第9章 屋根裏の犯罪者(22)



「考え過ぎだよ」

 そう、僕が言うと円香は力なく首を振った。

「ううん。そうなの。この間だってそう……弘二おじさんの時も…あの時だって」

 あの時――――とは、東郷正将が死んだ時の事だろうか?

 奈々達が見た事が、本当であれば東郷 正将は死ぬ前、円香と言い争っていたはずである。

「私と何か係わると、その人は……死んじゃうんだわ。私ってきっと、おばさんの言う通り疫病神なのよ!」

「円香…」

「私なんて、最初からいなければ…こんな事にならなかったのよ。誰も死ぬ事なかったんだわ」

「そんな事、あるわけないじゃん!」

 全て自分の所為なのだと言わんばかりの円香の横で、美凪のちょっと怒ったような声が響く。

 円香は、びくりと肩を震わせ、ゆっくりと美凪を振り返る。

「あのさー、そんな誰かと言い争いしたとかだけで、その相手が死ぬわけないじゃん!」

「だって……」

「そんな事が本当にあるなら、しょっちゅう喧嘩してる、あたしと秋緒なんて、とっくに死んでるよ」

「それは…二人は本当は仲がいいから……」

「じゃあ、円香ちゃんは、おじいさんも弘二さんも嫌いで仕方なかったの?」

 ずい、と美凪が詰め寄る。

 その迫力に、円香は少し後ろへ下がり、困った様に俯いた。

「………嫌いなんて…そんなことなかったわ」

 ましてや、死んで欲しいとまでは思った事はない、と円香が呟くと、その細い肩を脩がぽんとたたいた。

 その暖かい手に円香が顔を上げる。

「やっぱり。美凪ちゃんの言う通り、円香のせいなんかじゃなかったね」

「脩兄さん」

 僕は、そっと視線を外す。

 鎌倉見学に行った時のように、嫌な気分が心を支配しそうだったからだ。

「さあ、一応怪我の手当てをしてもらおう」

 脩が円香の腕をゆっくりと持ち上げ、起こしてやる。

「大丈夫よ。もう血だって止まってるし」

「でもガラスの破片が残ってたら大変だ。消毒だけでもしてもらおう」

「そうだよー」

 奈々も心配そうに見上げているのを見て、円香は小さく頷いた。

「じゃあ、僕は円香を連れて行くから。秋緒君たち、すまなかったね」

「ごめんね」

「いいよ」

 円香の顔は青い。

 先ほどの事もあって、また貧血気味になったのだろうか。脩に手を貸してもらい、ゆっくりとした足取りで歩き出す。

 その後ろを、奈々が心配なのか顔を覗き込みながら、ちょこちょこと着いて行く。

 僕は何だか気が抜けてしまった。

 そういえば、守屋弁護士に話しを聞きに行こうとしていたのだと思い出したが、脩はすっかり忘れてしまっているらしい。円香を連れて背を向けてしまっている。

 声をかけようかと思ったが、元々は美凪と二人で行くはずだったのだと考え、前に出しかけた手を引っ込めた。

「もう何もないから安心しろ」

「そうだよ。もうお姉ちゃんを苛める人はいないんだからね」

「ありがとう…奈々ちゃん」

 円香が礼を言うと、奈々は嬉しそうに小さくスキップをする。

「どんなことがあっても、奈々はお姉ちゃんの味方だもん!」

「奈々ちゃん頼もしいなぁ」

「たのもしいってなに?」

 あはははは、という楽しそうな脩の笑い声が廊下に響く。

 あちらは、僕らがいなくても大丈夫だろう。

 そう思い、美凪に声をかけようとした時、僕はある違和感を感じて、動作を止めた。

「…秋緒?」

 一人で動いたり止まったりの僕を、美凪が不思議そうに見つめる。

 今の「違和感」は何なのだろう?

 僕は円香達を振り返る。

 だが、そこにはすでに三人の姿は無かった。

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