括ったのは見えた。席から立った理事長はその筒を僕に差し出した。なぜだか、その時の理事長の顔はとても悪い人の顔をしていた気がする。
「もしこの後図書館に行くなら、これを入ってすぐのところにいる女性に渡すと良い。彼女が少しは力になってくれるだろうし、面白いことも見せてくれるだろう」
そういって渡してきたと言うことは、この紙には僕の紹介か何かが書かれているのだろう。当別な待遇をされているようで背中がむず痒くなったけど、ここまでしてもらったなら尚更行きたくなった。それに何より、その面白いことが何かを知りたくなった。
「ありがとうございます。それじゃあ早速この後、図書館に行ってみますね」
「ああ、そうすると良い。そうだ、エインス、道案内をしてやってくれ。ついでに、お供をしてあげてくれ」
「了解しました。理事長」
言われてみて気がついたけど、そう言えば僕はここにくるのが初めて。もちろん、図書館の場所なんて知っているわけがなかった。
「エインスさん、よろしくお願いします」
「こちらこそ。私がお役に立てればと思っております。ところで理事長、そちらの、大賢者様はどういたしましょう?」
「ああ、私が面倒を見ておくよ。何、昔からこのバカの後始末をするのは決まって私なんだ」
「そうでしたね」
理事長はどこか懐かしいことを思い出したような顔をしていた。
この二人が何を話しているかわからなかった。いや、ちゃんと意味はわかるけど、言葉にしていない部分が多すぎてわからなかった。
エインスさんと理事長は主従の関係として、おじいちゃんと理事長は一体どんな関係だったんだろう。同級生にしてはなんだか雰囲気が違う。腐れ縁って言っていたけど、何があったんだろう。
いいや。このことは考えていても仕方がない。ていうか、わかるわけがない。だって、全てのことが表に出ていない状態で、全体のほんの一部しか見ていない人が推理できるわけがないから。それよりも気になるのは大賢者っていう言葉、と言うより、おじいちゃんなんだけど。
「それでは克人くん、行きましょう」
「あ、はい」
いつの間にかエインスさんは理事長室の扉に手をかけて、僕がついてくるのを待っていた。エインスさんと一緒に出た時、なんとなく振り返ると理事長が気づいたのか手を振っていた。
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