第9章 屋根裏の犯罪者(18)
僕と美凪が部屋を出たと同時に、何やら玄関の方が騒がしく、二人顔を見合わせ、その足で騒ぎの方向へ向かった。
悦子に文子、家政婦の寺本や江里子が誰かをぐるりと囲んでいた。
近づいてよく見ると、病院に運ばれていた筈の万沙子の、紫に染めた髪が見えた。
病院から戻って来たのかと思ったが、そうでもないらしい。
「離してよ!」
「だから駄目だって言ってるじゃないの」
「落ち着いてよ、お義姉さん!」
そう言って腕を掴んでいた、文子を万沙子は力任せにその腕を振り解き、突き飛ばした。つい先程まで病院にいたとは思えない程、元気だ。
「痛い…!」
「大丈夫ですか?」
突き飛ばされ、廊下に尻餅をついた文子に、江里子が手を貸す。
それを見て、悦子がわざとらしくため息をつく。
「…万沙子さんが帰っても、わたしは構わないんですけどね。でも刑事さんに何て言われるか…」
「言わしておきゃいいじゃないか! あたしはこんな所に居たくないんだよっ!」
万沙子は言いながら、どんと足を踏み鳴らした。
どうやら万沙子は、病院から戻るなり、家に帰りたいと駄々をこねているらしい。それを悦子らが玄関先で引き止めていたようだ。
「母さん、我侭はやめてくれよ」
どうしたものかと、口も挟めず事の成り行きを見つめていた、僕達の後ろから、呆れたような、すまさそうな声がして、僕は振り向いた。
万沙子の長男、脩が少しだけ首を傾けて立っていた。
「だって脩!」
「だってじゃないよ。みんな困ってるじゃないか」
「なに言ってんだよ! こんな所に居たら殺されちまうよ!」
「……馬鹿言わないでくれよ」
脩は小さくため息をつく。
「馬鹿はあんただよっ! こいつらの誰かが殺人犯なんだからね!」
「…母さん!」
「こいつらと居たら、殺されるよっ!」
「母さん!!」
脩の声は、本気で怒っているようだった。
流石の万沙子にも、それがわかったのだろう。思わず口を閉ざす。
僕も美凪も、こんなに激昂している脩を見るのは初めてだった。
「……それが親族に言う事かい? 殺人犯だの殺されるだの、何て事を言うんだ」
「だって…」
「いい加減にしてくれよ。それに帰るって……弘二叔父さんの葬式だってあるのに…。母さんの弟だろ?」
「………」
弘二の名を出され、万沙子は口を閉じ俯いた。
仲は良くなかったが、それでも弟なのである。
俯いたまま、万沙子は家の中へと戻って行った。寺本と江里子が、玄関先に置いたままの、万沙子の荷物を抱えて、慌てて追いかけて行くのを見送って、脩はまたため息をついた。そして、今初めて僕達に気が付いたらしく、バツが悪そうに頭をかいて笑った。
「や、ごめんよ。変なところ見せちゃったね」
「…いいえ」
「おばさん、わかってくれて良かったね」
「ん…」
美凪の言葉に、脩はまた少しだけ笑ってみせる。
文句を言いながら部屋へと戻っていく悦子と文子の後姿が見えなくなると、脩は僕に声をかけてきた。
「君達は今度は、何をしようとしてるんだい?
「え? 今度って…」
すると脩は、僕と美凪に顔を近づけると、囁くような小さな声で、こんな事を言い出した。
「事情聴衆の時、押入れの中で隠れていただろう?」
「え!」
僕の心拍数は、最高値に上がったろう。
正に心臓が口から出そうな勢いだ。
「え、あの…」
何も言えず、口ばかりぱくぱくさせている僕と美凪を、交互に見ながら、脩は人の悪い笑みを浮かべる。
「だっておかしいじゃないか。君達が呼ばれて部屋に入ったのに、何故か出て来ない。てっきり刑事さんらと一緒かと思っていたら、どういう訳だか部屋にもいない。となると、あの部屋の中のどこかに隠れて皆の話を聞いていたって事だろう?」
脩の声は、心なしか楽しそうだ。
「あの部屋で隠れていられそうな場所って、押入れくらいしかないもんね」
「……」
「椎名刑事に言われたの?」
「…はあ」
「安心しなよ。僕以外には気付かれてないようだし」
「はあ」
「で? 今度は何をするんだい?」
最初の質問に戻り、僕と美凪は目を合わせる。
なんと、脩は僕達が隠れていた事を知っていたようだ。知っていながら、今になって言うとは……。
「……守屋さんに会って、話をしようと思って…」
二人の中で、脩は犯人ではないだろうと考えていた。
少しくらいは話してもいいだろうと思い、僕は部屋で話し合っていた事を掻い摘んで脩に聞かせた。
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