第9章 屋根裏の犯罪者(7)


「じゃあ、何の為の天井裏なんでしょうか」

「それを探すのが、私らと……君の仕事だろう? 違うかね?」

 僕の問いに、椎名刑事は人の悪そうな笑みを浮かべた。

 確かにその通りだが―――。

 椎名は、何だか僕に手の内を見せない、というか自分の考えをちっとも教えてはくれなかった。そもそも警察とは、そういう人種なのかもしれないが。

「あの。その穴を塞いでいる板をはがしてもいいですか?」

 部屋から出ようとした、椎名の背中に向かって聞くと、椎名はゆっくりと振り返った。

「……まだ気になるのかい?」

「はい」

「ま。いいでしょう」

 それだけ言うと、椎名は部屋から出て行った。その後を佐久間が慌てて追う。

 椎名達が、出て行ったのを見届けてから、美凪が不満そうに口を尖らせた。

「ねー。まだここの天井に、何かあると思うワケ?」

「まあね」

 一度、自分の目で見て確かめなければ気が済まなかった。

 「気になる所は、納得いくまで見ろ」

 それは、ここへ来る前に父が言っていた言葉だ。何でも父の言う通りに動く事はないかもしれないが、ここは自分でも納得いくまで見なくてはならない気がしたのだ。

「…わかったよ」

 ため息混じりに、美凪は言うと、脚立に昇り始めた僕に、懐中電灯を手渡してくれた。

 僕はそれを受け取ると、体の半分だけを乗り上げるような格好で、例の塞いである板に、手を伸ばす。片手で懐中電灯を持ち、もう片方の手で板を揺すると、簡単に外れてしまった。

 一度は警察が調べて、その塞いでいた板は軽く取り付けてあっただけらしい。

 下で待っている美凪に、その板を渡し、また足を持ち上げてもらって、僕は再び天井裏へ入り込んだ。今度は穴のある方向を向いて……。








 穴から顔を出すと、そこには椎名が言っていた通り、何もなかった。

 しかし穴の外は広く、僕は這いずるようにして穴から出た。

「…凄いな」

 初めての経験だった。屋根裏を見るという事は。

 そこは広めの屋根裏が広がっていた。立つ事は出来ないが、太くて頑丈そうな木が張り巡らされている。完全に穴から出てしゃがみ込み、出てきた穴を見つめる。

(変だ…)

 何故かそこの東郷氏の部屋の上だけに、四方に板を立て掛けて、小さな屋根裏をこしらえてあるのだ。ぐるりと周りを見渡すが、そんなものは他には見当たらない。

 明らかに、東郷氏が自分だけに小さな部屋を、屋根裏に作ったとしか思えなかった。

 滑車まで取り付けて。

 他の家族には内密にして。

 僕は穴の周りから、少し離れた場所まで、念入に調べたがやはり何も見つからなかった。一旦、下に下りて考えをまとめようかと思った時、小さくだが明かりが見えて、僕はその方向に顔を向けた。

 今いる場所から、そう遠くはない所から、そこだけ微かに明かりが漏れている。

(誰の部屋だ? いや、廊下か?)

 僕は懐中電灯を片手に、薄暗い屋根裏を、背を曲げた格好でゆっくり進んだ。歩くたびに、ぎしぎしと軋む音が響いて、このまま天井を突き破るのではないかと、冷や冷やしたが、何とか無事に明かりの見えた場所まで来る事が出来た。

 小さな明かりが漏れている所は、思った通り誰かの部屋らしかった。

 直径五センチ程の穴が開いており、そこから畳みが見えたのだ。

 僕はそっと、息を殺して穴を覗きこんだ。

 畳がまず見えた。それから何か白い、長いものが―――…。

「……!」

 思わず声を上げそうになり、僕は慌てて口を塞ぐ。

 白くて長いそれは、人間の―――円香の両足だった。

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