第9章 屋根裏の犯罪者(23)



 変だ。

 今のは何なんだ――――?



「どうしたんだよ秋緒」

「…変なんだ」

「何が」

 後で聞いた事だが、その時の僕の顔は、今までに見た事がないほど蒼ざめていたらしい。顔中から、嫌な汗が吹き出ているのがわかる。暑いのか寒いのかわからない。

「守屋さんに、話し聞きに行くんじゃないの?」

「…後回しだ」

「どーして?」

「今は……待ってくれないか」

 美凪は何か言いたげだったが、大人しく口を閉じた。だが、すぐに何か思いついたのか、僕にしか聞き取れないような小さな声で、囁いた。

「もしかして…」

「…?」

「犯人がわかったの?」

 美凪は冗談のつもりだったのかもしれない。

 軽い気持ちで聞いたらしい、その一言に僕は体を強張らせた。そんな僕の態度に、美凪の目が見開いた。

「ウソ……マジで?」

「わからない」

「え?」

「まだ……自分の考えが信じられないんだよ」

 僕は頭を強く振った。

 どうして、そう思ってしまったのだろう? だがあの人が犯人であれば、あの違和感もすんなりと行くのだ。

「凄いよ秋緒! 誰? ねぇ誰なの?」

 爛々と、目を輝かす幼馴染に、僕は哀しい目を向けた。

「……まだ確実じゃないから言えないよ…それに」

「それに?」

「お前……信じないよ」

「……」

 信じない―――そういう事は、美凪が犯人だと認めたくない者―――という事になる。

美凪は思わずはしゃいでしまった事に、反省したのだろうか。そのまま下を向いてしまった。

 しばらく、二人でその場で黙ったまま立っていたが、美凪が顔を上げて、呟いた。

「…じゃあ、どうするの? いつになったらわかるの?」

「今夜だ」

「へ?」

 僕の思いもよらない答えに、美凪は変な声を上げる。

「なに、今夜って?」

「もし僕の考えが当たっていたら、今夜それがわかると思うんだ」

「そ、そう…って、待ってよ! どこ行くんだよ」

 まだ考えながら、歩き出した僕に、美凪が慌てて声をかける。僕は美凪を振り返らずに答える。

「ある人に、話をしてくる」

「じゃあ、あたしも行くよ!」

「悪いけど、二人で話しをしたいんだ」

 迷惑そうでもなく、突っぱねる訳でもない。いつもとはどこか雰囲気の違う僕に、いつもなら無理やり着いてくるはずの美凪も、今回は大人しく引き下がるようだった。

「わかった。でもお願いがあるの」

「何だ?」

「今夜、何かやるんでしょ? その時はあたしも手伝うから…じゃない、手伝わせてほしいんだけど……駄目かな?」

 僕はゆっくりと、幼馴染を振り返った。

 そして小さく頷く。

「わかった」

 美凪は嬉しそうに、何度も頷く。部屋で待ってるからねと言う美凪を残し、僕はある人の元へと急いでいた。

 何を言うかは決まっている。

 だが、本当に動いてくれるだろうか?

 動かなければ、あの人は犯人ではないだろう。

 それなら、それでいいのだが――――でも……。

 僕は歩調を、更に遅くする。まるで足に重りをつけているかのようだ。だが、そんなゆっくりとした歩調でも、目的の部屋の前まで着いてしまった。

 軽く深呼吸して、襖をたたくと、中から声がした。僕が中へ入れて欲しいとお願いすると、最初は嫌がっていたが、結局渋々と中へ入れてくれた。

 僕はゆっくりと襖を閉めた。

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