第10章 遅れてきた探偵(15)



「なにそれ……。本当に、あんたが二人を?」

 万沙子は少し怯えた顔で、上目遣いで見る。

 だが、文子はもう何も言う気はないらしく、口を結んだままだ。そんな文子を椎名刑事の合図で、数人の警官が取り囲んだ。

「詳しくは警察で聞きますよ」

 大柄な佐久間刑事が、文子の両肩を掴み、部屋の外へと促す。

 文子は黙ったまま、それに従う。

「待ってよ!」

「何ですか」

 万沙子が、いきなり佐久間の腕を掴んだのだ。

「犯人はこの人だけじゃないわよ」

「……どういう事です?」

 聞き返したのは、椎名刑事だ。

 太い腕を、さっと振り上げ、万沙子は文子を指差す。

「奈々よ! こいつら家族で犯人なのよ!」

「違うわ! 奈々は関係ないわ! さっきこの高校生だって言ってたじゃないですか! 奈々はただ、意地悪をしようとしてただけだって!」

 奈々という名に、黙ったままだった文子が叫んだ。

「万沙子姉さん…! 家族でなんてあんまりだ!」

 賢三も黙っていられなかったのだろう。大きな声を出す。

「人殺しがなにさ! あたしはね、あの子に殺されそうになったんだよ」

「それは…」

 万沙子は、今夜ここで、奈々に殺されかけたのは事実だ。だが―――。

「奈々ちゃんは、万沙子さんにも意地悪しようとしてただけですよ」

「え…」

 僕の言葉に、二人は振り返る。

「でも、あたしは父さんと同じように…!」

「ええ。そうです万沙子さんは、正将さんと同じように殺されそうになりました」

 そう僕が言うと、万沙子はそれ見たかとでも言うように、大きく頷いた。

「あんた、さっき奈々は意地悪でって…」

「そうですよ。だから今回も意地悪のつもりだったんです。ただ……」

 僕はこそで、言葉を切る。

「ただ、奈々ちゃんはあの時―――文子さんが正将さんを殺した場面を見ていたのだと思います……」

「………」

 文子は思いもしなかったのだろう。困惑した様子で、微かに首を振った。

「まさか…うそ!」

「でなければ、こんな事小学生が、思いつくなんて思えません」

 勿論それは、僕の希望でもあった。

 あの小さな少女が、そんな恐ろしい事を一人で考えつくとは、思いたくなかったのだ。

 奈々は、別室に連れて行かれているらしい。多分、椎名刑事の配慮なのだろう。

 ここに居ない事が、僕にとっては救いだった。

「でも、奈々ちゃんだけじゃないですよね」

 一呼吸置いて、僕はその男を見据える。

「……賢三さんも、見ていたんじゃないんですか?」

「………」

 文子の夫である賢三は、蒼白い顔をしていたが、目だけは僕を刺す様に見ている。

「これも僕の推測ですけど、あなたが一番あの二人を殺したかったんじゃないですか?」

 三男で、肩身の狭い思いをしている様子だった。

 兄弟とも、仲がいいようにも見えなかった。

 会社をリストラされて、借金もあったという賢三が、多分一番財産が欲しかったのだと思っていた。

「なに、どういうこと?」

 文子は、ますます困惑気味に夫を見た。

「正将さんの時も、弘二さんの時も、もしあなたが文子さんを止めていれば…」

 二人とも、死んでいなかったかもしれない。

 そして、自分の妻が犯罪者になるのを止める事ができたのだ。

「あなた…」

「………」

「どうして?」

 二人の警官が、賢三の両端を固める。

 賢三は何も答えなかった。すべてを諦めたように、項垂れた。

「…は! ほらやっぱりだ。あんたら夫婦が共犯だったんじゃないか!」

 万沙子が連行される弟夫婦に、最後の罵声をあびせた。

「…あなたなんかに、私の気持ちなどわかりっこないわ」

 文子は疲れたように、力なく呟く。

「わかるもんかね。殺人犯の気持ちなんてさ!」

「私は……私達はずっと虐げられて来たのよ」

「そんな理由で…?」

 僕のこの一言は、余計だったのかもしれない。

 だが、どんな理由があっても、人殺しはいけないことだと言いたかったのだ。

 それは突然だった。

 どこにそんな力があったのだろう。大柄な佐久間刑事を、片手で押しのけ文子は数歩、僕に迫って来た。そして、あと一歩のところで、警官に押さえられる。

 しかし、それでも体をもがき、血走った目で僕を睨みつけ、叫んだ。

「お前に、何がわかるっ!!」

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