魔法学院ー1日目 入学手続き

 今日はギルドを挟んだ向こう側にある魔法学院に向かうことになっていた。

 そして、明日からは授業が始まるらしい。

 ギルドが見えてきたが、今日は特に用事もないので素通りして、その先へ向かう。ギルドまでは少し閑散としていたが、少し学院のほうに行くと、人の数がそれなりに増えてきた。道も、石畳がすり減るぐらいには使い込まれているようだった。

 前々から中世ヨーロッパみたいだなって思っていたけど、この街並みは、もう完全に王都の庶民の町みたいだ。

 そんなことを思いながら、克人はおじいちゃんを見失わないように追いかける。


 しばらく歩くと、一際大きな門が見えてきた。

「克人、ここが魔法学院だ。明日からはルーレットも行かせるけど、ちゃんと覚えておけよ」

「わかった。……ていうか、これを見過ごす人なんていないよね?」

 だって、めちゃくちゃ大きな門なのに、見過ごすわけないでしょ。

「はぁ……。理事長に、進言しとかなきゃならんな……」

「えっと……、おじいちゃん?」

「さて、さっさと手続きを済ませるぞ」

 何が問題だったのか、克人にはわからないままになってしまった。


 学院の中は広く、いくつも建物があった。今日は授業をやっていないからか、歩いていてもあまり生徒の姿を見受けられなかった。

「そういえば、おじいちゃんって、どこでセロと会ったの?」

 無言のまま歩き続けるのは気まずくなって来て、克人はパッと思い浮かんだことを口にした。

「そうだなー。俺とあいつが会ったのは、この学院かな」

「へー」

 やっぱり、おじいちゃんもこの学院を卒業してるんだ。そう思った。

「まあ、会った当初からあいつには散々しごかれたけどな」

 何が合ったのかは想像したくない。ていうか、セロって何歳なの?聞いていいのかな?

 若干変な方向に疑問が広がっているうちに、ある建物の前でおじいちゃんが立ち止まった。プレートを見ると、何かアルファベットのような文字が並んでいた。何の施設かはわからないけれど、レンガ作りの四階建てでそれなりに大きい。

「おじいちゃん、あそこになんて書いてあるの?」

「ああ、あれは教員棟って書いてあるな」

「……普通は事務所とかに行かない?」

「まあな。だが、お前の場合に限ってはこっちに行かないと面倒なんだよ」

 どうやら、道を間違えたわけではないらしい。

「おっと。克人、急ぐぞ」

 そう言って、おじいちゃんはドアベルも押さずにさっさと中に入って、階段を駆け上がり始めた。それに負けないように、克人も克人で急ぐ。

 四階に着くと、おじいちゃんが身なりを整えていた。克人もそれにならって、今一度服装を正した。

「準備はいいか?」

「いいよ」

 何故だか、緊張して来た。少し強張っていた自分の声がその証拠。

 おじいちゃんがドアを開けると、

「遅い。全く,何やってるのよ」

 見た目はかなり若い女の人が出て来た。

「いやー、すまない。ちょっと使い魔が体調を崩してな」

「全く。ルーレットちゃんが体調を崩したのなら私がすぐに向かうと言っていたじゃない」

 そういうと、身を翻して中に入っていった。おじいちゃんがそれに続いたので、僕もそれに倣う。

「いや、それはダメだろ。ちゃんとトップの仕事をしろよ、リタ」

「気安くファーストネームで呼ばないでもらえるかしら」

 そう言って、リタさんが椅子に座った。座ったのは大きな机と壁の間にある一人用の椅子だった。この状況だと、僕は立っているしかないみたいだな……。ちょっと後ろに応接用の椅子があるけど、座ってもいいのだろうか?

 二人の会話を聞いていると、二人は旧知の仲みたいだけど,リタさんーーいや、理事長さんの方がいいのかな?ーーの押しが強いせいか、おじいちゃんの腰が引けている。

「で、君が克人君で合っているかしら?」

「あ、はい。合ってます」

 急に話が振られたから声が裏返った。なんか恥ずかしい。

「さて、そこのバカから話は聞いているけど、結構規格外なんだってね。それに、たぶん名前を名乗っただけで恐れられるかもしれないから、それも考えないとね」

 いまいち状況が掴めずに、救うを求めておじいちゃんの方を向く。

「……」

 無言で微笑まれると、どうして良いか分からないからやめて。

「フィートネール理事長、流石に今の言葉だけで分かれというのは酷ではないですか?」

「こらこら。克人君が困惑しているじゃないか。紹介しよう。この人が私の秘書として働いてくれているエインス君だ……って、克人君、そこまで驚かなくても良いよ?」

 だって、怖そうな顔の男の人が結構可愛らしい猫耳とか猫尻尾をつけてるし。それに、しっかりスーツを着てて、しかも似合うって、普通は驚くものじゃないの?

「す、すみません。でも、エインスさんはどこから出てきたんですか?扉の音してなかったし」

「ああ、それでしたら。詳細は教えられませんが、忍足できました。自分で言うのもなんですが、猫人族なので」

「はあ……」

「克人君、そのくらいでいいかしら?」

「す、すみません」

 フィートネール理事長が咳払いを二回すると、場の空気が一気に硬いものとなった。唯一、場の空気に飲まれていないのは、理事長を除いておじいちゃんだけみたいだった。エインスさんはさっきまでとは違い、ピンッと神経を張り詰めているようだった。

「さて、どこから話始めようかしら?……そうね、まず、克人君には一年生として編入してもらいます。だけれど、あなたがどの程度まで知っているかをみたいから、飛び級テストを受けてもらいます。それは良いですか?」

 それに無言で頷く。

「それと、この学院内では気安く自分の姓を教えない方が身のためだと言っておきます。まあ、名前は言っても良いと思いますが」

 そこは、さっきから気になっていた。

「あの、何で姓を名乗っちゃダメなんですか?」

「ああ、それはね。そこにいるバカが色々と伝説を残してしまったからだよ!あと、そこのバカの名前はほとんどのものに知れ渡っているから、余程の箱入りか無知じゃない限り知っているだろう」

「おじいちゃん、何やったの……?」

 伝説として名前が知れ渡っているほどなんだから、よっぽど凄いことをしたか、よっぽど酷かったかのどちらかだ。

「リタ、俺が何したっていうんだよ」

 おじいちゃんは何も心当たりがないようだった。それとは逆に、周りは『嘘だろ……』と言った目でおじいちゃんを見た。

「お前な……。お前が何と言おうと、魔法薬学の考え方を根本からひっくり返して、その上、魔法薬学をこの世界で言う何十年分進歩させたか、分かった上で言っているんだろうな?」

「あれは、昔の書物の解釈を間違えていたお偉方の汚点を尻拭いしただけだろ」

「はぁ!?どの口が言うのよ。ていうか、誰も価値のある文献だなんて想っていなかったものを引っ張り出してきて、そっちの方が正しいと証明しちゃったのはあんたでしょう」

 本当におじいちゃんはに何をやったのだろうか。

 リタさんの言っていることが本当なら、おじいちゃんは魔法薬学の道を正しい方向に導き直したということになる。

 何故だか、理事長さんが巻き込まれて散々振り回されたのではないかという憶測が頭をよぎった。

「あの、フィートネール理事長、ご友人とのご歓談は後ほどでも……」

「別に友人でもないわ。ただの顔見知り。さて、じゃあ、試験の前に、とりあえず入学手続き用の書類を書いて。そこのバカ!」

 おじいちゃんがバカと呼ばれて、「バカが名前じゃないんだけどな……」と呟いているけど、何故だか仕方ない気がしてきた。

「あんたも手伝ってあげて。エインスもお願い」

「かしこまりました」

 理事長から書類を受け取ったエインスさんが僕に応接用の椅子に座るように促した。

「一先ず、名前などの基本情報を埋めていただけますか?文字は漢字でも大丈夫です」

 なぜ漢字でも大丈夫なのかと疑問に思ったのだけれど、まあ、気にしない方がいいかなと想ってとりあえず空欄を埋めていくことにした。

 この用紙はなぜかすべて漢字表記がなされている。そこも疑問だ。

 氏名、性別、魔法適性、年齢などの情報を書くと、下のところには保護者氏名の記載の欄があった。

「ああ、そこは書くから」

 そう言って、横からおじいちゃんがペンと紙を取っていった。

「さて、後の細かいのはエインスがバカに案内して。その間に試験をやっちゃうから。克人君、私について来て頂戴」

 そう言いながら扉を開けて廊下に歩みを進めた理事長さんを横目に見る。遅れて、見失わないうちに追いかけなきゃと思って小走りになりながら廊下に出た。

 もう先に行ってしまったのかと心配になたが、あまり離れていないところにいたので見失わないうちにと、彼女の後を追う。

「全く。私に全てを押し付けてここから逃げていったのは誰よ……」

 おじいちゃんへの文句がたらたらと流れている。

 でも、多分だけど、この人は本当におじいちゃんのことを嫌っているわけではないと思う。だって、本当に嫌いだったら、こんなに楽しそうに、笑顔で、ほっとした風に文句を言ったりしないはずだから。

 そう思った。

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