カフェのマスター

開店時間より一時間早くおじいちゃんのカフェについた。もちろん、表は閉まっていたので裏口から入っていった。

「おじいちゃん……?」

中に入ると、そこには人は誰もいなかった。

「ミャー」

下を見るとセロがいた。家に置いて来たはずなんだけど、大方魔法でも使ったんだろう。

すでに思考がファンタジーに染まりつつあるのか、克人は自分の考えに違和感を持つことはなかった。

そんなことを考えていると、セロが二階へ上がる階段を上り始めた。階段が黒いので見失わないようにセロの後を追った。

階段を上りきると、セロはある部屋の前で座っていた。

「ここに入れってことかな……?」

克人はとりあえずその部屋の中に入ることにした。

しかし、ドアを開けても、そこに穴にもなかった。

正確にいうなら、そこにはなかった。

「克人様、その闇はあまり持ちません。詳細は向こうで説明しますのでとりあえず入ってください」

どこからか女の人の声が頭の中に聞こえて来た。

確かに聞いたことのある声のはずだが、思い出せない。

「そろそろ無くなります。とにかく急いで」

その声は必死そうに克人に訴えかけていた。

闇の中に何があるかは分からないが、自分がこの闇の中に入る必要があることは分かった。

入ってみると、自分の周りには何も無いことに気がついた。

あの声の持ち主は一体自分に何をさせる気なのか、途端に心配になって来た。

そして次の瞬間、プツッと糸が切れるように自分の意識がなくなった。



気がついたらベッドのような、でも少し固い台の上に寝かされていた。

耳を澄ますとおそらく隣の部屋でおじいちゃんの声と、さっき聞こえた声が聞こえた。

「酔ったか」

「酔っていますね。もう少し早く来ていただければ、多少の説明はできたのですが……」

どうやら、酔って倒れてしまったらしい。

まだ目を覚ましたと思われていないようだったので、ふと天井を見上げる。西洋風の木造建築のような天井だった。一本一本の木材は茶色や焦げ茶色と地味な色合いのものが多いが、全体を見ると、綺麗に調和が取れていた。日差しが照りこんでくる窓の方は黄土色の木が、影になる部屋の奥は灰色の木に。そのコントラストは見ていて飽きなかった。

「さて克人、そろそろ起きたか?」

気付いていたのか、おじいちゃんが隣の部屋から顔を覗かせてきた。

「うん。ごめん、ちょっと前から起きてた」

「だろうな。少し気配を感じた」

おじいちゃんの方に顔を向けると、いつのまにかセロは窓側にある机の上に乗っていた。

「さて、起きれるか?」

そう言われて、上体を起こす。

ガラスで反射した光が目に入り込んできた。

眩しいと感じたのも束の間、何世紀か前の西洋のような景色が目に入り込んできた。

思わず見惚れていると、おじいちゃんから声がかかった。

「さて、さすがにその格好だと外じゃ目立つから……セロ、適当に見繕ってくれないか?」

セロがさっきまでいたところを見ると、知らない女の人が机に少しだけ腰掛けて立っていた。

「わかりました、ご主人様。克人様、恥ずかしいかと思いますが、服を脱いでいください」

声を聞いてなぜか忘れていた記憶が戻った。

その声は昨日の夢でセロが発声していた声だ。

だが、この姿は知らない人のものだ。ものすごい違和感がある。

「あら、なにも言わずに姿を変えたのが原因かしら?克人様、私はルーレット。職業は魔法使い……というと分かりやすいかしら。向こうの世界ではセロって呼ばれているは」

やっぱりと思ったが、頭が追いついてない。顔や体格は女性だが黒の燕尾服が似合い、赤髪の長髪、そして足が細い。そんな女性を自分は知らなかった。

「まあ、この格好になるのはあなたの前では初めてですから無理もありません。ささ、時間がもったいないですし、早く着替えてしまいましょう」

そう促されて僕は服を脱いだ。

「そうですねー。平民のようなラフな格好がよろしいかと思いますが、ご主人様。それでよろしいですか?」

どうやら、セロは僕が着る服を真剣に選んでくれているようだった。

「そこはセロ、お前に任せる」

はぁー。というため息をついて、セロは何着か服を持ってきた。

「それでは、上にはこれを着てください。おそらく、この丈であっているかと」

言われることを想定していたのか、セロから渡された服はちょうど体にあっていた。どうやら、何かの布を切って端を縫っただけの簡単な作りのもののようだ。

「よかったです。さて、それではズボンですが、どれにしますか?長い丈のもの、短い丈のもの、いざ下の丈のものとありますが、私のオススメは克人様の場合は長い丈のものですね。足が細いのでお似合いかと」

「ありがと、セロ。それじゃあ、長い丈のものを貸してくれない?」

「こちらです」

履いてみるとすごく着心地がいい。そして飾り気はないが、これも自分の体にあっていた。

「お似合いです。ご主人様、用意が整いました」

「それじゃあ、 行きますか」

「え、どこに?」

その問いに対して、さも当然のようにおじいちゃんは言った。

「この世界での身分証明書みたいなものを作りに行くんだよ。あと、職業はアプレンティスでいいな」

「職業?え、どういう……」

アプレンティス?なんなのだろう。そう冷静に考えている場合ではなかった。

それに対し、おじいちゃんは落ち着いた様子でこう言った。

「まあ、話は歩きながらでもできるだろ。とりあえず来い。あ、セロも一応ついてきてくれ」

「はいはい。あなたがあまり説明できていない理由がわかりましたよ。克人様が心配ですし、私も行きましょう」

そう言うと準備していたであろう、革製のバッグを手に提げて扉の方へ向かった。



セロが扉を開けた先にはのどかな景色が広がっていた。といっても、あたり一面畑というわけではなく、適度に住居やお店が散らばっていた。

「さて、さっきの話の続だが、今からこ世界でのお前の身分証明書となるものを作りに行く。まあ、まだお前はこの世界のことをあまり知らないから、見習いアプレンティスという立場にしようってわけだ」

なんでこの世界を知らないと、見習いになるんだと?とおもって、首をかしげた。

「ご主人様、すみませんが、その説明では克人様は理解出来ませんよ」

横から、セローーいや、ルーレットがフォローしてくれた。

「克人様、この世界では、子供の頃から何かしらの職業についているのです。多くの場合は自分の身分や立場、性格を加味して決めます。私の場合は従者、ご主人様の場合は魔法使い、カフェのマスターの二つになります」

「え、職業って同時に二つなれるんですか?」

ルーレットは待ってましたとばかりに答え始めた。

「はい。兼業という言葉があるように可能です。ただし、幾つかの条件をクリアーしなければならないので必ずしもというわけではありません」

つまり、条件さえクリアーすれば兼業できるわけだ

「そこのところは細かいのでいずれお教えします。さて、おそらく、職業なら何にでもなれるんじゃないかと思っていませんか?」

唐突な質問に、とっさに頷いた。

「確かになれますが、一番オーソドックスなのが、そして一番早く職業を習得マスターできるのがアプレンティス、見習いという職業なんです」

つまり、見習いが一番手っ取り早いからということか。ルーレットはぼくが納得したような顔をしたからなのかにっこり笑った。

「克人様は物分かりが早くて助かります。あなたが住んでいるあちらでも、こうして話せるといいのですが、向こうではこの姿になれず、声を出すのにも魔力が安定しているところでないと使えないので、できるだけ短い言葉でしか話せないのです」

それで、夢の中で実際に発声した声を出した時は少しぶっきらぼうだったのだろう。

その後の道中も、ルーレットから幾つかのことがわかった。

まず、この国では12歳になると魔術学院に入学できること。

そして、カフェのマスターという職業についている人は、この世界には片手で数えるほどしかいないということ。そして、僕のおじいちゃんはその中でも一番上のレベルにあたるのでは無いかということを。

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