第10章 遅れてきた探偵(2)
「……じゃあ、なに?」
万沙子の声は小さいが、完全に怒っているようだ。
もしかしたら、寝ているかもしれないような時間に呼び出され、呼んだ相手に「用というほどでもない」と言われれば、誰だって気分を悪くするだろう。
「子供は寝る時間じゃないの?」
「イマドキ、みーんなこの位の時間まで起きてるよ」
「…へぇ? 結構な子だね、奈々」
「そうかな?」
万沙子の嫌味を含んだ言葉にも動じず、少し笑ったような返事をしている。
ここからでは、二人の姿は見えない。
声だけなのだが、まるで大人が二人で話しているような、錯覚に陥る。それだけ、奈々の話し方や声が、いつもの雰囲気とは違い、大人びているのだ。
これが僕の足元で、無邪気な笑顔を見せていた、小学生の奈々なのだろうか?
ふと横を見ると、美凪が口に両手をあてた格好で、じっと聞き耳を立てている。
多分、美凪も僕と同じで、信じられない気持ちなのだろう。
「用がないなら、帰りたいんだけどね」
「まだダメ」
「あんたね……子供だからって許さないよ? あたしは脩とは違うからね」
「そんなの、わかってるよ。おばさん意地悪だもん」
「……よくもまあ、そんなにハッキリ言えるもんだね」
万沙子の少し呆れたような声が聞こえる。
「あんた、わざわざ呼び出して……あの事は嘘なんだろ?」
「嘘じゃないよ」
あの事―――とは何の事だろう? 僕は身を乗り出す。
「おじいちゃんがね。隠してたの見てたんだもん」
「……本当かい? どこにあるのさ」
「あそこ」
奈々はどこかを指差したらしいが、僕達には見る事ができない。
だが万沙子の声が、その場所を教えてくれた。
「……天井裏? 嘘だね」
「嘘じゃないもん」
「あそこは、警察が何回も捜査してるんだ。何も出てきゃしなかったよ」
「そんなの知ってるよ。だっておじいちゃんが隠した後、あたしが持って行っちゃったんだもん」
「なんだって……?」
どうやら、奈々は何かを天井裏に隠している東郷正将を見後、その何かを盗み取り隠していたらしい。
そして、その何かをまた天井裏に隠した……とでも言うのだろうか?
それは無茶な話だ。
僕もあそこへ、二度ほど上ってみたが、椅子などに登っても、一人で上がるのは至難の業だ。小さな女の子がたった一人で、たとえ脚立を使っても難しいだろう。
僕は直感的に、奈々の話しは嘘だと思った。
だが、万沙子はそこまで考えなかったのだろう。
「あんな所に……」そう呟く声がした。
しばらくして、何かを引きずる音がした。
椅子か脚立か、この部屋に置いてあった、何かに違いないのだが。まさか万沙子は屋根裏に上がってみるつもりなのか?
「駄目だわ。暗いし、背も届かない…」
「見えない?」
「ああ。あんたよくこんな所に隠せたね。どうやったんだい?」
「これだよ」
その質問を待ってました、と言わんばかりの声がする。
奈々は万沙子に何かを手渡したらしい。
「ああ…そうか、滑車か」
万沙子の声に、僕は思わず「あっ」と声を上げそうになった。確かまだ屋根裏部屋には、東郷正将が取り付けたらしい滑車が、付いたままになっていたのだ。
そこにロープを通し、巻き上げる為のスイッチを押せば、その反動を利用して子供でも老人でも屋根裏に昇れるはずなのだった。
奈々は一人でそれを使ったのだろうか?
僕は、それを実験していないが、あんな小さな子供でも、使える事など可能なのだろうか?
そもそも、あの部屋にロープなど置いてあっただろうか?
僕には記憶がない。
と言う事は、奈々が予め用意しておいた―――というのだろうか?
「成る程ね。よし、じゃあこれをここに……これはそっちに…やってくれる?」
「いいよ」
奈々が手伝い、スイッチを入れたのだろうか?
そんなに音は大きくないが、キュルキュルという金属音が響いてきた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます