第9章 屋根裏の犯罪者(16)
「色々ありすぎて、なんかわかんなくなっちゃった」
「ああ…」
美凪はあぐらをかいた格好で、両手を頭上でぐっと伸ばす。
その横で、僕はメモを広げていた。
夕飯までにはまだ間があった。二人で僕の部屋で、もう一度話し合おうと言う事になったのだ。
「なーんか、一週間くらいいるんじゃない?」
「そんな訳あるか」
美凪のぼやきに、僕は適当に答える。
メモに書いたものを、最初から丹念に読み上げ、頭の中でひとつひとつ整理していく。
そんな僕を、横目で見ていた美凪が、そろそろと僕に近づき囁いた。
「ねぇ。秋緒」
「なんだよ」
「秋緒はさ、実はもう犯人がわかったんじゃないの?」
「…まさか」
「それでもってさ、今夜にでも皆を集めて……犯人はあなただったんですね――って?」
「……お前なぁ」
僕はメモから目を離すと、目の前で何か期待しているかのような、美凪の額をこつんと小突く。
「いてェ!」
「そんな簡単にわかるか馬鹿」
相変わらず、夢見がちな幼馴染に、僕はメモ帳を突きつけた。
「そんな馬鹿言ってるなよ。これからまとめるんだから」
「まとめる?」
メモ帳を受け取った美凪は、きょとんとしている。
僕は持って来たバックを引き寄せ、中からメモ帳より大きなノートを取り出した。そしてそれを広げ、ペンで適当な線を何本か引いていく。
「なにするの?」
「……犯人か、そうじゃないかの人を分ける」
言いながら、僕は一番上に東郷 正将と弘二の名を書き込み、その二人の名前の下に東郷家の人達、家政婦の寺本や家庭教師の江里子の名を書き連ねていった。
「どうやって分けるんだよ?」
「まず東郷さん」
正将の名前を、ポンとペンで弾く。
「この人が他殺だとして、そうすると得をするのは誰だ?」
「……円香ちゃん?」
「そうだ」
僕は頷き、円香の名前の横に丸い印を付ける。一番上には正将の名前が書いてあり、得をする人には○を、そうでない人には×を付けていく。
「秋緒って、円香ちゃんを疑ってるの?」
「そうじゃないよ。でも……」
これまでの事柄の、どれをとっても円香を疑ってしまうのは事実だった。
「…円香ちゃんは犯人じゃないよ、絶対」
「僕だって、そう思いたいよ」
これは本心だった。
「円香さんを完全に疑っている訳じゃないよ。ほら」
僕は美凪の前に、ノートを広げて見せた。
○が付いている人は三人。一至と悦子の夫婦と円香だった。
「財産は円香さんのものだけど、未成年だし実際管理するのは両親だからね。この二人は得をするわけさ」
美凪は無言で頷いた。
広めの部屋の真ん中で、僕と美凪は二人にしか聞こえないくらいの小声で話し合っていた。他の誰にも聞かれたくないという事もあったが、自然と声が小さくなってしまったのだ。
「じゃあ、この東郷さんを殺してやりたいほど嫌っていたのは?」
僕は更に声をひそめる。
それに合わせるように、美凪の声も更に小さくなる。
「…なんか、皆嫌ってたよね?」
「ああ」
「でも殺したいくらいか~……」
独り言のように呟きながら、美凪は腕を組んだ。
「嫌っててもさ、自分のお父さんやおじいさんである人じゃない? 殺したいかな? だって肉親だよ?」
両親の仲は良く、たあいない姉妹喧嘩しかした事のない美凪や、父を憎いと思った事のない僕には、到底理解できない感情だ。だが世の中では実際にそういう事件が起きているのは確かだった。
僕がそう言うと、美凪は小さく頷いた。
理解できないが、でも理解するしかない。
今、目の前で起こった二つの事件は、もしかするとそういう事件なのかもしれないのだから―――。
「僕が思ったのは、万沙子さんと彬さんと……奈々ちゃんなんだ」
「奈々ちゃん!?」
美凪の目が丸くなる。
「どーして? 奈々ちゃんまだ小学生だよ?」
「……今は取り合えず、肉親だとか小学生だとか、そういうのは考えないで欲しいんだ」
まだ分けている段階なのだと説明すると、美凪は「わかったよ」と頷いた。僕だって、あの小さな奈々を本気で疑っている訳ではない。だいたい小学二年の奈々の力では、大人の男を自殺に見せかけるなどという芸当が、出来るとは思えなかった。だが、あの祖父や叔父である弘二を憎むかのような受け答えや目付きが気になるのだ。
「あたしは、彬君と賢三さん」
次に美凪が、正将を嫌う人物を挙げた。
彬は僕と同じ考えだったが、賢三を出すとは思わなかった。何故なのかと尋ねると、美凪は首を傾け少し考えてから口を開いた。
「……何かね、気になるんだ。だってあの人って会社リストラさせられたんでしょ? お金に困ってるんじゃないかと思うのに、何だかとっても無欲なの」
「…うん」
財産分与にギラギラとしていた、万沙子などに比べると、確かに賢三の態度は気になるものがあった。
無関心というか、他人事のようなのだ。
そして、何故か僕達を避けたがる妻の文子。
娘の奈々も含めて、妙に気になる家族だった。
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