なぁ、何があったの……

 目を覚ますと、おじいちゃんのカフェの裏口の床に寝ていた。

 見上げると、そこにはいつもの木造の梁、天井、床、窓があった。窓の方から差し込んでくる日差しは朝と同じように差し込んできていた。

 体を起こそうとすると、吐き気がこみ上げてきた。

「克人、大丈夫か」

 声のした方に目を向けるとおじいちゃんが立っていた。その足元には猫の姿になったルーレットがいた。この世界では一応セロと呼ぶべきなのかな?

 それよりも、

「吐き気がする。……あと、頭も少し痛い」

「おお、そうか。それは典型的な強制転移のせいだな」

強制転移?

 強制的に転移する、いや、なのかな?そう克人が難しい顔をしていると、頬にザラザラとした感触が伝わってきた。目の端にはセロの横腹が見えた。

「セロ、くすぐったい」

「ミャー」

 思わず笑顔になってしまう。それに答えるように、まるでルーレットが、克人様は笑顔が一番ですとでも言うように嬉しそうにセロが鳴いた。

「さて、克人。強制転移はお前が考えている通り、強制的に転移させる魔法だ。通常ならこんな手荒な真似はしたくないんだが、さっきはちと急がなければならなかった。何故だかわかるか?」

「それって、帰り道に言ってた、僕があっちの世界に長く居過ぎるとこっちの世界に戻れなくなるって言う……」

「そうだ。お前が向こうの世界に要られる時間は一日に10時間。それだけの時間で色々とお前にはやってもらうつもりだ」

 10時間……。それが僕が向こうにいられる時間。10時間と言うと短いようで長く、長いようで短い。具体的に言うなら、昨日まで通っていたことになっている塾にいた時間が、朝8時半から午後夜の6時だったので、それより30分長いだけである。

「えっと、おじいちゃん、色々って何をやるの?」

「大部分は学院に行く感じになるな。見習いとしての活動はこっちの世界に帰ってきてからだな。職業はこっちで練習しても変わらないからな」

 魔法ってこっちの世界でも練習して大丈夫なのかと思ってしまった。

「あっ、それよりも、なんか朝見たときの光景とあまり変わってないように見えるんだけど……」

「お、よく気がついたな。お前の学校の妨げにならないように魔法には向こうの世界に転移した時間からこっちの世界の時間を止めるように設定したんだ」

「魔法ってすごいね……」

「だろ?」

 確かにそれならこっちの世界にあまり影響がないように思える。今は夏休みだからいいけど、夏休みが終わったら一日10時間もいられないからな。

「さて、克人、せっかくきたんだから店の手伝いしてきな」

「あ、うん。元々そのつもりできてた」



 喫茶店で出すロールパンはその朝焼いたものを使っているため、朝から結構焼くのを知っている。あまり人が来ていないように見えて、実は人が来ているみたいだ。塾帰りに勉強している2時間の間でもざっと5人ぐらいのお客さんが来ていた。前に手伝った時はI日に50人ぐらいのお客さんが来ていた。まあ、お昼に昼食を取りに来る人が10人ぐらいはいるんだけど。

「克人、オーブンの余熱かけといてくれ」

「何度?」

「180度。ついでに、使い終わったボールとか洗っておいてくれ」

「はーい」

 店の開店は午前10時だから少し急がなきゃならない。



 パンの準備は終わり、あとは焼きあがるのを待つのみとなった。

「おじいちゃん」

「なんだ?」

「ちょっと気になったんだけど、 おじいちゃんって一体何者なの?こっちの世界では喫茶店を経営していて、向こうではカフェのマスターっていう職業をして結構知られてるみたいだし」

 おじいちゃんは少し難しそうな顔をした。

「そうだな……。特にこれといったものはないんだが、強いて言うなら魔法も使える日本人だな」

「それじゃあ、答えになってないよ」

「そうか?」

 おじいちゃんは意外そうな顔をした。

「生まれも育ちもこっちの世界で、たまたまルーと会ってそこからあっちの世界に浸かるようになったからな」

 そういうものなのか。向こうの世界ではかなり名前が知られているから、てっきり向こうの世界で生まれて、こっちの世界で暮らし始めたとばかり思っていた。まあ、そうか。この世界で生まれていなかったら色々と記憶にラグが生じちゃうからな。一応ちゃんとした戸籍はあるみたいだし……。

 あれ?

 ちょっと待て。それにしてはこの人色々と若すぎやしないか?今まで気がつかなかったけど、確かこの人戸籍的にはもう60過ぎてなかったか?そう思って、おじちゃんの顔を確認しても、いつもと変わらずまるで30肌が若くて、いつもせっせと喫茶店の準備をしている。

「どうしたんだ?」

 おじいちゃんが僕の視線に気がついた。

「いや、今更だけど、おじいちゃんって30代みたいに若々しい肌してるなと思って」

 そういうと、おじいちゃんが少し驚愕したような顔をした。

「克人、お前、やっぱり魔法の才能あるな」

 向こうの世界で数時間前ぐらいに魔力測定やらをしているので、「今更魔法の適性があると言われても……」といった感じなのだが。

「いやー、俺の息子であるはずのたかし、あ、お前から見たら父親な、でもわからない魔法を破ることができるとは……」

「え!父さんも魔法が使えるの?」

「いや、あいつにはその才能があまりなかった。まぁ、魔力量は一般人より断然あるせいもあって特殊な能力を持って生まれてきてしまったからな」

 全然知らなかった。というか、これって血筋とかが関係してたんだ、と今更ながら気がついた。

「話を戻すと、俺は自身にかなり強力な調合魔法で容姿改変の魔法をかけたんだ。それも、こっちの時間の流れに合わせてどんどん容姿が老いていくようにな。向こうのほうが時間の流れが遅いから向こうにいる時間が長くなるだけ、身体の成長が遅くなるんだ。一応この体はこっちの時間と同じペースで成長して行くようにできているからな」

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