第10章 遅れてきた探偵(16)
その形相と雰囲気に、僕は思わず後ずさる。
その時は気が付かなかったが、僕の後ろにいた父に、寄り掛った格好で、文子を見た。
「あの…」
「偉そうに! たかが高校生が、なんだ!!」
「やめないか!」
そう言って、文子を羽交い締めにした佐久間刑事を、文子は振り解こうともがく。
「私はね、ずっと我慢してたんだ! この人と結婚して、この家と係わってから、ずっと!」
「……」
「最初はまだ我慢できたのよ! ずっと顔合わせるわけじゃないし、ここに来て我慢すれば済むと思ってたから……」
叫びながら、感情が高ぶってきたのだろう。
文子は声を詰まらせた。
「でも奈々が産まれてから、もう我慢できなくなったわ!」
叫びながら、一番隅で固くなっていた円香を降り返る。
「同じ女の子の孫なのに、あいつは円香ばかり贔屓して! あいつはね、奈々が産まれてから一度たりとも、お祝いはおろか、こづかいも、飴玉の一粒だってくれやしなかったのよ!なのに、あいつはわざと奈々の目の前で、円香にだけは、好きな物を与えるんだ!」
円香にも、覚えがあるのだろう。
さっと下を向いた。
「そんな事を、ずっとされてきた子の、その親の気持ちがわかる!?」
「わ…」
「わかるもんか! お前なんかに! わかるもんかっ!!」
言いかけた、僕の言葉を遮り、文子の半狂乱になった声が響いた。
ずっと溜め込んできたものを、全て吐き出すかのように、文子は同じ言葉を繰り返す。
そして、佐久間刑事に引きずられるように、文子達は部屋から出て行った。
静かになった部屋で、僕はようやく自分の体中が、汗だくになっている事に気が付く。
暑いのに、何故かひんやりと冷たい汗を拭った途端、体から力が抜けて、僕は不覚にも、後ろへ、よろけた。
「秋緒!」
「あ…」
心配そうな顔の幼馴染を見てから、僕はゆっくりと後ろを降り返る。
よろけた僕を、両手で支えた父と目が合った。
「父さん……」
夢から醒めたような気分だった。
そんな僕の気持ちを察したのだろうか。
父は、いつもの笑顔でひとこと言った。
「お疲れ様」
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