第9章 屋根裏の犯罪者(17)
その後、僕達は弘二が死んで得をするのは誰かという事を考えてみた。
美凪は腕を強く組み、形のいい眉を中央に寄せて、真剣な表情で考え込んでいたが、腕を解き脱力したように力を抜いた。
「……いないよー。わかんない」
「うん…」
「どうしてあの人が、殺されなくちゃいけなかったんだろうね」
「うん」
生返事の僕に、美凪が近寄ってくる。
「なに? 秋緒の考えは違うの?」
「……」
僕は顔を上げ、美凪を正面から見つめる。確かに僕の意見は違う。だがこれを話せば、またこの幼馴染は怒り出すかもしれない。そう思ったが、僕は言葉に出した。
「……奈々ちゃんと円香さん」
「また!」
案の定、美凪は批判めいた声を上げた。
「どうしてよ? この二人は除外しようよ!」
「そうもいかないよ」
「どーしてさ」
美凪は納得がいかないといった様子だ。
「何度も言うけど、僕だって除外したいし犯人だと決めつけている訳じゃないよ。でも―――」
僕はそこで、一旦言葉を切る。
「でも、二人の共通点は、弘二さんを嫌っていた事さ」
「そんな事! そえなら他の人だって嫌ってたじゃん?」
「…確かに」
僕は素直に頷いた。
確かに弘二は、東郷家の親戚中から疎まれているようだった。奈々や円香だけではなく、実の兄弟からでさえ、彼が死んで誰ひとり涙を流した者はいなかった。
「確かにそうかもしれないけど」
「…じゃあ!」
「でも、あの二人は特に嫌っていたんじゃないのかな」
奈々は、はっきり嫌いと言いきっていた。
円香は口にこそ出していないが、叔父である弘二を疎ましく思っていただろう。
そう僕が言うと、美凪は少し目を逸らし「そうかな」と呟いた。しかし何か思いついたらしく、すぐに顔を戻してきた。
「そうだよ!」
「何だ?」
「もしかして罠じゃない?」
「ワナ?」
美凪は自信たっぷりに答えた。
「だからさ、誰かが奈々ちゃんか円香ちゃんを、犯人に仕立てあげようとしてさ」
「…弘二さんを殺して、罠にかけたって事か?」
「そう!」
嬉しそうに、大きく頷く美凪を横目に、僕も成る程と思った。
伊達に推理小説マニアな訳ではないらしい。面白い事を考えつくものだと感心はしたが、僕はゆっくりと首を振った。
「―――うん、まあいい考えだとは思うけど…」
「だめ?」
「駄目とか、そういう問題じゃなくて」
「じゃあ、なんだよ?」
「第一に罠にかけたとして、その犯人が奈々ちゃん達を犯人にしてどんな得をするんだ?」
「……えっと…」
「第二に、その為に何故弘二さんを殺すんだ? それに東郷さんの殺害の共通点は?」
「……」
美凪は黙り込んでしまった。
「罠はちょっと考えられないけど」
「…でも!」
黙り込み、俯いてしまった美凪が勢い良く顔を上げる。負けるものかとでも言いたげだ。
「でもさ、共通点とか何で殺したのかまではわかんないけどさ! でも理由はあるよ!」
「理由? なんだそれは」
「だって円香ちゃんが、犯人にされて、もし逮捕って事になったら、財産はどうなるの?」
「……あ」
「でしょ?」
興奮の為か、暑さの為か、美凪の頬は上気して赤くなっている。
「財産か…!」
「もしそうなったら、円香ちゃんは財産を貰えなくなったりするのかな?」
「どうだろう?」
僕らは顔を見合す。
財産分与の事に関しては、僕も美凪も殆ど判らない。というかド素人だ。
もし円香が受け取る事ができなかった場合、その財産はどのように分けられる事になるのだろう?
「もしかして」
「罠なのかもよ?」
美凪の大きな目が、光に反射してきらりと光った。僕も無言で頷く。
「…よし。じゃあ聞いてみようか?」
「誰に?」
そう言って突然立ち上がった僕につられて、美凪も急いで立ち上がった。
「こういう事は、専門の人に聞いた方がいいと思うんだ」
「椎名刑事?」
僕は少し笑って首を振った。
「椎名刑事よりも、専門の人だよ」
「…あ! そっか!」
ようやく思い出したのか、美凪はポンと手を叩く。
財産に詳しい専門の人物―――僕の父の後輩だという、弁護士の守屋に聞くのが一番だ―――そう思ったのだ。
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