第9章 屋根裏の犯罪者(6)


「でもさ…。隠したのが犯人だったとして、どうして隠したんだろう?」

 美凪が独り言のように言う。

「他の人に、見られるとまずかったんじゃないのか?」

 僕が答えると、美凪は「そうかなぁ」と言い首を少し傾げた。

「じゃあ、お前は日記とか手紙はなかったと思うのか?」

「ううん。そうじゃないよ。あたしもあったと思う……そうじゃなくてさ、その日記とかに犯人が持ちかえらなければならないような内容が、あったとしたら、それは何だったんだろうって事」

「…うん……」

 美凪の言う通りだった。

 その日記、もしくは手紙には、犯人を特定するような内容が書かれていたという事だろうか? いや、それはありえない。

 そこまで考えた時、美凪が嬉しそうに手を小さく叩いた。

「あ! わかった!」

「…なにが」

「その手紙にはさ、ダイイングメッセージが残されてたんだよ!」

「……どうやって」

「例えば、血で犯人の名前が…」

「被害者は首吊りによる窒息死だぞ? 外傷はないそうだけど」

 冷ややかにそう言うと、美凪は口を閉じた。

 どうも、この幼馴染は変な本の読み過ぎな気がする。ドラマや小説などと一緒にしないでほしい。

「内容なんて、僕にもわからないさ。ただ、そういう物があったかもしれないというだけさ」

「じゃあさ。それってこの家のどこかに隠してあるかもね!」

「……う~ん」

 東郷氏が死んだのは二ヶ月くらい前だ。

 もし僕が犯人で、自分に不利な事がもし書いてあったとしたら、真っ先に処分するだろう。残っているとは考えられなかった。

 僕がそう言うと、美凪も納得したように頷く。

「そっか~。全部の部屋を探して回ろうと思ってたのにな」

「それはまずいだろう」

「何がまずいんだい?」

 急に部屋の中が明るくなったと思ったと同時に、後ろから声がして、僕と美凪は体を縮こまらせながら、ゆっくりと振り返った。

 椎名刑事と佐久間刑事が並んで、部屋の入り口に立っていた。

「勝手に何をしているんだね」

 部屋の中央に、置いたままの脚立を見て、椎名は眉をひそめる。

 僕達が、ここで何をしていたのかは一目瞭然だった。

「すみません」

「ごめんなさい」

 二人、素直に頭を下げると、椎名は「いいよ」と言って片手を軽く振った。そして僕をじっと見て二イッと笑って見せた。

「で? 何かあったかい?」

「……いえ…別に」

 警察がここを調べ尽くした事はわかっている。素人の高校生が後から来て見ても、何か発見があるとは椎名だって思っていないだろう。きっと馬鹿にしてそう聞いたに違いない。

 僕は悔しさと虚しさで、頭を下げたままでいた。

「ないのはわかるがね。他には? 気が付いたことはないのかい?」

「え?」

 意外に真剣な声に、僕は顔を上げて椎名を見つめた。

「君の意見はないのかい? 何でもいい。気が付いたことは?」

 馬鹿にされてたわけではないらしい。

 僕は、もしかするとここには、日記や手紙の類が保管されており、それを犯人が持ち出したのではないか、と椎名に話した。椎名は何度も頷きながら、最後まで黙って僕の話を聞いてくれた。

「…成る程」

「勿論、定かではないですけど……でも、そうでないと東郷さんが、わざわざ天井裏に、あんな部屋作った意味がないんじゃないかと思って」

「うん。確かにその通りだ」

 頷く椎名を見て、どうやら警察もそれを考えていたのだと思った。

「おい佐久間! 脚立もう一つ持ってきてくれ」

「はいっ」

 椎名がいきなり、後ろで突っ立ていた佐久間に指示を出す。

 相変わらずの、大きな返事をすると、佐久間は足音荒く部屋を飛び出した。

「流石に探偵の息子なんだな。結構いい勘しているね」

 佐久間が出て行くと、椎名は僕に向かってそう言い笑いかけた。

 ここに来て初めて誉められた僕は、嬉しさと戸惑いで、何も言えずに俯いてしまった。

「それで、ここはどのくらい調べたんだ?」

 脚立を、屋根裏部屋の真下にきちんと置いて、椎名はそれを昇り持っていた懐中電灯で中を照らした。僕もすぐ下まで行き、上を見上げる。

「中まで昇って、色々……少し壁を叩いたりとかしました」

「ふんふん」

「これでいいですか?」

 その時、佐久間が今ある脚立と同じ位のものを、持って来てくれた。

 それを椎名が使っている脚立の隣に並べて、僕は椎名と並んでまた屋根裏を覗いた。美凪と佐久間が、下から心配そうに見ている。

 椎名の持っていた懐中電灯は、小さかったがとても明るく、先程よりもはっきりと中が見て取れた。

 だが、やはり何もなくがらんとした小さくて狭い部屋でしかなかった。

「壁を叩いたって、どの辺だね」

「え、と……ここの辺りだけ」

 僕は一点を指差した。

 寝そべる格好だった為、後ろ側はちゃんと見ていなかったのだ。僕がそう話すと椎名は「そうか」と言い、僕が見ていない壁側に懐中電灯を照らした。

「よーく見てごらん」

「……」

 言われた通り、僕は背伸びをして椎名が照らしてくれてる辺りを、じっと見つめた。そこには何も置いていなかったが、壁に板が張り付けられており、二箇所釘でとめられていた。

「板が…」

「何か新しいだろう?」

 僕は頷く。

 他の壁の板と違い、明らかにそこだけ別の板が張りつけられているのがわかる。何だか開いた穴でも塞いでいるような……。

「…穴?」

「そう」

 今度は椎名が頷く。

「え? 穴が、開いているんですか?」

「開いていたね。人が入れるくらいの穴がね」

「じゃあそこに、何かあったとか?」

 少し期待してそう聞いたが、椎名は首を振った。

「いや。何もなかった」

 椎名はそう言うと、懐中電灯のスイッチを切り、脚立から降りた。僕も続いて降りる。

「あの…じゃあ、あの穴って何だったんですか?」

「あの穴の意味はまだわからないね。ただ、隣や他の部屋の屋根裏に続いているようだけどね」

 それだけ言って、椎名は軽く肩をすくめた。



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