第10章 遅れてきた探偵(8)


「僕は昨日、東郷さんの奥さん……つまり円香さんのお祖母さんの、写真を見つけました」

 古びた、小さな白黒の写真だった。

「そんなに、若い頃のものではなかったですけど、円香さんに………少し似てました」

 ちら、と円香を見ると、ずっと僕を見ていたらしい円香と目が合った。

「東郷さんは…円香さんに亡くなった奥さんの姿を重ねていた…」

「…うん」

 吹っ切れたのだろうか?

 円香の顔は、まだ青いままだったが、僕の言葉に頷いた。

「円香ちゃん、知ってたの?」

 つい口を挟んだ美凪に向かって、円香は弱々しい笑顔を見せた。

「うん…」

「円香さん」

「知っていた…んじゃなくて、おじいさまが言ってたの。いつも、いつもよ」

 小さな声だったが、口調ははっきりとしていた。

「そんなに、似ているとは思わなかったけど、小六の時くらいから、おばあさまの名前で、私を呼ぶの。違うって、嫌だって言っても聞いてくれなかったの」

 ――おばあさまとは違う。

 奈々達が庭で聞いた円香の言葉を思い出す。

 そっと文子の様子を窺うが、文子の顔に表情はない。僕達の会話も聞いていないかのようだ。

「じゃあ何? じいさんは、ばあさんに円香が似てるから、部屋を覗いてたりしてたっていうわけ?」

 訳がわからないといった悦子の声を無視して、僕は文子に向き直る。

「…それは、文子さんがよく知っているんじゃないんですか?」

「……」

 だが、文子は全く動かない。

 視線すら、僕に向けようとしなかった。

「文子さん?」

「…知らないわ」

 漸く口を開いた文子だったが、その答えは否定の言葉だった。

「どうして、私が知ってなきゃならないのよ」

「知っていたから、日記を隠していたんじゃないんですか?」

 日記、という言葉に反応したのか、文子は僕に視線を移す。

「…隠す? 持っていたのは、あの女じゃないの」

 あの女―――悠里の事だ。

 悠里は何か言いかけたが、父に肩を掴まれ、不満げにそっぽを向いた。

「私には関係がないわ」

「あなたは、この家に来た時、何度か円香さんと東郷さんのやりとりを見て、二人の関係を知ったんだ」

「……」

「何かの拍子で見つけた日記を、ずっと隠して持っていて、それを元に円香さん達を脅そうとしてたんじゃないのですか?」

「…煩い!」

 黙ったままの文子は、真っ赤に蒸気した顔で僕を振り返った。

「煩いっ! 何だあんたは! たかが高校生が偉そうに!」

「…やめろ!」

 文子のただならぬ雰囲気を察したのか、後ろにいた賢三が、慌てて文子を後ろから羽交い締めにする。

「やめろ文子! 落ち着け!」

「何も知らないくせに! ひょろっとやって来て何を偉そうに…!」

 文子の目は血走り、今までの態度とは明らかに違っていた。

 こんな文子を見るのは、皆初めてなのだろう。

 誰も何も言えず、驚いたように文子と僕を交互に見ていた。

「言ってやろうか? ここで言ってやろうか? 円香と、あのじいさんのおぞましい関係を! ここで言ってやろうか!!」

「文子!」

 賢三が必死に文子を押さえるが、どこにそんな力があるのか、大の男を振りほどき、文子は円香を指差した。

「可愛い顔して! 何も知らないようなふりして!」

「…あ…私」

「悦子義姉さんが言ったように、ここの人間は、みんなきちがい揃いなんだよ!」

 文子は、すでに僕を見ていなかった。

 真正面に、円香を見据えている。その目は軽蔑したような、冷たい光りを放っている。

「全部、お前が元凶なんだよ!」

 文子の言葉に、円香が震えた。



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